コラム  グローバルエコノミー  2020.05.29

空間情報ビッグデータによるCOVID-19の感染に繋がる接触頻度の推定

概要

 水野貴之, 大西立顕, 渡辺努 (2020) "GPS位置情報ビッグデータによる人口分布の高解像度化と接触頻度の推定" [5]で提案した接触頻度の推計手法をアップデートする。従来手法では、高精度のメッシュ型人口分布と整合性を維持しつつ、高解像度のGPS型人口分布をオーバーサンプリングすることにより、地域の人口密度を高解像度で推計し、接触機会を見積もる手法を提案した。この従来手法に人々の移動速度と滞在施設の情報を付加することで、(1)移動者を除く地域の滞在者の把握、(2)建物の同一フロア内での人口の把握、(3)COVID-19の感染率への人口と人口密度の影響の考慮が可能になり、感染に繋がる「濃厚接触」の定義に近い接触頻度の推定ができる。地域における接触頻度の減少率は、人口の減少率に加え、滞在する建物のフロアを考慮することで5%程度上昇し、さらに、人口密度の非線形な影響で(1ーq)乗程度上昇する。各都道府県の接触頻度の減少率は緊急事態宣言解除後も、多くのエリアで4割を超えており、感染防止が進む一方で、経済活動が抑制されている。


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図1 本稿における接触頻度を推定する手順
 (a)メッシュ型人口分布(500m区画内の人口)
 (b)移動速度付きGPS型人口分布(黒は時速4km以下、黄は時速4km以上)
 (c)生成された高解像度の二次元人口分布(黒は時速4km以下、黄は時速4km以上)
 (d)建物の敷地と高さ情報(サイズは敷地面積を、濃色ほど高層を表す)
 (e)生成された高解像度の三次元人口分布(黒は時速4km以下、黄は時速4km以上)
三次元人口分布より、同一建物の同一フロアにおける2m範囲内の滞在者から、人数と密度の両方を考慮して接触頻度を算出する。




1 はじめに

 2019年末に中国の武漢で発生したコロナウイルス感染症は、世界中に広がり、現在(2020年5月20日)までに、全世界で480万人以上が感染し、32万人以上の命が失われている。このパンデミックを止めるために、外出禁止令など接触機会の削減政策が世界各国で実施されている。接触機会の削減は、感染症対策に有効である一方で、経済活動の低下も招いている[1,2]。従って、新規感染者数が低下した経済再開局面では、実質GDPや失業率の数値目標に見合う接触頻度の目標を定めて、経済活動と感染阻止を両立していかなければならない。その実現には、接触頻度を精度高く高頻度で推計し、社会に提示することが必須である。

 「接触頻度」の定義について厚生労働省コロナ対策本部クラスター対策班から5月1日に、「接触頻度=人口×単位時間あたりの一人あたりの接触人数」が発表された[3,4]。そして、一人あたりの接触人数を一定と仮定した、主要な繁華街での「接触頻度の変化率」、つまり、人口の変化率が公表された。彼らは、人口密度の高い地区では一人が接触する人数が多くなることが考えられるが、密度に関する十分な情報がないために、一人あたりの接触人数を一定と仮定したと説明している。

 水野、大西、渡辺(2020)は、接触頻度の密度効果を推定するために、高精度のメッシュ型人口分布と整合性を維持しつつ、高解像度のGPS型人口分布をオーバーサンプリングすることにより、地域の人口密度を高解像度で推計した[5]。これにより、人口密度の変化による(単位時間あたり)一人あたりの接触人数の変化が推定でき、人口減と一人あたりの接触人数減の両要因を考慮した接触頻度の減少を見積もった。

 本稿では、感染に繋がる接触の条件、つまり、濃厚接触の条件を付加することにより、感染に繋がる接触頻度の推計の精度を上げる。濃厚接触の定義は「1~2m以内で15分以上の接触」である。話をしないような公共交通機関の車内での接触や、道ですれ違うような接触は、濃厚接触として想定されない。我々は、(1)歩く速度以下の接触のみを対象とする。次に、先行研究[3,4,5]では、建物の高さを考慮していない。異なるフロア間では接触がおきないため、(2)同一フロア内での接触のみを対象とする。さらに、(3)疫学における感染についての人口密度の影響の経験則を考慮する[6]。ある場所における感染に繋がる接触の頻度、例えば、会話相手の人数は、その場所の人口に依存する。もし、各人の会話相手の平均的な人数が、その場所の人口密度に依存せず一定であれば、接触頻度は人口(=人口の1乗)に比例する。一方で、会話相手の平均的な人数が、その場所の人口密度に比例して増加すれば、接触頻度は人口密度(=人口の2乗)に比例する。経験的には、接触頻度に対して人口密度は比例ほどの影響はなく、感染症の種類に依存して人口の1乗より若干大きい程度である[7]。実験室におけるハタネズミの牛痘感染症の事例では1.38乗である[8]。現在、COVID-19について接触頻度に関する人口密度依存性の情報は十分にはない。本稿では、1.38乗を採用するが、1乗と2乗で推定された接触頻度を併記することで、人口密度効果における接触頻度の範囲を示す。

 本稿における、人口分布から接触頻度を推定する手順は、図1で示すとおりである。携帯電話の基地局情報により、日々、高精度に見積もられるメッシュ型人口分布に、高解像度の移動速度情報を持つGPS型人口分布を反映させてSVM-SMOTEアルゴリズム[9]でオーバーサンプリングすることにより、歩く速度以下で滞在する人々の高精度で高解像度の2次元人口分布を得る。建物情報を利用し、建物内にいる人々を各階にランダムに振り分けることで、3次元人口分布に変換する。同一フロアの2m範囲内の人口から、接触の対象となる人口と人口密度を考慮して接触頻度を算出する。

 推計の結果、接触頻度の減少率は、建物の高さ効果と人口密度効果を考慮すると、人口の減少率よりも大きくなる。建物のフロア情報を加味すると減少率は5%程度上昇し、人口密度効果でも5%程度上昇する。渋谷駅周辺では、4月時点の人口減は6割から8割であるが、接触頻度は既に7割から9割減少していることがわかった。他者との接触頻度と経済活動の度合いは直結している[10]。5月に緊急事態宣言が解除されたあとも、各都道府県では外出の自粛が1割から6割の範囲で続いており、商業地に人が戻ってきていない[11,12]。接触頻度に直すと、2割から7割減である。経済再開局面では、実質GDPや失業率の数値目標に見合う接触頻度の目標を定めて、経済活動と感染阻止を両立していかなければならない。その実現には、接触頻度を精度高く高頻度で推計し、社会に提示することが必須である。

 以降の節では、第2節において、本研究で利用する高精度なメッシュ型人口分布、高解像度の速度情報を持つGPS型人口分布、建物情報の各ビッグデータについて説明する。第3節では、数理疫学における、感染率への人口効果と人口密度効果についての先行研究を紹介する。第4節では、第2節のビッグデータとSVM-SMOTEアルゴリズムにより、高精度で高解像度の3次元人口分布を生成する手法を提案する。そして、同一フロアの2m範囲内の人口から、第3節での感染率への人口と人口密度の効果を考慮して接触頻度を推定する。第5節では、渋谷、及び、各都道府県における接触頻度を推定し、平時と非常時で接触頻度の変化を示す。第6節は、まとめと課題である。


2 人口分布と建物ビッグデータ

 本稿では、メッシュ型人口分布とGPS型人口分布の二種類の人口分布データを用いる。メッシュ型人口分布データについては、株式会社ドコモ・インサイトマーケティングが提供する国内人口分布統計(リアルタイム版)モバイル空間統計®[13]を利用する。モバイル空間統計では、日本を500m×500m四方のメッシュに分割し、約8000万台のドコモの携帯電話から推計された各メッシュの1時間ごとのリアルタイム人口が表示される。サンプルサイズが大きいので、人口分布の精度が高いのが利点である[14]。本稿では、2020年1月17日(金)と1月19日(日)、4月24日(金)、4月26日(日)のデータを使って分析した。

 GPS型人口分布データとしては、株式会社Agoopが提供するポイント型流動人口データ[15]を利用する。ポイント型流動人口データには、スマートフォン向けアプリケーションを通じて、許諾を得たユーザーから30分毎に集められた約21万台のスマートフォンのGPS位置情報(緯度、経度)と速度などの情報が収録されている。地理的な誤差が10m以内の位置情報のみを利用する。サンプルサイズが小さいが、人口分布の解像度が高いという利点がある[14]。2014年8月(12日から15日までのお盆の時期を除く)のデータを使って分析した。

 地域の詳細な建物情報を得るために、株式会社ゼンリンの建物ポイントデータ[16]を利用する。住宅や商業ビル・オフィスビル、マンション、アパートなど全国約3800万棟の建物一軒一軒の、所在地の緯度・経度情報、建物の階数や面積、集合住宅の戸数、オフィスビル・商業ビルの部屋数、店舗数などが収録されている。


3 感染の人口密度依存性と人口依存性

 感染症において、接触機会が感染を生む。従って、人口の多い地域では接触機会が多く、感染者も多くなる。数理疫学のモデルにおいて、接触率 c が人口密度 N/A に比例することが最も頻繁に仮定される[6]。

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 ここで、N は地域の人口、A は人々によって占有される地域の面積、κ は比例係数である。例えば、地域に湖のような人がいない場所が存在する場合には、面積 A には人が存在しない場所の面積は含まれない。接触率が人口密度に比例する仮定において、感染者数 I の変動は、

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と記述される。ここで、S は地域内の感染することが可能な人数、ν は感染成功確率である。定数と係数を、β とまとめて右辺のようにも記述される。

 疫学調査において、人々によって占有される地域の面積 A が不明な場合がある。その場合には、接触率 c は人口密度に依存せず一定であると代替的に仮定する[6]。

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 ここで、η は定数である。このとき、感染者数 I の変動は、

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と記述される。定数と係数を、β' とまとめて右辺のようにも記述されることもある。

 感染症の様々な事例について、感染者数の変動が(2)式に従うか(4)式に従うかが調査された[7]。その結果、様々な事例において、(2)式では変動が過剰であり、(4)式では変動が過小であった。そこで、接触率 c が人口密度 N/A の(1-q)乗に比例する(1)式と(3)式の中間のモデルが提案された[8]。

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 このとき、感染者数 I の変動は、

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と記述される。係数q=0のとき、(6)式は(2)式と一致し、地域の感染者数は人口の2乗に比例する。一方で、係数q=1のとき、(6)式は(4)式と一致し、地域の感染者数は人口の1乗に比例する。ハタネズミを用いた牛痘感染症の実験では、qの平均値は0.62であり、95%信頼区間は0.49と0.74であった。現在、COVID-19について接触率に関する人口密度依存性の情報が十分にはない。本稿では、q=0.68を採用するが、q=0と1で推定された接触頻度を併記することで、人口密度効果による接触頻度の範囲も提示する。


4 接触頻度の推定手法

 ある地域hにいる人口kh人が、一人あたりnh人と接触すると、その地域の合計の接触頻度thは、

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である。例えば、「Aさん、Bさん、Cさん、Dさん」の4人しかいない場面では、「AーBペア、AーCペア、BーDペア、CーDペア」のように、各人が単位時間あたり2人と接触していると、合計の接触頻度はペアの数 (4×2)/2=4回である。つまり、一人あたりの接触人数を見積もることが、接触頻度の推定に必要である。

 2m以内で15分以上の会話等を伴う接触が感染に繋がる。従って、地域に滞在する人々の高解像度の人口分布を推定する必要がある。我々は、図1に示すように、高精度のメッシュ型人口分布と整合性を維持しつつ、移動速度の情報を持つ高解像度のGPS型人口分布をオーバーサンプリングし、建物情報を用いて移動速度が徒歩より遅い滞在者を各階に配置し、高精度で高解像度の3次元人口分布を生成する。その上で、滞在者について2m範囲を接触半径と定義し、接触半径内の人口密度を考慮して地域全体の接触頻度を求める。

 図1(a)は、メッシュ型人口分布から観測された2020年1月17日の渋谷駅周辺の9時台から17時台の平均人口である。約3千人から3万人の範囲で分布している。図1(b)は、平日の9時台から17時台の人々の移動速度付き位置情報である。時速4km以下の徒歩よりも遅い人々の位置を黒色で、移動者となる時速4km以上の人々の位置を黄色の点で表示している。幹線道路沿いには黄色の点が多く、建物の位置には黒色の点が多い。この図では、同一人物が異なる日時に位置情報を報告した場合も全て描画している。これにより、我々は、渋谷周辺の平日の、人々の移動速度と位置の標準的な空間分布を知ることができる。株式会社Agoopのポイント型流動人口データでは、2014年8月の(お盆を除く)平日の位置情報をメッシュ毎に集計すると約1千から5千件の範囲で分布している。

 メッシュ毎に移動速度付きGPS型人口分布を、メッシュ型人口分布の人数まで、SVM-SMOTEアルゴリズムを用いてオーバーサンプリングする。図1(b)の各点は、「緯度、経度、速度」の3つの情報を持っている。下記の手順に従い、SMOTE(Synthetic Minority Over-sampling Techique)では、この情報をオーバーサンプリングしていく。

(1)オーバーサンプリングするメッシュを選択する
(2)メッシュ内の全ての点の緯度、経度、速度を、それぞれ規格化する
(3)点をランダムに1つ選ぶ。(図2では x1 )
(4)規格化した「緯度、経度、速度」の空間において x1 から近い順に近接の点をk個(例:k=4)用意する。(図2では x11~x14 )
(5)x11~x14 の中からランダムに1つ選ぶ。(図2では x11 )
(6)x1 と x11 を結んだ直線上にランダムに新しい「緯度、経度、速度」情報を内挿する。(図2では r1 )

この手順(3)から(6)までを繰り返すことにより、高解像度の移動速度付きGPS人口分布の形状を変えずに、位置と速度情報を高精度のメッシュ型人口分布と同じ人数まで増やしていく。SVM-SMOTEではサポートベクトルにより位置と速度の情報をクラスタリングし、サポートベクトルを超えて新しい位置と速度の情報の内挿がおこなわれないようにする[9]。図1(c)は、k=5としたSVM-SMOTEによって位置と速度の情報を増やすことによって生成された高精度で高解像度の二次元人口分布である。



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図2 SMOTEの概念図


 次に、二次元人口分布に高さ情報を付与する。図1(d)は、渋谷駅周辺の5606物件の位置と面積を表している。我々は建物内に位置する移動速度が時速4km以下の人々をランダムに建物の各階に割り振る。そのようにして生成された高解像度の三次元人口分布が図1(e)である。

 最後に、感染に繋がる15分間以上の接触は移動中には発生しないと仮定して、歩く速度よりも遅い時速4km以下の地域の滞在者のみに注目し、第3節の接触率の人口密度依存性を考慮しながら、図1(e)の3次元人口分布から人々の感染に繋がる接触頻度を計測する。接触範囲を同一フロアの2m以内であると仮定して、フロアごとに500mメッシュを、4m×4mの15625ブロックに分割する。ブロック内の滞在者は、(5)式に従い、ブロック内の滞在者の人口密度の (1-q)乗に比例して、単位時間あたりの接触相手の人数が決まると仮定すると、ブロック b 内の kb 人の間の合計の感染に繋がるような接触の頻度 tb は、

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である。q=0のとき、各滞在者は「自身を除くブロック内の全滞在者×κ回」接触する。従って、ブロック内の人口が1/2になると、接触頻度は約1/4になる。他方、q=1のときは、各滞在者は「自身を除くブロック内の滞在者とκ回」接触する。従って、この計算では、ブロック内の人口が1/2になると、接触頻度も1/2になる。メッシュ h における感染に繋がるような接触の頻度 th は、

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と求まる。


5 接触頻度の推定結果

 第4節の手法を用いて、渋谷周辺の休日について、平時(1月19日)と非常時(4月26日)の9時台から17時台の接触頻度を算出し、接触頻度の変化率を人口の変化率とあわせて図3で示す。休日の渋谷駅周辺の人口は70%台で減少しており、人口減のみでは8割減は達成していない。しかし、建物のフロア情報を考慮すると人口減に伴い、同一フロアの2m範囲に接触相手がいなくなることが起き、その結果、人口よりも接触頻度の減少率は6%程度増え、いくつかの地域で8割減が達成できている。さらに、人口密度の効果が加わると接触頻度の減少率は上昇し、(8)式がq=0.68の場合には、いくつかの地域では9割近い接触頻度減となる。接触頻度についての人口密度の効果を大きく比例まで仮定したq=0の場合には、人口の多い中心地では接触頻度は9割を大きく超える。

 図4は、平日の結果を示している。渋谷駅周辺の人口減は60%程度であるが、接触頻度では、人口減に建物による3次元効果で5%と、人口密度の低下による効果(q=0.68)で5%とが加わり、70%台の減少となっている。接触頻度についての人口密度の効果を大きく比例まで仮定したq=0の場合には、人口の多い中心地では接触頻度は8割を超える。


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図3 渋谷周辺の休日の昼間(9時台から17時台)における平時(1月19日)と非常時(4月26日)の比較
 (a)人口の変化率
 (b)接触頻度の変化率(人口密度効果なしq=1)
 (c)接触頻度の変化率(人口密度効果q=0.68)
 (d)接触頻度の変化率(人口密度効果q=0)



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図4 渋谷周辺の平日の昼間(9時台から17時台)における平時(1月17日)と非常時(4月24日)の比較
 (a)人口の変化率
 (b)接触頻度の変化率(人口密度効果なしq=1)
 (c)接触頻度の変化率(人口密度効果q=0.68)
 (d)接触頻度の変化率(人口密度効果q=0)



 次に、緊急事態宣言が解除された後の各都道府県の接触頻度減を見積もる。緊急事態宣言は5月14日に、東京と神奈川、千葉、埼玉、大阪、京都、兵庫、北海道を除く全39都道府県で解除された。上記の渋谷周辺の解析結果を、そのまま全国に適用すると、接触頻度の減少率 1-Δth は、人口の変動率Δkhに建物の高さ効果の5%と人口密度効果(1-q)を加え、

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  のように大雑把に見積もることができる。水野、大西、渡辺は、COVID-19流行前の1月と比べた各都道府県における繁華街の人口の減少率1-Δkhを、日々、公表している[11,12]。この繁華街の人口の減少率を用いて、緊急事態宣言解除後の平日(5月15日)と休日(5月17日)における接触頻度の減少率を推定する。図5は、接触頻度の減少率の日本地図である。平日、休日ともに、緊急事態宣言が解除された多くの都道府県で接触頻度は4割以上減少したままであり、感染拡大が引き続き抑えられていることがわかる。しかし、接触頻度と経済活動の度合いは直結しているため[10]、経済活動も抑えられたままになっていることが分かる。


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図5 緊急事態宣言解除後の全国各地の繁華街における(a)平日(5月15日)と(b)休日(5月17日)の接触頻度の減少率。(人口密度効果q=0.68)




6 まとめと課題

 地域における接触頻度の減少は、人口の減少と、一人あたりの接触人数の減少の2つの要因によって起きる。本稿では、携帯電話の基地局情報により、日々、高精度に見積もられるメッシュ型人口分布に、高解像度の移動速度情報を持つGPS型人口分布を反映させてオーバーサンプリングすることにより、歩く速度以下で地域に滞在する人々の高精度で高解像度の二次元人口分布を再現した。そして、地域の建物情報を利用し、建物内にいる滞在者を各階にランダムに振り分けることで、三次元人口分布を生成した。COVID-19の感染に繋がる接触は「近距離での15分以上の会話を伴うような接触」であるとされており、この三次元人口分布から、各滞在者の半径2m範囲内の他の滞在者の人数とその密度を見積もることで、地域全体の接触頻度を推定した。地域における接触頻度の減少率は、人口の減少率に加え、滞在する建物のフロアを考慮することで5%程度上昇し、さらに、人口密度の低下による効果で5%から15%程度上昇する。緊急事態宣言下の4月の渋谷駅周辺では、平日の接触頻度減は70%台であり、休日では、いくつかの地域では9割近い接触頻度減が達成されていた。5月14日に緊急事態宣言が39都道府県で解除された。しかしながら、依然として多くの都道府県で接触頻度は4割以上減少しており、感染防止が進む一方で、経済活動が抑制されている。

 新型コロナウィルスの感染防止には接触頻度の削減が必要と言われている。しかし、接触頻度の削減は人々の移動の自由を制限し、経済的な損失を生むことを忘れてはならない。今後の感染拡大の第二波、第三波に備えて、健康の被害と経済的損害の両方をバランスを取って制御できる接触頻度の削減目標を定めることが求められている。そのためには、時々刻々と変化する接触頻度の状況を正確に把握し、接触と感染確率との関係、接触と経済の生産性との関係を明らかにすることが不可欠である。経済における生産性は、人々や企業が特定の地域に集積することによって効率性が高まり上昇する。つまり、感染における人口密度効果と同じように、人口に関してべき乗で影響を受ける。しかし、感染と経済の生産性では、べき乗の指数が異なるであろう。その結果として、感染抑制と経済活動を効率よくバランスを取る解が存在する可能性がある。本研究は、接触頻度により、感染と経済活動をバランスよく制御するための関係式を見つけるための基盤技術となる。

 本稿では、人々の空間的な詳細な密度分布を知るためにGPS型人口分布を利用した。密度分布の主な特徴は時間的に大きくは変化しないが、駅や新たなランドマーク等ができると局所的には変化する。本稿で用いたのは、2014年のGPS型人口分布であり、最新ではない。接触頻度の推定精度を高めるには、メッシュ型人口分布データと同日に取得されたGPS型人口分布データが必要である。日々の最新のデータを利用することにより、例えば、リアルタイムに通勤時刻や経路を推薦するような、接触機会を減らすアドバイスをするAIも作れるであろう。本研究は、コロナ時代の社会経済活動を科学的にサポートできる可能性がある。



謝辞

 本研究の一部は、科学研究費補助金19K22852、16H02872のサポートを受けている。本稿で用いた、国内人口分布統計(リアルタイム版)モバイル空間統計®は株式会社ドコモ・インサイトマーケティングから、ポイント型流動人口データは株式会社Agoopから提供を受けました。厚生労働省コロナ対策本文クラスター対策班には、接触機会の人口密度依存性について助言をいただきました。感謝を申し上げます。


参考文献

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[2] 日本経済新聞「マイナス21% 成長予想 4~6月民間平均、戦後最悪に」(2020年4月30日)https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58680170Q0A430C2MM8000/ (2020年5月7日アクセス)

[3] 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020 年 5 月 1 日)https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000627254.pdf (2020年5月7日アクセス)

[4] 厚生労働省コロナ対策本文クラスター対策班「2020年5月1日の専門家会議での報告内容の捕捉」(2020年5月1日)https://github.com/contactmodel/20200501/blob/master/0501_public.pdf (2020年5月7日アクセス)

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[7] Hao Hu, Karima Nigmatulina, Philip Eckhoff. The scaling of contact rates with population density for the infectious disease models. Mathematical Biosciences 244, 125-134, 2013.

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[13] 国内人口分布統計(リアルタイム版)モバイル空間統計®

[14] 菅愛子, 飯島信也, 兵頭大史, 藤原直哉, 水野貴之, 松本裕介, 武藤杏里, 瞿雪吟, 伊藤武真, 松井伸司, 五十嵐盛仁, 上田聖. 東京都における流動人口データの有効性の検証. 総務省統計委員会担当室ワーキングペーパー, 2019-WP03, 2019.

[15] ポイント型流動人口データ https://www.agoop.co.jp/floating-population/(2020年5月7日アクセス)

[16] 建物ポイントデータ https://www.zenrin.co.jp/product/category/gis/contents/building-point/index.html (2020年5月23日アクセス)


注釈:「モバイル空間統計」は、株式会社NTTドコモの登録商標です。