地球温暖化問題を議論するとき、一般の人々は、モデル計算による温度上昇のシミュレーションを科学計算に基づく予測だと思って受け入れている。だが、じつは、シミュレーションは物理学や化学の基礎方程式をそのまま直接に解いたものではない。モデルには任意性のあるパラメーターが多数設定されており、CO2等の濃度上昇に対して温度上昇がどの程度になるか、結果を見ながらチューニング(=調整)されている。このことはあまり公の場で語られてこなかったが、近年になって、一部の有力な研究者が公表するようになった。シミュレーションは研究の道具としては有用であり、チューニングはその一環を成している。しかし、その「予測」を政策決定に利用するならば、それが温度上昇の結果を見ながらチューニングされている、という事実を念頭に置く必要がある。温度上昇が急速に進むという一部のモデルの結果を強く信じすぎて、経済・社会的に悪影響が大きい極端な温暖化対策を採ることには、慎重になった方が良いのではないか。
1.地球気候モデル(GCM)とは何か 注1)
地球気候モデル (Global Climate Model) は、コンピューターを使って地球気候システムのシミュレーションをするものだ。GCMには大気、海洋、地表、海氷、氷床をモデル化したモジュールがある。大気モジュールは風、温度、湿度、大気圧の推移を計算する。GCMにはまた、海洋の水循環、それが熱をどう運ぶか、海洋が大気と熱や湿気をどうやりとりするかを表す数式もある。地表モジュールは、植生、土壌、雪や氷による被覆が、大気とエネルギーや湿度をどうやりとりするかを記述する。海氷や氷床のモジュールもある。モデルの数式の一部は、ニュートンの運動法則や熱力学第一法則といった物理法則に基づいているが、主要プロセスの中には、物理法則に基づかない近似もある。
コンピューターでこうした方程式を解くため、GCMは大気、海洋、陸地を三次元のグリッ ドに切り刻む 。そしてグリッドのそれぞれのセルごとに方程式が計算される。これがシミュレーション期間の時間ステップについて繰り返される 。グリッドとセルの数が、モデルの解像度を決める。GCMで 一般的な解像度は、水平方向 25-300km、垂直方向は 1km、時間ステップは30 分ごとであるが、これは年々高くなっている。
とは言え、モデルの空間的・時間的解像度は現実の気候系と比べるとかなり粗い。そして、重要なプロセス (たとえば雲の形成や降雨の発生)はモデルの解像度より小さい規模で起こる。こうしたグリッドのサイズ以下の物理的・化学的なプロセスは、「パラメーター化」により表される。これは実際のプロセスを近似しようとする単純な数式で、実測に基づいたり、もっと詳細なプロセスモデルから導かれたりする。こうしたパラメーターは、過去の観測値と気候モデルの出力を近づけるために「チューニング」される。
GCMで使われる数式は、気候系における物理的・化学的プロセスの近似でしかなく、こうした近似の一部はどうしても粗雑になる。この理由は、プロセスが科学的によく分かっていなかったり、観測データが不足していたり、コンピューターの計算能力に限界があったりするためだ。
2.チューニングを公表し始めた研究者たち
モデルのチューニングについて、研究者はあまり公の場で語ってこなかったが、近年になって、この業界の有力な研究機関の研究者たちが、その実態について発表するようになった。
開かれたブラックボックス
Voosen (2016)は、論文誌Scienceの誌上で、「気候科学者、ブラックボックスを開いて検討にかける」という紹介記事を書いているので、紹介する。なお以下で出てくる研究所(マックス・プランク研究所 MPIM, 地球物理流体力学研究所GFDL)は、いずれも気候モデル業界においてもっとも有力な機関として知られる。:
●「チューニング」という慣行が気候モデル業界に存在する。
●モデル研究者はチューニングをできるだけ少数のパラメーターの調節に制限しようと努力するが、思うように減らすことはまず出来ない。
●チューニングは科学でもあるが、職人技(art)でもある。「それは、音の悪い楽器を調整するようなものだ」とMPIMのBjorn Stevensが述べている。
●GFDLのIsaac Heldは、「すべてのモデルがチューニングされている」と述べている。研究者が認めるか否かにかかわらず、ほぼすべてのモデルは20世紀の温暖化を再現するようにチューニングされている。さもなければ、計算結果はゴミ箱行きになった。
Voosenによれば、チューニングについて語ることは長い間タブーだった。それは、本当のことを語ると「人為的温暖化説に懐疑的な人々に付け込まれる」との恐れによるものだった。しかし、Stevensを初めとした一部の研究者たちは、チューニングをどのように行ったのか、その手続きを公開することが適切と考えた。理由は、以下の通りだ。:
●透明性を高めることはモデルの改善に役に立つ。
●環境影響の研究者にとって、モデルの出力結果がプロセスの計算によるものなのかチューニングのせいなのかを知ることは大事である。
●モデルの結果は政策決定に利用されるから、チューニングの実態を明らかにしたほうがよい。
Voosenが紹介している、チューニングの実態についての興味深いエピソードがある。MPIMのThorsten Mauritsenらは、モデルにおける地球から宇宙への熱の放射に関するプロセスを改善したところ、気候感度(=CO2濃度が産業革命前の280ppmから560ppmに倍増した場合の平衡状態における地球平均の温度上昇。気候モデルのCO2濃度に対する感度を特徴づける指標としてよく使用される)がそれまでの3.5℃から7.0℃に倍増してしまった。IPCCでは気候感度の幅は1.5℃と4.5℃の間とされてきたから、これではその範囲を大きく超えてしまう。そこでどうしたかというと、他のパラメーターをチューニングして、気候感度を下げてしまった。マックスプランク研究所は、それまでは、「気候感度の計算結果を見てチューニングをすることはしない」というプライドがあったのだが、方針を変えてしまったということだ。「気候感度が7.0℃だったモデルは本当に良いモデルだったのに」とMauritsenは言う。
たった1つのパラメーターで温度予測が大きく変わる
NOAA(米国海洋大気庁)のZhao et al. (2016)は、雲粒から雨が発生する過程におけるパラメーターを変えることで、気候感度が大きく変わることを見出した。その値を高位から低位まで変えることで、気候感度は3.0℃から1.8℃まで変わるという注2) 。そしてZhaoらは、このパラメーターを特定できるような観測事実が存在しないため、GCMでは、このパラメーターの設定次第で気候感度を自在に操る自由度が存在することを指摘している注3) 。
チューニングの実態調査が公表された
Hourdin et al. (2017) は、チューニングは気候モデルの「根本的な点(fundamental aspect)」であるとして、どのような方法が取られているかをモデル研究者を対象にアンケート調査し、分析した。論文は「気候モデルチューニングの技法と科学(Art and Science)」として公表された。これはMPIM、NOAAを初めとした複数の有力機関の研究者の連名で発表されている。
以下の点が指摘されている:
●パラメーターのチューニングは、気候システムの振る舞いを推定する作業の一部である、という側面がある。
●しかしながら、そこには主観ないし任意性が内在し、またごく一部の専門家の暗黙知(経験と勘)に依存することもある。
●IPCC第5次評価やIPCC1.5度特別報告書で用いられたモデル比較研究「CMIP5」においては、どのようなチューニングが行われたか、公表されなかった。これは「透明性の欠如」である。
●チューニングについて公表されなかった理由は、「科学的ではない」「温暖化予測に疑問がある」といった批判を起こしたくない、という意図の表れだったかもしれない。
●パラメーターの多くは、観測によって範囲を制約することが難しい。チューニングの過程ではそのような不確かなパラメーターを変えることで、モデルの主な出力を観測に合わせることが普通に行われている。
●そのようにして最も頻繁にチューニングされるパラメーターは、雲と雨の挙動に関するものである。だがそれ以外にも、雪や氷の反射、海水の混合、植生や土壌など、チューニングの対象は幅広い。
●20世紀の地球平均温度の上昇や気候感度についても、チューニングの対象にしている研究が多い。あからさまなチューニングの対象にしていない、という研究についても、暗黙裡にはチューニングの対象にしていることがある。
●地表の気温(℃)は放射強制力(W/m2)によって上がるが、放射強制力は、A)「CO2等の温室効果ガスによる温暖化の効果」から、B)「エアロゾルによる冷却化の効果」を差し引いて決まる。A)とB)の何れも不確実性が大きく、チューニングの対象となっている。A)に不確実性が大きいのは雲と雨の過程を含むためである。
●モデル間の比較研究では、A)とB)の間に相関関係が見出されている。つまりCO2等による温暖化が大きいモデルでは、エアロゾルによる冷却化も大きくなっていて、差し引きの放射強制力はモデル間で大きな違いが無くなっている。これは、20世紀の温度上昇や気候感度が一定範囲に収まるようにA)とB)の相対的な大きさがチューニングされていることを示唆する。
●モデルによる予測は、「過去の観測と物理・化学の法則に基づいて出来たモデルを走らせた(=時間積分した)結果として、将来の温度上昇や気候感度が計算される」というようにはなっていない。実際には、モデルは、予測された温度上昇や気候感度の出力結果を見ながら意図的にチューニングされている。
●モデルの気候感度ないしは温度上昇をチューニングする際には3つの不確実性がある。第1は観測された温度の不確実性、第2は放射強制力の不確実性、第3は自然変動による温度上昇である。いずれも、それに合わせてチューニングすると、いわゆる「オーバーチューニング」(過学習)になる。このとき、気候感度ないし温室効果ガスによる温度上昇は、過大評価されたり、過少評価されたりする。
●チューニングをどのように行っているか、モデル研究者は体系的に公表すべきである。
20世紀におきた温度上昇について補足する。IPCCの第5次報告では、ある期間に観測された温度上昇と、それにチューニングされたモデルが示すCO2等の温室効果に依る温度上昇が一致したことを示している注4) 。しかしこれだけでは、観測された温度上昇がすべて温室効果ガスによるものだという証拠には、論理的に言って、ならない。というのは、モデルは、温度上昇が温室効果ガスによるものだとチューニングによって教え込まれている可能性があるからだ。実際には、20世紀に起きた温度上昇の一部は、温室効果ガス以外の自然変動(エルニーニョのような海洋や大気の自律的振動や、太陽活動の変化)あるいはエアロゾルによる冷却化の減少によるものだったのかもしれない。そうすると、温室効果ガスによる温暖化の効果は過大評価されていたことになる(論理的には、この正反対もありうる)。
3.チューニングの事実を踏まえた政策判断
このようにしてチューニングされた結果をどう解釈するかは難しいところである。チューニングは、科学的理解や観測データの欠如も多いとはいえ、膨大な観測データに整合するようにモデルが構築された結果だと解釈すれば、その予測についても、現状で入手できるデータに基づいた、最善を尽くした予測だ、と論じることも出来よう。
しかしその一方で、最も重要な指標である気候感度(これは21世紀の温度上昇に大きく影響する)もチューニングの対象になっていて、しかもその数値がチューニングに大きく依存して決定されることには注意が必要だ。更にチューニングには、雲と雨の過程を初めとして、かなりの任意性があって、観測事実で範囲を制約することもできない。
温暖化問題に関する政策決定は、以上の事実を念頭に置くべきである。筆者は、経済・社会を大きく損なわない範囲での一定の温室効果ガス排出削減や、それを可能にする技術開発には賛成だ。しかし、温度上昇が急速に進むというモデルの結果を強く信じすぎて、経済・社会的に悪影響が大きい極端な温暖化対策を採ることには、慎重になった方が良いと思う。
注1)ここの説明は以下に依っている:http://ieei.or.jp/wp-content/uploads/2019/07/Climate-Models-Japanese.pdf
注2)現論文では、いわゆる気候感度とはやや定義が違うCess Climate Sensitivityが0.82から0.48(KW-1m2)まで変わるとしている(Table 1)が、分かり易くするために、本稿ではいわゆる気候感度への換算に通常用いられるΔF=3.7W/m2を掛けて、3.0℃から1.8℃とした。
注3)原文:Given the current level of uncertainty in representing convective precipitation microphysics, this study suggests that one can engineer climate sensitivity in a GCM by the approach used for parameterizing convective precipitation ... so far, we have not found a clear constraint that we feel would make one model choice more plausible than another.
注4)https://www.env.go.jp/earth/ipcc/5th/pdf/ar5_wg1_overview_presentation.pdf スライド32
・Hourdin, F., Mauritsen, T., Gettelman, A., Golaz, J. C., Balaji, V., Duan, Q., ... Williamson, D. (2017). The art and science of climate model tuning. Bulletin of the American Meteorological Society, 98(3), 589-602. https://doi.org/10.1175/BAMS-D-15-00135.1
・Voosen, P. (2016). Climate scientists open up their black boxes to scrutiny. Science, 354(6311), 401-402. https://doi.org/10.1126/science.354.6311.401
・Zhao, M., Golaz, J. C., Held, I. M., Ramaswamy, V., Lin, S. J., Ming, Y., ... Guo, H. (2016). Uncertainty in model climate sensitivity traced to representations of cumulus precipitation microphysics. Journal of Climate, 29(2), 543-560. https://doi.org/10.1175/JCLI-D-15-0191.1