コラム  国際交流  2020.06.08

米中間技術競争の狭間で道を探る日本

1. 激化する米中間の戦略的競争

 本稿は米中間の戦略的競争が激化するなか、狭隘かつ見通しをつけることが難しい日本の技術開発戦略に関して読者諸兄姉の参考になることを願いつつ、米中のハイテク戦略の一側面--軍民両用技術--に焦点を当ててまとめたものである。

 キヤノングローバル戦略研究所(CIGS)が設立まもない頃、講演を依頼したプリンストン大学の国際政治学者であるアーロン・フリードバーグ教授は、約2年前の2018年2月25日、米国連邦議会下院軍事委員会での公聴会「中国との戦略的競争」において冒頭次のように語った。  「第一に、米国が過去25年間にわたって行ってきた中国政策は、米国が望んでいた成果を生むことができなかった。

 第二に、その結果として、中国には、急速に富を蓄積し、また権力を集中させている人々が出現し、彼等の指導者の利益、価値観、そして目的は、我々のものとは基本的に異なっている。即ち北京政府は、我々民主主義国家及び同盟国の将来の安全保障と経済的繁栄を脅かすような広範囲かつ政府組織挙げての戦略を現在追求しているのである。

 第三に、こうした難しい課題に直面して我々は新たに包括的な戦略を立案しなくてはならない。それは我々米国と友好国が持つ様々な対策を効果的に採用し、統合し、適用してゆく戦略である。」

 中国国内に多くの友人を持ち、また米国では、2003年から2005年にかけてディック・チェイニー副大統領を外交面で補佐した経験を持つ彼の言葉に驚いたのは筆者だけではなかったことであろう。2017年にトランプ氏が大統領に就任して以来、確かにあらゆる分野において中国との間で摩擦が生じている。直近の新型コロナウイルス問題しかり、通商問題しかり、南シナ海を中心とする安全保障問題しかり、摩擦の種は枚挙に暇がないほどである。

 米中間の戦略的競争を更に複雑にしているのが、グローバル化の深化と目覚ましい技術進歩である。国際分業の利点を徹底的に活用するため、世界中に複雑に張りめぐらされたサプライ・チェーンは世界経済「全体」を潤すものとはいえ、世界各地を「均等」に潤すわけではない。マサチューセッツ工科大学(MIT)のダロン・アセモグル教授達が指摘するように、米国の雇用は米中間の国際分業の進展により大きく損なう形となってきた。また技術に関しても、ファーウェイ(華為)やアリババ(阿里巴巴)等の中国企業は米国のシリコンバレー等を根拠地として米国の最先端技術を吸収し、米英加豪等に存在する優れた大学から若くて優れた研究者を採用している。これも人類「全体」の進歩のためにはすぐれて良いことではあるが、技術進歩は、世界各地にその成果を「均等」にもたらすわけではないのである。その結果、将来の経済的繁栄に大きく寄与する技術進歩は、国際間に「不平等」を生み出す大きな要因と考えられていることは周知の事実である。

 事態を一段と複雑にするのが、軍民両分野に対する技術の適用性である。技術自体には意志はなく、技術を利用する人の意志によって、軍用にも民用にもなりうるのである。この軍民両用技術(dual use technologies (DUTs))における米中間競争が激しくなり、その影響が日本をはじめ、欧州諸国の間で深刻な課題として取り上げられるようになってきている。

 勿論、軍民両用技術は何も新しいものではない。弓矢は生活のための狩猟と部族間の争いの両方に使われた。従って現在の問題はその世界政治経済社会に及ぼす影響の大きさである。この意味で人類史上、分水嶺となったのが第二次世界大戦中に原子爆弾を開発した核技術である。米国は、全体主義の日独伊という枢軸国を撃破すべく、同国人だけでなく英国や中国の研究者を動員してマンハッタン計画を実施し、「自由主義」のために核兵器を開発したのであった。

 第二次世界大戦の真っ只中、独軍がスターリングラードの戦いでまさに降伏する直前の1943年1月、即ち連合国に勝利の女神が微笑かけ始めた時、マンハッタン計画の主導的立場にあったハーバード大学のジェイムズ・コナント総長は、ハーバード大学の学生達の前で「自由のための闘い(Fight for Liberty)」と題する演説を行い、次の様に語った。

 「戦場では、"敵を倒すという目的は全ての手段を正当化する"という事に、疑念を抱いてはいけません。しかしながら、平和が到来した時には、この考え方を全力でもって否定しなくてはなりません。」

 残念なことに、コナント総長の考えは見事に裏切られて、核開発技術は極めて危険な戦後世界である冷戦を創り出したことは歴史が示している。そして今、内外の識者が新たな冷戦時代の到来に警鐘を鳴らしている。しかも、とりわけ上記軍民両用技術の開発が、経済的繁栄だけでなく、軍事上戦略的優位に立つ上で大きな鍵を握っているのである。

 こうしたなか、米中両国はいかなる技術戦略を採ろうとしているのか、そのなかで、日本はいかなる戦略を基本路線として採れるのか、という疑問が湧いてこよう。本稿では、中国の軍民両用技術戦略、次いで中国の戦略に対する米国の警戒感とその対策、そして日本の採るべき戦略を考察してみることにする。


2. 中国の軍民融合発展政策

 中国事情を精査する作業は非常に難しい。軍に関係する分野では特にそうである。筆者は中国人民解放軍の軍事科学研究院(AMS)の将官達と意見交換する機会を持った経験がある。だが、それは決して"普通"の意見交換ではなく、単なる"挨拶"に終わったと記憶している。こうした厳しい制約の下で、闇夜をかすかに照らす蝋燭のように、淡い光のような情報をたぐりよせつつ、中国の軍民両用技術の現状を考えてみることにする。

 最初に触れる戦略は、「軍民融合(Military-Civil Fusion (MCF))」である、これに関して第一に注目すべき動きは習近平政権が、2017年1月22日、設立した中国軍民融合発展委員会であり、彼自身が主任となり軍民両用技術の促進策を展開している。

 表1(次ページ参照)は、2020年5月7日に英国の国際戦略研究所(IISS)が公表した資料で、中国の軍関係の研究機関に採用された民間部門の中国人の数を示している。この資料によれば、中国軍民融合発展委員会の設立前である2016年までは、国防科技大学(National University of Defense Technology (NUDT))等の人民解放軍(PLA)の内部で養成された研究者のみが軍関係の研究所に勤務することになっていた。それが2017年になって初めて民間部門からの採用が開始されたのである。

 民間からの研究者の採用者数は、初年度の2017年時の採用では総計157人であるが、2019年には741人に増加している。そのうち最も多いのが1986年に設立された北京系統工程研究院(System Engineering Research Institute)、2017年7月創立の中国人民解放軍軍事科学院国防科技創新研究院(National Innovation Institute of Defense Technology)、創立は1951年と古いが、長年にわたって何度か機構改革を経験した医学・生物学を中心に研究を行う中国人民解放軍軍事科学院軍事医学研究院(Academy of Military Medical Sciences) である。


 20200608kurihara01.jpg ※クリックでオリジナル画像表示

 表内の数字は、中国の軍民両用技術の開発状況の単に一側面を示しただけに過ぎない。だが、従来の中国軍事技術開発体制を補う形で、いかなる分野に民間の研究者を雇用して強化を図ろうとしているのかを推察する観点からすれば、示唆的な統計の1つであろう。即ち中国はエレクトロニクスとコミュニケーションに関するハードとソフトの両分野、人工知能等のコンピュータサイエンス分野、そしてバイオテクノロジーの分野を中心に注力していることをうかがい知ることができる。

 特に情報通信分野は明らかに軍民両用で積極的に活用される部門であり、日本でも聞きなれた民間の中国企業が数多くある。大多数の読者にとっては既知であると想定されることから、本稿では紙面の都合上詳しく論じないが、例えば、エレクトロニクスの分野では前述のファーウェイやアリババに加えて検索エンジンのバイドゥ(百度)やネット企業のテンセント(騰訊)、更には監視カメラのハイクビジョン(海康威視数字技術)やダーファ(浙江大華技術)、ドローンのDJI(大疆創新科技)等が挙げられよう(中国のハイテク企業のグローバル展開に関して現況を知るには、例えばオーストラリア戦略政策研究所(ASPI)の"Mapping China's Tech Giants"を参照されたい)。特にバイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイはローマ字の最初の文字を並べてBATH(バス)と呼ばれ、米国の競争相手であるグーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルの最初のアルファベットを並べたGAFA(ガーファ)と対抗するように多くの人々が呼んでいる。

 民間の情報通信関連企業に加え、国防関連企業の成長も目覚ましいものがある。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が2020年1月に発表した資料によれば、2017年時点での世界の10大国防関連企業の国籍は、米国が5社(ロッキードマーチン、ボーイング、ノースロップ・グラマン、レイセオン、ゼネラル・ダイナミックス)、中国が3社(中国航空工業(AVIC)、中国兵器工業(Norinco)、中国電子科技(CETC))、そしてそれぞれ1社が英国(BAEシステムズ)と欧州(エアバス)であり、企業規模の観点からすれば、米国企業群に迫りつつあるのが中国国防関連企業なのである。

 しかも現在世界第4位に位置するAVICは、第3位のノースロップ・グラマン、第4位のレイセオンを追い抜く勢いで、米国の国防産業基盤(Defense Industrial Base (DIB))を気遣う人々は、海外兵器市場への進出状況も考えると心静かに眠れない夜が続いているに違いない。


3. 高まる警戒感の米国

 世界中が新型コロナウイルスにおびえているなか、クリストファー・フォード国際安全保障・不拡散担当国務次官補は、2020年3月16日、同省のウェブ上に「中国の'軍民融合'戦略はグローバルな安全保障にとって脅威」と題する小論を載せた。

 この中でフォード国務次官補は、中国の軍民融合戦略は、普通の国が行う技術戦略ではなく、経済・軍事両面での大国の地位に到達するための戦略であり、我々は警戒する必要があると主張した。そしてその具体的方策として、①輸出管理体制の改善・強化、②海外へ軍事技術を流出させる研究者・技術者・学生に対する監視選別体制の確立、③企業買収、合弁企業の設立、提携関係等に対する警戒態勢の強化、以上3点を強調した。

 最後にこの3つの方策は、ひとり米国だけが採るべき方策ではないことを国務次官補は強調している。即ち中国の軍民融合戦略はグローバルな安全保障にとって脅威である以上、諸国が「警戒連合(coalitions of caution)」を構築・維持する必要があると述べている。

 フォード国務次官補が述べた3つの方策に関し、米国はこれまでも、冷戦時から考察・実施していたことは知られている。だが、近年の中国の台頭に伴い、警戒心が更に高まり、その結果、中国政策として意識した政策手段が採られている。

 例えば、上記①に関して2018年8月13日、輸出管理改革法(ECRA)が2019年度国防授権法(NDAA)に盛り込まれ、米国商務省の産業安全保障局(BIS)は2018年11月19日、流出を警戒すべき技術分野として14列挙した。そして2020年1月6日、その14の技術分野に関して規制(案)を公表している。その14の技術分野とは、①バイオテクノロジー、②人工知能、③測位・航法・調時(PNT)技術、④マイクロプロセッサ技術、⑤先端コンピュータ技術、⑥データ分析技術、⑦量子センシング技術、⑧先端物流技術、⑨付加製造技術(3Dプリンター等)、⑩ロボット技術、⑪ブレイン・マシン・インタフェース(BMI)、⑫極超音速技術、⑬先端機能性材料技術、⑭先端調査監視技術である。

 上記②の研究者・技術者・学生による最先端技術の流出に関する監視選別体制に関しても、上述した戦略上重要な技術に関して、それを盗用・流用する懸念のある外国の機関のリスト(EntityList) に照らしつつ、ビザの発給等を通じて規制するという形をとるようになった。当初、このEntity Listに掲載されていた中国の研究機関は、明らかに軍事技術を研究している学術機関( 国防科技大学や北京航空航天大学) であったが、現在ではSTEM 関連(Science、Technology、Engineering、Mathematics) といった分野で優れた中国の学術機関もEntityList に含まれるようになっている。

また③に関しては、従来の対米外国投資委員会(CFIUS)による対内直接投資規制を拡充・強化する形で外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)が2020年2月13日に施行された(同法の成立は2018年8月13日)。

 かくして米中間の技術競争は、グローバル化の深化により相互依存度が高まったが故に、両国の戦略だけでなく歴史や価値観の違いから、不信感が拡大し互いが狭量になり、相互信頼が失われて寛容の精神が雲散霧消してしまいそうな状況になっているのである。


4. 米中間技術競争の狭間で道を探る日本

 以上、簡単ではあるが米中間の技術競争に関して対立が深まる方向に向かっている状況を述べてきた。また政治経済のほかの分野でも戦略的競争が激しくなるに従って、米中両国の間で協調・協力の精神が薄れ、対立・排除の様相が強くなってくるような気配が濃厚である。

 これに関し、ハーバード大学のグラアム・アリソン教授は2017年に著した『米中戦争前夜――新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ』の中で、9つの次元で米国と中国の価値観の隔たりを示している。その9つの次元とは①自己イメージ、②中核的価値体系、③政府に対する考え、④政府形体、⑤模範的国家としての自覚、⑥外国人に対する態度、⑦時間概念、⑧変化に対する見方、⑨外交政策である。ただし大胆な単純化であるので、勿論、異論が出ることを承知の上で紹介してみたい。


 20200608kurihara02.jpg ※クリックでオリジナル画像表示

 即ち、米国は①「世界一の国家」という自己イメージを抱き、②「個人の自由を優先」する価値体系を持ち、③政府は「必要悪」という考えであり、④「民主共和国制」の政府形体を採り、⑤「伝導的・宣教的であること」を自国の模範的国家の在り方とし、⑥「受容の態度」を外国人に示し、⑦「現在」を時間概念として大切にし、⑧「発明・革新」を変化の源泉として求め、⑨「遵法的国際秩序」を外交政策の柱とする。

翻って中国は①「天下を統一する国家」という自己イメージを抱き、②「社会的秩序を優先」する価値体系を持ち、③政府は「必要かつ善良」という考えであり、④「専制主義」の政府形体を採り、⑤「天下無双の模倣不能で超越した存在であること」を自国の模範的国家の在り方とし、⑥「排除の態度」を外国人に示し、⑦「永遠・悠久」を時間概念として大切にし、⑧「復古・発展」を変化の方向として求め、⑨「階層的秩序」を外交政策の柱とする。

 アリソン教授による米中比較を見る限り、両国の国力が接近してくればくるほど、即ち中国の国力が米国の国力に近づいてゆくに従い、米国は、かつてのスパルタがアテネの台頭に警戒心を抱いたように、中国に対して警戒心を強めるようになってゆく危険性が高くなる。換言すれば「猜疑心が猜疑心を呼ぶ」という負のスパイラル(「ツキジデスの罠」に陥る状態)が生じかねないのである。

 しかも、現代はツキジデスの時代とは異なり、グローバルな形をとり、またハイスピードで変化する最先端技術が、軍民両面で国家間に政治経済的な格差を生じさせる。その典型的な例が世界中を駆け回るサイバー技術である。サイバー技術に優れた国や企業は、短期間で巨万の富を築くことができる。またサイバー攻撃で敵国や競争相手の企業を瞬時にして打ち負かすことができるようになったのである。換言すると「ツキジデスの罠」の状態が、以前のような年月の単位で変化するのではなく、日時或いは分秒の単位で変化し、制御できないエスカレーションの危険性が高まっているのが現在の恐ろしい米中間の戦略的競争なのである。

 こうしたなか、日本や欧州諸国、或いは豪州や東南アジア諸国はいかなる対応をとるべきか。筆者の考えは極めてシンプルなものである。即ち、米中双方に対し、日時或いは分秒の単位で起きそうな「ツキジデスの罠」の危険を避けるよう諭すことである。それを欧州諸国やアジア太平洋諸国と共同で働きかけるという戦略である。前述のフォード国務次官補の言葉に即して言えば、我々は米国の「警戒連合(coalitions of caution)」に賛同する一方で、欧州諸国やアジア太平洋諸国と米中双方に対して「思いとどまらせ連合(coalitions of dissuasion)」とでもいうものを形成するのである。この戦略において、技術面に関して注力すべき分野は、日本が最も深刻な状況に陥っている高齢化社会に関連した技術なのだ。

 勿論、戦略的競争というハイポリテックス次元の話とローポリティックスの問題である高齢化社会に向けた技術戦略とどんな関係があるのか、と疑問に思う人がいるだろう。だが、忘れてならないことは、世界経済社会が高齢化するなかで、指揮官・将兵も高齢化する点だ。しかも高齢化に際して期待される技術は、前述した人工知能、PNT、BMI等の最先端技術を統合化したものなのだ。かくして日本は狭隘かつ見通しが難しいとはいえ、このような技術開発戦略を今後立案・推進すべきなのである。

 この技術分野の詳細に関しては、別の場所で論じることにするが、高齢者の健康を増進・維持する技術、高齢者の快適で安全な生活(AAL等) を推進する技術を、日本は自国のため、また米中の戦略的対立を防ぐために追求すべき、と考えている。高齢化は人口において中国が、金額において米国が有望市場である。日本の将来の基幹産業としても、粘り強く開発する価値があると筆者は考え、現在内外の優れた研究者と議論を行っている。