コラム  エネルギー・環境  2020.04.16

コロナウイルスと地球温暖化

 フィンランドの独立研究機関であるCentre for Research on Energy and Clean Airは、中国が新型コロナウイルスの感染拡大防止に打ち出した対策の影響で、2月3日からの4週間でCO2排出量が対前年同期比で25%減少したとの推定結果を発表した。以来、コロナウイルス対策と地球温暖化の関係に関する議論はいくつかあった。一部の専門家は、2008年の金融危機の時の中国の実例を引き合いに出して、今回のような生産活動の停止によるCO2排出量の低下が一過性のものにすぎず、経済が回復すれば元通りになると主張する。一方、ウイルス対策の一環として実施されたテレワークが定着すれば、今後もCO2排出の減少につながる可能性があると指摘する専門家もいる。さらに、一部の環境活動家は、世界規模の脅威であるコロナウイルスに対して、世界各国が思い切った対策をとっていることから、同じ世界規模の脅威である地球温暖化に対しても、同じようなことがありうるとの希望を抱き始めた。それに対して、その可能性が極めて低いと分析する意見もあった。

 本コラムは、これらの議論と少し異なる視点より、下記四つの項目から、これまでの新型コロナウイルス対策の経験と教訓が、同じく経済社会に大きな脅威を与えている地球温暖化問題に対する方策への示唆を探ってみることにする。


科学的根拠

 地球温暖化対策が検討される際、科学的不確実性が極めて大きいため、対策の策定が非常に難しいとよく聞く。確かに一定の温室効果ガス排出量が引き起こす気温上昇の幅、また一定の気温上昇が経済社会に与える影響の度合いなどについて、多くの不確実性が存在する。しかし、自然プロセス(ウイルスがヒトの間の感染拡大は生物学的な自然プロセスと見なせば)は人間の認知レベルを待ってくれない。確かなる科学的根拠を待ってからの行動ではリスクが高いことを今回のコロナショックが教えてくれた。震源地である武漢では、昨年12月末に複数の患者の状況を診て、医者の間にSARSウイルスと似ているという認識ができていたが、人から人への感染を証明する確かなる根拠が得られたのが3週間後であった。その後、人類防疫史上最も厳しい封鎖措置が取られたが、武漢、中国、さらに世界において、甚大な被害が発生した。中国の疫学第一人者である鐘南山の研究グループが2月28日に「Journal of Thoracic Disease」に発表した論文では、武漢封鎖を5日間早めれば、感染者数が三分の一に抑えられたと発表した。


早期対策

 地球温暖化抑制には、対策となる技術が経済的に利用可能になる前では、コストが高いとしばしば聞こえてくる。事実であるが、ベネフィットの議論は抜けている。早期対策の効果は、これまでのコロナウイルスの感染拡大状況が示している。シンガポール、韓国、さらに中国香港は、1月末の時点で、厳しい水際対策をとると同時に、WHOの提唱に従って、積極的に検査と隔離装置を実施してきた。結果、最初の感染拡大地域である中国大陸に近く、人的流れが多いものの、4月2日現在までの感染状況はUnder Controlになっている。また、アメリカのカリフォルニア州とニューヨーク州において、3月半ばに感染拡大の兆しがほぼ同時に出た。しかし、ニューヨーク州の3月22日に対して、カリフォルニア州は一歩早く、サンフランシスコ市に3月17日、州全域は3月19日に外出禁止令を出した。その結果、4月2日現在カリフォルニア州の死者数と感染者数は、ニューヨーク州の10分の1以下に抑えられている。


適応能力

 地球温暖化対策を論じるには、人類は歴史上、現在起きている温暖化以上の気温変化を乗り越えてきており、温暖化適応能力の高い地域においてすら、経済を犠牲して厳しい温暖化対策をとるには割に合わないとの議論は時々ある。こちらも事実であり、正論である。しかし、いくら高い適応能力といっても、限界がある。今回のコロナウイルスの感染拡大は、適応能力の限界を超えた場合の危険性を警告した。イギリスは、感染拡大初期の3月13日に、教科書に載っているような自然免疫力獲得プロセスを利用する集団免疫戦略を宣言した。人類の生物的適応能力をベースとした戦略である。しかし、その後の感染拡大状況やイタリアの事例をベースとしたシナリオ解析は、最大限に楽観的なケースでも、現状の医療システムが対応能力を8倍に増強できなければ崩壊してしまい、社会に大きな被害が発生することを指摘した。つまり、生物的適応能力が許容できても、社会システムの許容範囲を超える恐れがある。そのため、イギリス政府は、首都ロンドンのロックダウンなどの社会隔離策に転換した。


自主行動

 地球温暖化対策の国際的枠組は、京都議定書のように削減義務を配分するトップダウン方式から、パリ協定のように自主行動をベースとするボトムアップ方式に変わった。以来、グローバル・ストックテークという各国が自主行動の強化を促すスキームが設計されているものの、長期目標の達成を心配する議論はしばしばあった。今回のコロナウイルス対応において、この仕組みの有効性が日本で実証された。ウイルス感染被害のリスクと感染状況に関する情報を十分に開示したうえで、日本は感染拡大を防ぐために諸外国のような強制的なロックダウン対策をとっておらず、社会的距離をとるための不要不急の外出を避けるよう国民への呼びかけに留まっている。即ち、感染拡大防止を国民の自主行動に委ねることになった。その結果、4月2日現在まで、欧米のような爆発的感染は発生しておらず、政府の発表を引用すると、ギリギリ持ちこたえている状況にある。


 もちろん、感染症の大流行と地球温暖化は、同じ地球規模の脅威とは言え、発生・発展のメカニズムや時間スケールなどが大きく異なり、生じる被害にも大きな違いがある。そのため、一概に議論することはできない。しかし、人類の経済社会への脅威、あるいはリスクを防ぐために、上述した科学の不確実性を踏まえて、最悪を想定した最善の努力をする意思決定、コストにこだわらない早期対策、適応能力に依存しない緩和策の重要性、また、対策をとる場合、社会合意形成をベースとした自主行動の有効性は、今回のコロナウイルス対策からの示唆になるであろう。