コラム  国際交流  2020.05.01

「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第133号(2020年5月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない-筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

新型コロナウイルスは米海軍の空母(the USS Theodore Roosevelt)に続き、仏海軍の空母(le Charles de Gaulle)に乗艦中の将兵も襲った-まさに"見えない敵"との戦いが地球上で全面展開している様相を示している(本ページ下部のPDF2ページ目を参照)。

  "見えない敵"に対する戦いは極めて厳しい。IMFやOECDが先月発表した分析によると、経済成長率は本年初の予測から大幅に下がり、また部分的ないし完全な活動停止の政府要請を受け、多くの産業部門は危機的状態に陥っている(PDF4ページ目の図表を参照)。

 今必要なのは①正確な状況認識、②採るべき対策の適確な判断、そして③対策の適時・確実な実施である。リーダーと参謀達がこの状況認識(Situation Awareness (SA))を見誤れば、国や組織に惨劇が訪れる。天才的戦略家クラウゼヴィッツは現在のような危機において、「人は思考よりも感情に支配される(Gefühle den Menschen stärker beherrschen als Gedanken.)」ようになり、「恐怖心が虚言や虚偽の流布を助長する(die Furchtsamkeit der Menschen wird zur neuen Kraft der Lüge und Unwahrheit.)」事態を招くと語った。こうしたなか、彼は「リーダーは内なる良識を頼りに荒波が砕け散る中で聳(そび)え立つ岩の如く振る舞わなくてはならない(Fest im Vertrauen auf sein besseres inneres Wissen muß der Führer dastehen wie der Fels, an dem die Welle sich bricht.)」と述べている。



3月下旬、或るドイツのシンクタンクが連絡してきた-「メディアの役割に対する評価を聞きたい」、と。

 突然、こうした問いが届いたのは「新型コロナウイルスに関する流言蜚語が蔓延したからなのか、それともマスメディアに対してNeo-Naziが圧力をかけてきたからなのか、ナゼ?」と、理由を求めて考えをめぐらした次第である。この問いに対し「マスメディアは、国民が良識に基づき冷静に判断できるように啓蒙・啓発する役割を、また巨大権力の不正行為を摘発・防止する役割を持っている」と回答した次第だ。

 ドイツのジャーナリスト達は厳しい状況にあるらしい。バイエルン・ジャーナリスト協会(Beyerischer Journalisten-Verband (BJV))は、3月19日、極右集団から受けた圧力の記録を発表した。"非ナチ化(Denazification/Entnazifizierung)"に長年努めてきたドイツだが最近の経済的不安、移民の大量流入、そしてCOVID-19により"再ナチ化(Renazification/Renazifizierung)"が忍びよってきているのだろうか。

 敢えて苦言を呈するならば、メディアを通して海外の状況認識(SA)を正確に得る事が難しい点だ。ソ連の崩壊を予言した事で日本でも有名なフランスの学者エマニュエル・トッド氏は「西側メディアは、ロシアの視点を我々に伝えてはくれない(Aucun média occidental n'est capable de nous informer sur le point de vue russe.)」と語った。またソルボンヌやコレージュ・ド・フランスで教鞭を執り、Le Figaro紙等のメディアでも活躍したレイモン・アロン大先生は「たとえ短期であっても将来を展望する事は、新聞の政治分析の役割ではない(l'analyse de la politique n'a pas pour mission, dans un journal quotidien, de prévoir le cours des événements, même à très court terme.)」と述べている。これに関し、ハーバード大学の或る教授が、「マスメディアに対し自分の主張は話すが、本心は語らないよ」と言った事を今も鮮明に覚えている。

 確かに現地の歴史や文化等の教養を充分具えた優れたジャーナリストは世界中にいる。だが反対に現地の言葉に疎く、従って現地の識者の本音も聞き出せないまま、皮相的観察を物知り顔で語るジャーナリストも多い。問題は「編集者が誰を現地に派遣するか」なのだ。これに関し歴史家のマルク・ブロック大先生は、戦前の英The Times紙と仏Le Temps紙を比較して状況認識(SA)の能力格差がNazi Germanyに対する警戒感の差に繋がった事を指摘した-「ほぼ同じ名の新聞であるThe TimesとLe Temps (英語でtime)とを比べてみよ。... 前者の読者は、後者の購読者よりも常に世界情勢に関して遥かに優れた情報を得ている(Comparez ces deux journaux quasi homonymes: The Times et Le Temps. . . . Qui lit le premier en saura toujours, sur le monde, tel qu'il est, infiniment plus que les abonnés du second.)」、と。



新型コロナウイルスの影響でそれ以外の情報がかすんでしまい、状況認識(SA)の把握が難しくなっている。紙面の都合上、これまで触れる事の出来なかったのは小誌3月号に載せたWashington Post紙の記事だ。

それは"'The Intelligence Coup of the Century': For Decades, the CIA Read the Encrypted Communications of Allies and Adversaries"と題し、日本を含む諸国の暗号が長年米国に解読されていたとの長文の記事だ。これを読んで米LIFE誌の記事(世界大戦後の1945年12月17日)を思い出していた--"Marshall-Dewey Letters: General Told Candidate We Had Broken Jap Code"と題し、1944年米大統領選の時に共和党候補トーマス・デューイ氏にジョージ・マーシャル陸軍参謀総長が送付した手紙を解説したものだ。民主党で当時現職のルーズヴェルト大統領に対して、デューイ氏は「日本の暗号を解読していたのにもかかわらず真珠湾奇襲を許した」と非難し選挙戦を有利に進めようとしていた。これに対し暗号解読を日本に悟られる事を危惧した米軍は秘密裡にデューイ氏に書簡を送り、暗号解読を認めると同時にその事が争点になると作戦が困難になる事を説明した。ニューヨーク州知事で高潔な人格者のデューイ氏は実情を知り、この暗号解読の話を選挙戦に絡ませない事に同意したのだ。そして今、筆者は「日本はまだ暗号で苦い経験をしている」と嘆息を漏らしている。


全文を読む

「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第133号(2020年5月)