コラム  外交・安全保障  2020.06.18

オンライン政策シミュレーションの可能性

 新型コロナウイルスの感染拡大によって、政策シンクタンクの研究活動や講演・セミナー等の社会活動にも大きな影響がでている。「社会的距離の確保」(ソーシャルディスタンシング)によって、閉鎖環境に大人数が集まらないことを重視すれば、従来のような大勢の聴衆の参加による講演会や、長時間対面での研究会などを実施することは難しくなってしまった。内外の専門家が集まり政策課題を議論する国際会議、いわゆる「トラック2外交」もほとんど機能停止の状態にある。

 こうした中で、当研究所の外交安全保障グループの柱の事業である「政策シミュレーション」も、当面の開催中止を余儀なくされた。通常50名を超える参加者が、複数のチームに分かれて集中的に討議・交渉する場は、明らかに「密」な空間であり、社会的距離の確保をすることは難しいと判断したからである。2020年5月下旬に緊急事態宣言は解除されたものの、依然として「コロナ前」の通常事業に戻るのは難しい状況が続いている。

 このままでは政策シミュレーションは長期にわたる中止となりかねず、これまで10年間にわたり当研究所で培った政策シミュレーションのノウハウや、専門人材の知的交流、若手世代の人材育成といった機会が失われてしまうという懸念が日増しに深まった。私たちはこうした状況の中、他力本願で感染状況の収束を待つのではなく、積極的に事業を継続していくべきという思いを深めていった。

 そこで当グループでは、オンライン上で政策シミュレーションを開催できないか、試行錯誤を重ねていった。本年4月以降は国内外のシンクタンクでもWEB会議ツールなどを使ったセミナー(ウェビナー)や、オンライン研究会が活発に開催されるようになった。そして、企業・官公庁・大学でもテレワークやオンライン授業が導入され、社会活動がオンライン化される環境が急速に普及したことも、私たちの企画を後押しした。

 しかし、オンラインのWEB会議ツールではウェビナー(講演方式)や参加者同士の定型的な議論はできても、政策シミュレーションの核となる参加者同士の柔軟な討議・交渉が実現できるか、という悩ましい課題が浮上した。とりわけ、参加者をチームに分けて個別に討議し、さらにチーム間の交渉を実施し、その過程で参加者全体・個別に情報提供を行ったり、参加者自身が情報を発信したりという基本的な機能を、オンライン上でどのように実現できるか、検討を続けていった。


オンライン政策シミュレーションの設計

 多くのWEB会議ツールを比較検討した結果、私たちがたどり着いたシステム設計は以下の通りである。


◆ ZOOMの採用:WEB会議ツールとして「ブレイクアウトルーム」機能があり、かつユーザーインターフェイスに優れたZOOMを採用した。
◆ 全体会議とチーム会議:参加者全員が集まる全体会議で、政策シミュレーションのシナリオを共有した後、参加者はチーム別に設定された「ブレイクアウトルーム」(チームA/チームB/チームC...)に移動してチーム会議を行う。
◆ チーム間交渉:チーム間の交渉となった場合には、追加設定された「ブレークアウトルーム」(交渉1/交渉2/交渉3...)に移動する。ZOOMホストは、交渉に参加する参加者をチームルームから交渉ルームに再割り当てする。
◆ チームルームに復帰:交渉を終えた参加者は「ブレイクアウトルームを退出する」で全体ルームに戻ることができる。その後、ZOOMホストは参加者を元のチームに再割り当てすれば、チームルームに復帰することができる。


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以上を繰り返すことにより、全体会議(メインセッション)→チーム会議(ブレイクアウトルーム)→チーム間交渉(ブレイクアウトルーム)という基本的な機能を確保することができる。

 次の課題は、ホスト側にいるシミュレーションコントローラー(管理者)と、参加者がどのように情報を共有できるか、である。政策シミュレーションでは少なくとも、①シナリオの状況付与(ホスト→参加者)、②臨時ニュース等の情報提供(ホスト→参加者)、③参加者による公式声明等の情報発信(参加者同士)、④参加者間の意思伝達(参加者同士)、⑤ホストへの問い合わせと回答(参加者⇄ホスト)といったコミュニケーションが必要とされる。

 このうち、ZOOMではホストから参加者への情報提供は、全体ルームでは「画面共有」や「チャット」、ブレイクアウトルームでは「ブロードキャスト」(各ルームにホストのメッセージを字幕表示させる)によってメッセージを配信することができる。したがって、上記の①と②に関しては既存の機能で対応することができる。しかし、ZOOMのブレイクアウトルーム内ではオーディオ、ビデオ、画面共有の機能を使用することができるが、「チャット」はブレークアウトルーム内の参加者間でしか利用できない。

 参加者はブレークアウトルームから「ヘルプを求める」を押すことによって、ホストに助けを求めることはできる。その場合、ホストは当該ブレークアウトルームに「参加する」ことによってルームに参加して議論に参加できる。しかし、その間はメインセッションで求められるホストの機能が失われることになり、参加者の他の問い合わせや臨機応変のルーム割り当てなどができなくなってしまう。

 まとめると、ホストから参加者への一方的な情報提供(①②)はできるが、ブレイクアウトルーム参加時の参加者から全体へのメッセージ伝達(③)、ルームを隔てた参加者間のコミュニケーション(④)、そしてホストへのタイムリーな問い合わせ(⑤)ができない、という重大な問題が残された。

 この問題を解決するために、2つの方法を導入することにした。第一は「サブコントローラー」(各チームに配置されたホスト補佐)及び「交渉役」(各チームの参加者から1名を交渉担当者に指定)のそれぞれに、ZOOM「共同ホスト」の権限を付与することだ。これにより、共同ホスト権限のある参加者は移動したい部屋の「参加」をクリックすることによって、他のチーム部屋に移動することができる。部分的ではあるが、上記④の参加者間の意思伝達を、部屋へ訪問する権限の付与を通じて可能にした。


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 第二は、コミュニケーションツールの併用である。今回私たちはSlackを導入し、シミュレーションコントローラー、サブコントローラー、交渉役のメンバー同士がSlack上での情報共有をできるようにした。これにより、各チームの状況を「サブコントローラー」が報告し、「交渉役」は参加者からホストへの問い合わせ、参加者間の意思伝達などの役割を担うことができるようになった。


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 以上について、全ての参加者がZOOM機能とSlackを使いこなすことができれば、参加者全員に対して「共同ホスト」権限を与え、全員をSlackの「ワークスペース」を共有することが望ましい。そうすれば、参加者はブレイクアウトルームを自由に移動することができるし、情報をSlackで柔軟に共有することもできれば、個別メッセージを送ることもできる。

 しかし、参加者のIT習熟度にばらつきがある場合、ソフトウエアの併用によりあまり複雑な設計にするとかえって混乱を招きかねないことを懸念した。したがって、初回に関しては「サブコントローラー」と「交渉役」がいわばチーム代表・調整者として、コミュニケーションを担うという形式にした。


オンライン政策シミュレーション「ポスト・コロナの地政学」開催

 以上のような準備を整え、さる6月5日(金)15:00-18:30に第1回CIGSオンライン政策シミュレーション「ポスト・コロナの地政学」を開催した。同政策シミュレーションには、企業・シンクタンク・中央省庁・大学など27名が、自宅や職場からオンライン参加した。

 今回のシナリオでは2021年3月の世界の状況を想定した。新型コロナウイルスの感染拡大は世界の経済・社会活動に深刻な影響を与えたが、2020年後半から徐々に行動制限の緩和と経済活動の再開が模索されていった。しかし、ポスト・コロナに向けた主要国の経済・社会の回復のスピードには差があり、2021年第1四半期には中国経済の生産・消費が相当程度回復する一方で、G7各国の回復スピードは緩慢だった。

 こうした中、中国は「人類衛生健康共同体と公衆衛生のシルクロード」を掲げて、世界保健機構(WHO)の機能強化とアジアにおける医療・公衆衛生基金の創設を掲げた。これに対し、米国はWHOを正式に脱退し、インド・太平洋地域に独自に保健機構を創設し、台湾を正規メンバーとして参加させることを表明した。

 このニュースを軸に、香港国家安全法が施行された後の香港情勢、南シナ海における中国の海洋進出のさらなる拡大、アフリカ・南太平洋諸国における新型コロナウイルスの感染拡大、習近平主席訪日と日中首脳会談の調整といった課題を、政策シミュレーションの中で扱った(具体的なシナリオについてはこちらを参照されたい)。参加者は米国・中国・日本・EU・台湾の5チームに予め指定した。

 通常であれば、私たちの政策シミュレーションでは、冒頭にニュース映像を放映してシミュレーションを開始する。このニュースは外交・安全保障グループ内でスクリプト作成、アナウンサー・記者のニュース収録、参考資料やテロップを組み込んで編集し、放映する本格的な内容だ。しかし、今回は新型コロナウイルスの影響で、収録・編集に十分な時間を割くことができなかったため、アナウンサー・記者役のスタッフがZOOMでニュースを直接読み上げた(ニューススタジオをバーチャル背景とした)。

 今回の政策シミュレーションは、全体で3時間半というコンパクトな時間設定で実施した。まずフェーズ1のニュース後に、ブレイクアウトルームに分かれ、各チーム内で事態への対処方針・基本政策の策定・交渉方針などを30分間話し合った。その後、メインセッションに全員が戻り、冒頭の合同記者会見を実施した。各チームの代表は、フェーズ1の事態に対する基本方針を発表し、質疑応答を実施した。

 その後、再び各チームはブレイクアウトルームに戻りシミュレーションを再開した。この頃になると、チーム間交渉の申し入れが相次いで寄せられる。チーム間・参加者間の交渉合意ができた後、シミュレーションコントローラは該当者を「交渉ルーム」に再割り当てをする。その後、このルーム内で交渉を実施した。交渉を終えた参加者は、まずメインセッションに戻り、その後ホストがさらに再割り当てを行うことによて、各チーム部屋に戻ることができた。

 こうしたチーム内での討議、チーム間交渉などを繰り返すうちに、あっという間に3時間が経過していった。そして、最後のフェーズでは全員がメインセッションに集合し、各チーム代表が最終ステートメントを発表し、政策シミュレーションは終了となった。


第1回CIGSオンラインシミュレーションの成果と課題

 今回のコラムでは、オンライン政策シミュレーションの技法に絞り、その成果と課題を挙げてみたい。第一の成果は、マルチ・プレイヤー型の政策シミュレーションの基本機能を、オンライン上でかろうじて成立させることができたことである。全体会議とチーム会議の機能は問題なく機能するが、チーム間交渉についてもホストがスムーズに参加者をブレイクアウトルームに「再割り当て」できれば、成立させることができた。

 第二の成果は「サブコントローラー」と「交渉役」に指定した参加者を通じて、参加者間のコミュニケーション・チャネルを確保することができたことだ。ブレイクアウトルーム内での議論の様子や、参加者が交渉を希望する場合の意思表示、またシミュレーションコントローラーへの質問事項などが、Slackのワークスペースの中に次々と投稿されていった。このシミュレーションコントローラーは、これら情報を逐次判断しながら、情報をフィードバックしたり、参加者をできるだけスムーズに交渉ルームに再割り当てしたりした。

 第三は、ZOOMでの発言者が共有画面、チャット、バーチャル背景などを利用することによって、効果的なプレゼンテーションを行えることだ。参加者がそれぞれPCやタブレット上で参加していることにより、他のブラウザやソフトウエアの画面を共有したり、クラウドウエアで共同作業したりできる。参加者間・チーム内でデータを共有するという機能については、オンライン環境の利点が発揮されていた。

 第四は、参加者がどこからでも参加できるということである。今回は、東京都内各所の自宅や職場からの参加者が多かったが、海外在住の2名も現地から参加することができた。通常の企画であれば、参加を想定できない方々が、オンライン政策シミュレーションに柔軟に参加することができる、ということもこの仕組みの大きな意義であろう。

 最後に、今回実施したオンライン政策シミュレーションの問題点や課題についてまとめてみたい。これまで述べたような多くの成果を認めつつも、今回設計したオンライン政策シミュレーションの仕組みで乗り越えられなかったことは以下のような点であった。

 第一に、政策シミュレーション参加者の活き活きとした相互のコミュニケーションが十分に確保できなかったことだ。ブレイクアウトルームでのチーム内議論は十分に行えるが、他のチームとのコミュニケーションには手間取ってしまった。「サブコントローラ」や「交渉役」を介した意思伝達手段はあるものの、どうしてもタイムラグや誤解が生じる余地が大きくなり、結果として交渉に向けた調整がスムーズにいかない時間帯が多くなった。

 第二に、各チーム及び個別参加者から、全体・個別参加者に向けた情報発信ができなかったことが、参加者にとってはストレスになったようだ。これまでの政策シミュレーションでは、Twitter(鍵付きアカウントの相互フォロー)などのSNSを活用し「メディアチーム」が各チームに取材を行い、タイムリーな記事を配信することによって、シナリオを自ら展開させていく役割を担っていた。また他の参加者もTwitterで情報配信を行い、参加者全体に対する意思を表明することができた。しかし、今回準備したシステム設計では、この役割を十分に補うことはできなかった。

 第三は、ZOOMのホストであるシミュレーションコントローラーの作業量が多く、結果として政策シミュレーションの流れを停滞させてしまったことだ。コントローラーは、ZOOMのメイン画面(会議画面)、参加者リストの画面、ブレイクアウトルーム配置の画面、Slackの画面の4つを同時に見渡す必要があった。

 ZOOMメイン画面で音声による問い合わせがあり、Slackでの文字情報を判断して問い合わせを処理し、参加者をブレイクアウトルームにタイムリーに割り当て、ZOOMからログオフした参加者の再ログインを許可する、といった作業を同時に行っていかなければならない。交渉の申し出が数件重なり合うときなど、ホストが1名で処理できる量は限られてしまう。結果として、参加者は交渉に割り当てられるまで相当程度、待機していなければならない。

 第四の課題は、実際に対面で会ったときの距離感・空気感を感じとることの難しさである。実際に交渉相手と向き合い、表情を読み取り、取引を進めること。交渉の合意によって相手と握手をしたり、交渉決裂によって席を立ったり、相手を出し抜いて他の相手と組むことを誇示したり、といった権謀術数が政策シミュレーションの醍醐味だとすれば、これをオンライン上で表現することはなかなか難しかった。ブレイクアウトルームが閉じた状態で、個別のチームの動きが見えにくく、チーム間のインタラクティブな交渉や情報の共有が難しいというシステム上の課題でもある。

 以上のような問題点や課題は、まだまだ改善できる余地はある。例えば、ZOOMでの「共同ホスト」権限を全ての参加者に与えることにより、参加者のチーム間移動はより自由にすることができる。また全ての参加者がSlackを利用することによって、Slack上での情報共有や意思伝達をより参加者自身で行うことができるようになる。

 さらに、ZOOMやSlack以外のソフトウェアをさらに併用するという仕組みも考えられる。例えば、FBメッセンジャー、Googleハングアウト、WhatsAppなどの通話アプリをグループで登録しておけば、参加者はZOOMとは別に音声でのタイムリーなやりとりを可能にできる。またTwitter(鍵付きアカウント)を準備すれば、参加者はニュースや公式声明などを参加者全員に対して配信することができる。またYouTube Live、Ustream、LINE LIVEなどのライブ配信が可能になれば、ブレイクアウトルームにいながら、参加者に対する声明・記者会見などのライブ配信を行うことはできる。


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 こうした多くのソフトウエア、アプリ、サービスを併用によって、オンライン政策シミュレーションの技法としての可能性は広がっていくだろう。しかし同時に、オンライン政策シミュレーションで使用するソフトウエアの仕様があまりにも複雑になりすぎ、参加者が戸惑い、シミュレーションに集中できなくなっては本末転倒である。オンライン政策シミュレーションは、ITスキルの高い一部の人のみが参加できる仕様は望ましくなく、できるだけ多くの方々に参加してもらえるシンプルな環境であることが肝要である。

 今回のオンライン政策シミュレーションでは、多くの課題が明らかになったが、実現が困難とみられた政策シミュレーション事業がオンラインで実施できたことは有意義であった。新型コロナウイルス感染拡大の中で、多くの事業やイベントが中止に追い込まれる中、政策シミュレーションというインタラクティブな知的創出の場、人的交流・人材育成の場を作ることができたことは多としたい。

 私ども外交・安全保障グループは、今回の企画の様々な課題を洗い出し、今後のオンライン政策シミュレーションの発展につなげていきたいと考えている。



→今回のCIGSオンライン政策シミュレーション「ポストコロナの地政学」
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