コラム  エネルギー・環境  2020.04.07

南シナ海で誕生した世界記録の意味合い

 コロナショックが世界中のマスメディアを占拠している最中、2020年3月、中国の海洋資源開発に関する大きなニュースがあった。新華社や人民日報などの政府系メディアは、南シナ海北部において第2回メタンハイドレート洋上産出試験を行い、水深1,225mの海域において、海底下237~304mの地層からメタンハイドレートの産出に成功したと報じた。これにより2月17日から3月18日までの30日間の連続生産が実現し、86.14万㎥のガス総生産量と2.87万㎥の一日平均生産量の二つの世界記録を打ち立てたと発表した。また、中国自然資源部は、今回の産出試験の成功がメタンハイドレートの商業生産に着実に近づいたと宣言した。報道記事では詳細は触れられていないが、この産出試験を通じて、32に及ぶコアー技術の確立と12の重要装備の開発に成功し、中国の深海域開発の能力向上につながったことが強調された。

 周知のとおり、海域におけるメタンハイドレートの開発に関しては、かつて日本が世界をリードしていた時期があった。2001年7月編成された「我が国におけるメタンハイドレート開発計画」の下で、2013年3月に世界初の洋上産出試験が実施され、6日間の連続産出に成功した。その後、4年後の2017年5月に日本がより長期連続産出を目指した2回目の産出試験を行ったほぼ同時期に、今度は中国が初めて洋上産出試験を実施した。日本は延べ36日間に26万㎥のガス生産を実現し、一方の中国は延べ60日間に30万㎥のガス生産を実現した。中国が長期連続産出に成功したことは、メタンハイドレート開発競争において中国が日本と肩を並べたと言えよう。その後、日本は資源開発の経済性を満たすために必要な生産量を確保するために、2023-2027年度に予定している次回産出試験に向けて、生産システムの改良や陸上産出試験といった生産技術の開発や、より詳細な資源調査や環境影響評価などに取り組んできた。一方で中国はこの間に、メタンハイドレートを新たな鉱種と認定し、国家重点実験室の設立などを行うことで研究開発のペースを上げて、一日あたりの生産量を前回の6倍弱にすることに成功した。要素技術やシステムエンジニアリングの水準比較には詳細な分析が必要になるが、少なくとも実績上、いまや中国は日本を一歩リードする状況になった。

 この飛躍的な技術進歩を実現した中国のメタンハイドレート開発の取り組みは、基本的に日本と同じく政府主導と公的資金投入による国家プロジェクトの推進がその中心である。では、なぜ日中両国の研究開発のスピード感は違うのだろうか。研究開発体制とプロジェクト管理の違いなどいろいろある中で、政府の姿勢、つまり研究開発方針の違いが一番の原因であろう。前述の「我が国におけるメタンハイドレート開発計画」における開発目的は、「将来のエネルギー資源として位置づけ、その利用に向けて、経済的に掘削・生産・回収するための技術開発を推進し、エネルギーの長期安全供給確保に資すること」とされたが、実施成果のまとめでは、「開発システムの経済性・エネルギー収支評価が行われたが、生産予測の不確実性が極めて大きい現状では商業開発の実現を具体的に論じることは難しい」と結論付けられたため、2019年に策定された新たな「海洋エネルギー・鉱物資源開発計画」では、メタンハイドレートについては、「将来の商業生産を可能とするための技術開発を進める」という表現にとどまった。一方、中国は2017年の初の試掘成功以来、エネルギーセキュリティ向上やグリーン成長、海洋強国戦略といった国家目標の一環として、2020年前後に商業試掘を目指すという研究開発方針を定めた。アメリカ発のシェール革命による天然ガスの価格低下もあり、海域のメタンハイドレート開発の採算性は中国も日本と同様に厳しさが増しているが、目先の経済性のみによる判断ではなく、中国はより長期的・総合的な戦略に基づいてイノベーションを推進していると言えよう。冒頭で紹介した記事でも強調されているように、メタンハイドレート開発で確立された技術は、中国の深海資源開発能力を大幅に向上させた。現在一帯一路戦略を推進している中にあって、中国政府は高速鉄道と原子力プラントという二枚看板を持っているとよく言われているが、近いうちに海洋資源開発という第三の看板が掲げられる可能性が大いにあるのではないだろうか。

 この海域メタンハイドレート開発は一例に過ぎないが、海洋再生可能エネルギーの利用や次世代原子力技術開発などの資源・エネルギー分野におけるイノベーションは、国内情勢のみならず、アジア太平洋地域における途上国の将来需要から見ても、技術立国を目指す日本の存立基盤に関わっている。したがって、これらのイノベーションの推進策は、単独の事業性や目先の経済性のみではなく、長期的な国家ビジョンに基づいて、エネルギー戦略、産業戦略、さらに外交戦略などと合わせて検討すべきではないだろうか。