観測値からは、地球の気候は時間的・空間的に大きく自然変動してきたことが分かる。しかし気候モデルはそれを再現できていない。これはモデルによる温暖化予測に限界があることを示唆する。以上を指摘した論文(Kravtsov 2017)を紹介する。
1.地球全体の温度上昇
IPCCで将来の温度上昇予測に用いられている全球気候モデルは、平均値ではCO2増加による地球温暖化をだいたい再現しているとして、図1がよく引き合いに出される。確かに、なんとなく見ると、地球全体の温度上昇の観測値(黒い実線)はモデルの平均値(CMIP3:青線とCMIP5:赤線。CMIPはモデル比較プログラムの略)に一致しているように見える。
しかし、よく見ると結構大きな違いが見える。例えばモデルでは、1910年から40年にかけての急激な温暖化が再現できていない。
以上は地球全体の温度上昇についての話であった。つまりは時間的な変動だけを見ていたが、空間的な変動も含めて、もっと詳しく見るどうなのか?
図1 モデルと観測の比較
http://ieei.or.jp/wp-content/uploads/2019/07/Climate-Models-Japanese.pdf
2.スタジアム・ウェーブ
下記論文の概要を紹介しよう。
Kravtsov, S. (2017). Pronounced differences between observed and CMIP5-simulated multidecadal climate variability in the twentieth century. Geophysical Research Letters, 44(11), 5749-5757.
https://doi.org/10.1002/2017GL074016
https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1002/2017GL074016
過去の地球全域に亘る温度観測データから自然変動の振動モードをスペクトル分解すると、最大の波注1)は一世紀規模の地球全体に亘る振動であった。Kravtsovはこれを「スタジアム・ウェーブ」と呼んでいる。意味合いとしては、サッカー・スタジアムで観客が手を挙げて一斉に席を立ち、また一斉に席に座って巻き起こすウエーブのことだ。
そして他方で、モデル(CMIP5)の計算結果についても同様な振動モードのスペクトル分解をすると、この「スタジアム・ウェーブ」は存在しなかった。つまりモデルは、この地球で最大の自然変動を表現することに失敗している。単にタイミング(位相)がずれているとか、振幅が小さい、というのではなく、そもそもその存在すら再現できていない、というのである。
Kravtsovはこの「スタジアム・ウェーブ」を可視化している。
地球全体の数年から数十年に亘る気候の振動を表現する方法としては、幾つかの「振動」の指数が用いられる。これらの指数は、特定の地域の観測データを用いて構成される。例えば「北大西洋振動」であれば、北緯0°-60°、西経80°W-0°の海水面温度の平均値が指数となる。Kravtsovは、5つの振動について、観測された最大の振動モードがどのような形になっているかを示した(図2)。
図2 スタジアム・ウェーブ (Mはパラメタだが本稿では説明を割愛する)
なおここで対象となっている振動は以下の通りである:
●北半球数十年振動 Northern Hemisphere Multidecadal Oscillation (NMO)
●太平洋数十年振動 Pacific Multidecadal Oscillation (PMO)
●北大西洋振動 North Atlantic Oscillation index (NAO)
●大西洋数十年振動 Atlantic Multidecadal Oscillation (AMO)
●アリューシャン低気圧指数 Aleutian Low Pressure index (ALPI)
図2では見やすくするために、NAOとALPIは負号が付いている。またAMO、-NAO、PMO、NMOは原点をそれぞれ1,2,3,4だけずらしている。
これを見ると、地球規模での温度変化の大波が、一世紀規模で振動していることが分かる。このような大波が、気候モデルでは全く再現できていない、ということである。
この論文は、CO2による地球温暖化については、直接は何も言っていない。しかし、地球規模の自然振動が十分に再現できていないということは、過去の温暖化のうちどれだけがCO2によるものだったかもよく分からないということであり、今後の温度上昇の予測にも限界があることを意味する。
注1) 正確には最大の波と2番目に大きな波の合計。以下同様。