メディア掲載  グローバルエコノミー  2020.05.12

全世界同時不況に備えよ 巣ごもり消費パニックの「勝ち組」「負け組」ーこの危機に日本人はどんな買い物をしたのかー

『文藝春秋』2020年5月号に掲載

 私は大学で経済学を教えていますが、そのかたわらでクレジットカードの購買記録やスーパー、ドラッグストアなどのPOSデータを集め、日々ウォッチしています。これらは、いわば「日本人のお買い物」のビッグデータ。その内容を分析することで日本全国の消費行動、物価動向がリアルタイムでわかるので、研究の大事なヒントになります。

 リアルタイムのデータを見ていると、いろいろなことがわかります。昨年10月には消費税増税がありましたが、政府がキャッシュレス還元などさまざまな施策を講じたにもかかわらず、前回(2014年)の増税時と同じくらいのレベルで、駆け込み需要と反動減のあったことがはっきりとデータから読み取れました。

 さらに不思議なことには、食料品に関しても、わざわざ手間暇かけて軽減税率を適用したのに、今回も駆け込み需要と反動減があったのです。それもまたデータにはっきりと表れました。

 この謎はまだ解明できていません。税率は8%のままなのに、なぜ駆け込むように買い物をしたのか?これはおそらく人の心理の問題で、人は別に値段が上がるから買い物をするわけではなく、みんなが買っているから買うという心理があるのだろうと推瀕しています。


スーパーは特需に沸いた

 2月に入り、ダイヤモンド・プリンセス号の乗客の検疫が大きな問題となり、圏内でのコロナウイルス感染者数がニュースになり始めたころ、私はひそかに物価が跳ね上がるのではないかと思いながらデータを見ていました。東日本大震災の時は、発生直後からスーパーの売上が上昇しはじめ、6日後には前年比30%以上のピークに達したことが記憶にあったからです。

 しかし、日本人の買い物になかなか変化の兆しは現れませんでした。株式市場は落ち着いたままで、トランプ大統領もぜんぜん意に介さないコメントを続けていました。私もこれはそれほど深刻なことにはならないと考えるようになり、海外出張がキャンセルになったことを残念に思うくらいでした。

 グラフ1は、国内の新規感染者数とスーパーのPOSデータ(全国1000店舗の売上前年比)を示したもので、棒線が感染者数、折れ線が前年同日と比較した売上の増減です。

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 2月後半は、天皇誕生日の一般参賀、東京マラソンの一般参加、各種イベントの中止が続々と発表された時期でもありました。それでも25日までは、スーパーの売上は前年比0~2%前後の増加で、大きな変化はみられません。ところが26日、突如として前年比5%増になり、翌27日、一気に10%増まで跳ね上がります。そして3月に入り、1~5日には18~19%増まで一気に上がっていったのです。この急激な上昇を見て「ああ、やっぱり来たか」と思いました。

 通常、前年比で10%もアップすることはありません。5%上がることも珍しい。急上昇した2月27日は、「トイレットペーパーが不足する」というデマが流れ、マスク、消毒グッズに加えてトイレットペーパーなどの紙類が品薄になったと報じられたころです。おそらくそういったニセ情報から小さなパニックが起こり、お客さんがお店に殺到したのでしょう。スーパー、ドラッグストアにとっては"特需"といえる状態でした。

 この特需は二週間続いたあと、いったん落ち着いたかに見えました。しかし3月25日の「感染爆発の重大局面」という小池都知事の発言後、再び増え始めています。

 大震災の時は、二週間ほどで落ち着いたのですが、今回はあの時より長引くかもしれません。人間は、「将来、何が起こるかわからない」という異常事態に置かれると、「最悪のケース」を想定して、何とかして自分は生きていけるように行動することが過去の研究から知られています。どんな状態でも楽観的な人がいないわけではないと思いますが、人間の集団全体としてみると最悪を想定して行動するものなのです。

 今回も将来、品薄になったり、スーパーやコンビニが閉鎖されたりするのではないかと考えて、人々は食料品や日用品をあわてて買い込んだのだと考えられます。この状態が永く続くと本物の品不足になりかねません。人々が品不足の不安で買いだめに走り、そのために結果として本当に品不足になる。経済学では、こういう状況を「不安が自己実現する」と言いますが、そうなると社会が不安定になります。その事態は避けなければいけません。

 一方、クレジットカードの購買データを見ると、別のことがわかります。グラフ2は、3月前半と1月後半のクレジットカードの購買額の比較です。産業分野別にどのような消費が伸びたのか、減ったのかがわかります。

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 スーパーでの買い物は7%増。これは先ほどのPOSデータを別の側面から見たものと言っていいでしょう。この内訳をみると、実はスーパーでの購入の回数は減っています。その一方で一回当たりの金額は大幅増加です。感染を恐れてスーパーに行きたくない。しかし食料など必需品はしっかり備蓄したい。こういう消費者の思いが伝わってきます。買い物にはモノとサービスがありますが、モノは確実に売れました。特に日常必需品は明らかに売れたわけです。


コンテンツ配信だけが例外

 これに対して、サービス業のほうは軒並み記録的な落ち込みになりました。いちばん落ち込んだのは旅行で57%の大幅マイナス。普通の不況の時期でも旅行支出は減ります。しかし一切旅行しないということではなく、ハワイがグアムに行き先変更になるような節約が積もり積もって全体の支出を減らします。しかし今回はそれとは異なり、一切旅行しないという消費者が大量に出てそれが全体の旅行支出を下げています。次に宿泊37%、娯楽が27%のマイナス。外食も25%のマイナスです。サービスの中で唯一の増加はコンテンツ配信です。消費者が感染を恐れて外出を控え、「巣ごもり消費」が増えたことを反映しています。

 おそらく3月後半はサービス業の落ち込みがさらに顕著になったであろうと予想されます。出張も旅行も外食もキャンセルが相次いでいると言われますし、さらに深い落ち込みになるとみています。


ニつのリアルタイムデータ

 このようにリアルタイムの消費データには、私たちの生活感覚で納得できる点、意外な点が見られます。リアルなデータで消費の実態を明らかにすることで、今後の経済対策に必要なことも見えて来る。そう考えながらやってきて5年がたちました。

 大学発のベンチャー「株式会社ナウキャスト」を立ち上げたのは2015年2月です。当初は経済学の研究者が立ち上げた小さな会社という視点でしか関心を持たれませんでしたが、その後、独自の物価指数を開発したり、新たなデータ収集の方法を開拓したりしてデータ提供を始めました。いまでは投資家だけでなく、役所や日銀などが調査データを買ってくれるようになっています。以前は政府がつくる統計だけをもとに政策が決められていたのですが、私たちが集めているデータも「非伝統的なデータ」として尊重される時代になったことも私たちの仕事を後押ししてくれています。私は会社の経営にはかかわらず、いまは技術顧問の立場で若いデータサイエンティストたちのサポート役に徹しています。

 私たちが分析対象としている主要なデータは、すでに紹介したクレジットカードの購買記録とスーパーのPOSデータの二つです。

 クレジットカードのほうは、ジェーシービーから提供される「JCB消費NOW」というもので、約1億人の会員の中のアクティブ会員から約100万人のクレジットカード利用情報をランダムに抽出して集計したデータです。

 もう一つのデータは、「日経CPI Now」です。全国のスーパー約1000店舗のPOSデータを集計し、具体的な商品名、個数、価格などがわかります。

 二つのビッグデータは、ナウキャストでリアルタイムの経済情報として加工したうえで、国内外の顧客に提供しています。

 ちなみに、個人消費の動向を示すデータとしては、総務省統計局の「家計調査」が長年使われてきました。ただし、これは調査対象が約9000世帯で(しかも公務員が多いなど偏りがあると言われています)、集計結果が発表されるのは、調査期間の約2カ月後。2月のデータが発表されるのは4月になってからです。精度とスピードにおいて、私たちのリアルタイムデータのほうが優れていると自負しています。


食品の売れ行きベストテン

 スーパーでは、どんな商品が売れたのでしょうか。

 POSデータから個別の品目ジャンルを見ると、3月4日時点で価格が上昇したのは、1位が即席カップめん、2位が穀類(お米)、3位が即席袋めん、以下は日用紙製品(トイレットペーパーなど)、ヨーグルト、納豆の順でした。

 上位の三品は保存が利く食品ですから、万が一の事態に備えて買いだめが起きたと想像できます。

 冷凍食品も非常に売れました。政府が一斉休校の方針を示した2月27日から3月4日までの一週間の個別の食品売れ行きランキングを上位から上げると、①味の素ギョーザ、②ニチレイ本格妙め妙飯、③、④はハウスバーモントカレー(中辛、甘口)、⑤サトウのごはん新潟県産コシヒカリ5食パック、⑥イートアンド大阪王将羽根つき鮫子、⑦味の素ザ★チャーハン、⑧ニチレイ特から、⑨ニッスイ大きな大きな焼きおにぎり、➉味の素ザ★シュウマイなど、冷凍食品やレトルト食品が上位に並びました。

 スーパーのPOSデータからは、物価の上昇率を弾き出すこともできます。

 コロナ騒動が始まる前は、物価上昇率は前年比0.8%あたりを推移していました。アベノミクスの政策がようやく効果が出てきたのか、以前より少し上昇気味だったのです。

 それが2月10日頃からさらに上昇をはじめ、20日を過ぎた頃から急激に高くなりました。そして3月5日頃には、1.4%のピークに達します。日銀が設定した物価目標2%までは届きませんでしたが、安倍政権発足以来最大の上げ幅でした。先ほど"特需"と表現した時期は、商品の価格も上昇していたことが確認できます。

 スーパーは値上げしたのでしょうか。ネットで高額のマスクが売られていたことが批判を浴びましたが、スーパーでそんなことは起きていません。それでは、なぜ物価は上昇したのか。

 よく買い物される方はご存知のように、スーパーでは特売セールが頻繁にあります。例えば、「毎週水曜は、冷凍食品の特売デー」といって2割引、3割引で販売することは、どのスーパーでもやっていることです。新聞の折込みチラシなどを見て、まとめ買いする消費者は少なくありません。

 データに表れた"特需"の期間は、消費者が店に押し寄せていたので特売の必要がなくなり、いつもより特売の回数が減ったのだと考えられます。大安売りをしないことで、結果的に物価上昇率が高まったわけです。消費者があまり気にならない範囲での実質的な"値上げ"が起こっていたといえます。


スペイン風邪でも経済危機が

 即席めんとトイレットペーパー。これも不思議なことですが、大きな災害や社会的な危機が訪れると、日本人が購入するものはいつもこの二つです。カップめんやお米は衣食住の食ですから、万が一の場合を想定することはわかります。

 石油危機でトイレットペーパーが買い占められた時は、原油価格が高騰すれば、紙の生産や価格に影響するという連想があり、それなりに合理的でした。しかし今回の新型コロナについては、デマがあったとはいえ、まずトイレットペーパーの不足を心配するのは不思議です(しかも実際には、供給も完全に間に合っていた)。石油危機のときの悪夢が脳裏によぎったのかなとも思いますが、そんな記憶と無縁なはずの若い世代も買っています。米国でも品薄になったと報道されたので、日本人に限った話ではないのかもしれません。トイレットペーパーの買いだめは大震災のときも起きたのですが、非常時の買いだめの定番がなぜトイレットペーパーなのかは謎です。今後の研究課題かもしれません。

 大規模な経済危機というと、金融危機を連想される方が多いだろうと思います。1929年の大恐慌も2008年のリーマン・ショックも、その本質は金融危機でした。しかし歴史を振り返ると、今回のようなパンデミック(感染爆発)が経済危機をもたらした例もあります。

 そのことがわかる、もっとも良い例は、今から百年前に世界的に流行したスペイン風邪による経済危機です(1918年から20年)。

 スペイン風邪がもたらした経済的な打撃は大変なものでした。例えば、米国のGDPは11.8%も下落。この時は第一次世界大戦も同時進行していたので、そのことは考慮しなければなりませんが(実際の戦闘は欧州中心でした)、リーマン・ショックのときのGDEのマイナスは4~5%ですから、その経済危機の大きさがわかります。

 それでは、新型コロナによって全世界のGDPがどれくらい失われるか予想してみましょう。スペイン風邪では世界の総人口の2%が死亡したと言われています。それに対して今回の死亡者数は、まだ予断を許しませんが、せいぜい0.3%程度(約2300万人)と予想されています。死亡者数の単純比較だけみるならば、経済被害もスペイン風邪の時の10分の1程度で済むはずです。スペイン風邪のとき、米国株価は29.3%の下落でしたから、規模が10分の1で収まるなら、株価の下落も3%程度で済むはずです。しかし米国の株価は、すでに一時35%の下落を記録しました。


サービス需要は蒸発の恐れも

 投資家は何を恐れているのでしょう。それはおそらく人々の「巣ごもり」の長期化です。3月に入って各国が外出禁止令を出したこともあり、消費者の巣ごもり傾向はさらに強まっています。消費者が家から出なくなれば、消費が落ち込むのは当たり前。特に「フェイス・トゥ・フェイス」(対面営業)が欠かせないサービス業にとっては、需要が「蒸発」する恐れすらあると言っても過言ではありません。

 米国市場の株価下落で目立つのは、ボーイング、キャセイパシフィック、カンタス、ヒルトンなどの航空、旅行、宿泊関連銘柄。これらの業種のことを、私は「フェイス・トゥ・フェイス(F2F)産業」と呼んでいます。外食や娯楽ももちろんF2F産業であり、教育も広い意味でF2F産業です。東京大学でも新型コロナ対策として、新入生のオリエンテーションでオンラインに慣れてもらい、新学期からは大学全体で対面授業からオンライン授業へ切り替えることとなりました。F2F産業は、最も大きな影響が懸念される業界です。

 今後、感染拡大が長引けば長引くほど、F2F産業の失業や倒産は増えていくでしょう。日銀がいくらETE(上場投資信託)の大量購入の方針を示しても、FRB(連邦準備制度理事会)が思い切って金利引き下げを行っても、消費者は巣ごもりをやめません。巣ごもりしているのは、自らの命を守るためだからです。

 株式市場が大きく落ち込んでいるのは、コロナウイルスが収束してもF2F産業の失業と倒産はしばらく続くと株式市場が予想しているからです。3月の株式市場の落ち込みはそのことを表しています。

 私が恐れているのは、この先、供給ショックが起こることです。感染者が増え続ければ、当然、工場、流通、販売店は閉鎖されていきます。そうなるとさまざまな製品が市場に十分に出回らず、供給ショックが起こる可能性があるのです。

 3月は中国で一部の工場が再開したものの、欧州や米国では逆に生産停止が始まり、日本でも徐々に停止に追い込まれる例が出ました。食料やトイレットペーパーのような生活必需品に供給ショックが起きれば、本当のパニックが起きかねません。


経済学者として忸怩たる思い

 スペイン風邪は、二年ほどの聞に流行の波が3回ありました。いったん収束しても第二、第三のウェーブがあったことで危機が深刻化しました。新型コロナも第二、第三のウェーブが起こることは十分に考えられます。

 政府は、F2F産業で経営悪化に苦しむ企業への財政支援を行う一方、同産業の労働者に対して雇用と賃金の保障を行う必要があります。しかしこの危機から脱出する根本的な手立ては、新型コロナのワクチンが開発されるか、既存薬から有効な治療薬が発見されるかしかありません。経済学から有効な対策が見つからないのは、経済学者として忸怩たる思いですが、現状では長期的に有効な手段はないと言っていいでしょう。どんな経済的な対策を打っても、人の命を奪う危険が解消されない限りは、巣ごもりは続き、倒産と失業は止まらず、経済危機は続くとみています。

 逆に病気への恐怖さえ解消できれば、一気に世界の雰囲気が変わり、回復の道を進むでしょう。リーマン・ショックのような金融危機と今回の危機は、まったく性質の異なるものなのです。