コラム  エネルギー・環境  2020.04.06

地球温暖化問題の探究 ーリスクを見極め、イノベーションで解決するー

 

地球温暖化問題とは何か。どのように解決したら良いか。筆者は四半世紀研究し(この分野ではかなり長い部類に入る)、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)にも15年間に亘り執筆者として関わる経験を積んだ。そしてここ数年は、地球温暖化問題の「全体」を「自分の頭で」考えることに注力してきた。こう言うと、何を当たり前のことを、と思われるかもしれない。だが、現実としては、地球温暖化問題の専門家といっても、その一部しか知らず、後は他人の見解をそのまま受け売りしているレベルの人が殆どである。筆者は、その壁を敢えて超えようとしてきた。この小論はその結論を纏めたものだ。注1

注1 本稿は、おもに拙著:「地球温暖化問題の探究――リスクを見極め、イノベーションで解決する」の知見に基き、総論として書き下ろしたものである。詳しい議論やデータについては同書および筆者ホームページhttps://www.canon-igs.org/fellows/taishi_sugiyama.htmlを参照願いたい。



1. 地球温暖化は危険なのか?
 

欧州や日本ではいま、「2050年までにCO2ゼロエミッションを目指すべきである」、という意見が流行りである。しかし、本当にここまで極端な温暖化対策が必要なのだろうか。地球温暖化には「脅威論」と、それに対する「懐疑論」がある。何を以てこの両者の分かれ目とするかは任意だけれども、本稿では、「2050年までにゼロエミッションを目指すべき」という意見を「脅威論」、そこまで極端な対策はかえって有害だとする意見を「懐疑論」と呼ぼう。この分け方をすると、筆者は、「懐疑論」である。以下に理由を述べてゆこう。

 

なお念のため補足すると、懐疑論といっても、地球温暖化を全否定するようなものではない。地球温暖化が起きており、化石燃料の燃焼によるCO2等の温室効果ガス排出(以下、単に排出)がその原因の1つであることは確かである。

 

しかし、「どの程度の」地球温暖化が起きるかということは、実はよく分かっていない。地球温暖化の温度上昇の予測には計算機によるシミュレーションが用いられてきた。だがこれは、過去の自然変動を未だ十分に再現出来ていない。そして、かつては、急激な温暖化が起きるという予測があったが、実際に起きた温暖化はそれよりも緩やかだった。最先端の科学であるからといって、予測能力が高いとは限らない。シミュレーションが将来を予測出来るためには、モデルの妥当性の検証が必要であるが、地球温暖化の予測の多くはそのような工程を経てはいない。破局的な事象の可能性もあれこれ指摘されるけれども、どの程度確かな情報かと言えば、IPCCの報告を見ても、よく分からない、とされているものが殆どだ。

 

それでも、ある程度は地球温暖化が起きるだろう。ではそれは、どの程度危険なのか。

 

これを議論するためには、まず、これまでの観測・統計がどうなっているかということが重要だ。そうすると、此れ迄の所、地球温暖化の影響はそれほど甚大なものでは無いことが分かる。何かあるたびに、メディアではそれを地球温暖化のせいにする意見が散見される。しかしこれには誤りや誇張が多い。例えば、台風の被害は、しばしば地球温暖化と結びつけられる。しかし統計を見ると、強い台風が頻発するようにはなっていない。過去に日本に上陸した強い台風のランキングでは、昭和の3大台風など、1970年代以前のものがずらりと並ぶ。あるいは、北極の氷が融けて、とシロクマが絶滅すると言われてきた。しかし実際には、シロクマの数は増えている。人間がシロクマを殺さず保護するようになったためだ。

 

おどろおどろしい被害が増えるという話は、温度上昇の予測のシミュレーションの上に、更に被害についてのシミュレーションを継ぎ足して構成されている。しかしこの被害についてもシミュレーションも、やはり、妥当性の検証が済んだものではなく、過去を再現することも出来ず、したがって予言能力は乏しい。被害に関するシミュレーションの抱える本質的な問題点として、シミュレーションでは、所詮、人間や自然という、極めて複雑な対象の、ごく一部を切り取って単純化して扱うことしか出来ない、ということがあった。

 

シミュレーションは将来についての洞察を得るための道具としては有用である。しかしその結果を予測だと思ってはいけない。いつ何処でどのような気候の変化があり、その時にどのような技術を用いて、人々がどのように適応するかといった、複雑な事象をシミュレーションで予測することは不可能に近い。

 

この複雑さ故に、温暖化の研究は、観測・統計にこそ重きを置くべきである、というのが筆者の理解である。そもそも気候とは何か、生態系とは何か。筆者は、世界のあらゆる現場に身を置き、また歴史に学ぶことで、この問いを詳しく探究した。

 

分かったことは、気候も生態系も、絶えず変わるものだ、ということだ。そして、地球温暖化が起きるといっても、それは、過去に自然に起きた気候の変動と比べて特段に大きいものにはなりそうになく、その程度の変動に晒されることは、実は、生態系にとっては、ごくありふれたことに過ぎない。約1万年前まで続いた氷期には、気候は激変を続けていて、福井県の付近は何度もシベリア並みの寒い気候になった。生態系とは、そのような洗礼を浴びつつ繁栄してきた、実にしたたかなものだ。

 

勿論、地球温暖化は生態系に、ある程度は影響を及ぼす。また生態系の管理は温暖化の有無に関わらず人間にとって重要である。だが、これまで観測されてきた100年で0.7℃といった緩やかな地球温暖化は、生態系にとっては異常事態という程のことでは無かった。

 

一方で、人間は、自然を大規模かつ急激に作り変えてきた。人間は、4万年程前から世界に拡散し、大型動物の9割を絶滅させ、森林を焼き払って草原を作り、農業で地上の景観を根本から変え、コンクリートで都市を覆った。そして、北極圏、高山、砂漠など、あらゆる場所に進出し、厳しい気候に適応して繁栄してきた。

 

この人間活動のスケールに比べれば、地球温暖化による環境の変化は、小さなものだ。だから、人間は充分に適応できる。東京は、過去100年に3度温度が上昇した(地球温暖化が1度で、都市熱が2度)。だが近郊農業は盛んだし、都心には高層マンションが立ち並び、繁栄を続けている。100年で3℃程度のペースであれば、それと気付くことすらなく、人間は単に馴れてしまった。(蛇足ながら、どのようにして適応してきたのか、勿論、計算機でシミュレーション出来た人はいない)。

 

そして、仮に地球温暖化による変化があったにせよ、それとはお構いなしに、人類は偉大な進歩を遂げてきた。世界でも日本でも、過去100年で、食料の生産性は上がり、貧困人口も、飢餓人口も、自然災害による死者も激減した。これは、経済が成長し、技術が進歩したからである。今後も、この偉大な傾向が継続するだろう。



2. 極端な排出削減こそ危険
   

むしろいま危険なのは、極端な排出削減を目指すことである。いま多くの自治体が、排出量を2050年までにゼロにするという目標を立てている。もしもこれを今から直線的に目指す―例えば、中間年に排出量目標を立てて、部門別に割当てる―となると、企業にとっては確実にバッド・シグナルとなる。企業は、海外に工場を建て、日本の工場は閉鎖していくだろう。

 

工場が無ければ、技術も科学も進歩しない。日本は温暖化対策のための技術どころか、何の技術も生み出さない国になる。日本は貧しい国になり、医療、衛生、教育、福祉等の、多くの社会的課題を達成出来なくなる。

 

のみならず、国力が下がれば、自由・民主といった基本的人権の擁護も、あるいは領土の保全、地域の平和、日本国の独立すら危ういかもしれない。これは地球温暖化によって想定されうる如何なる悪影響よりも、遙かに悪い事態である。

 

そんな馬鹿なことが、と思うかもしれない。だが弱国が強国の影響下に置かれ、人権が抑圧されたことは、歴史上何度もあり、現代世界でも珍しくない。これは「確率は低いかもしれないが、極めて重大なリスク」、即ち「ブラック・スワン(黒い白鳥)」であり、絶対に避けねばならないと思う。

 

「地球温暖化の環境影響は危険であり、2050年にはゼロ排出という目標を達成しなければならない」という考えは、善意から始まっているのは間違いないだろう。そして、多くの研究者、行政官、政治家等が動員され、EUや日本の諸自治体の宣言等が制定されて、巨大な資金が投入されている。だが、残念ながら、誤りだ。2050年にゼロ排出という目標こそ危険である。地球温暖化の環境影響のリスクはそれに比べれば小さいと思われる。



3. 排出の削減はどう進めたらよいのか?
 

地球温暖化の環境影響のリスクについては既に述べた通りで、観測・統計はこれまでの所それほど重大な影響を示しておらず、シミュレーションによる予測には多くの問題点があることを述べた。だがその一方で、科学的不確実性が大きいこともあるので、安全サイドを取って、排出は一定程度減らした方が良い。これはどのように進めれば良いのか?

 

これを知るために、まず、人類が公害問題をどう解決したかを考えよう。1970年前後には、自動車の排気ガスによる大気汚染や、工場による汚染水が重大な公害問題を引き起こした。この解決に最も重要だったのは技術であった。すなわち自動車の排気ガスには三元触媒が開発され、工場の汚染水にも処理技術が利用された。何れも、これらの対策技術が受容可能な(=アフォーダブルな)コストで利用できることが決定的に重要だった。当時はくたばれGDPといった標語が叫ばれるなど、経済成長自体を否定する意見もあった。しかし、現実に起きたことは、経済成長を謳歌しつつ、アフォーダブルな技術によって公害対策をすることであった。

 

地球温暖化も同じ事で、排出削減に必要なコストさえ下がれば、問題は解決されるだろう。現在、排出削減が困難なのは、対策技術のコストが高いからである。このコストが下がれば、諸国はその実装に困難を感じなくなり、排出削減は進む。人々が急に聖人君子になり、政治やライフスタイルが変わるという甘い期待に賭ける気にはなれないし、その必要も無い。

 

コスト低減によって排出削減が進んだ例は既に多くある。シェールガス革命によって米国では石炭火力発電よりもガス火力発電が安価になって大幅にCO2が減った。LED照明は照明用の電力需要を大幅に引き下げた。フラットディスプレイもブラウン管に比べて大幅な省エネをもたらした。

 

今後も、技術進歩によって、更に排出削減が進むだろう。それでは、そのような技術進歩は、どのような戦略・政策によってもたらすことが出来るだろうか?

 

この問いに答えるためには、まず、そもそも技術とは何か、それが進歩するとはどういうことか、これをよく知らねばならない。筆者は、様々な事例を調べ、また、最新の理論―技術進歩の複雑系理論―に基づいて考察した。

 

技術進歩とは、生物の進化に似ている。つまり新しい技術は、先行する技術の組合せによって、段階を踏んで、累積的に進化する。この結果、加速度的に技術が進歩する。

 

例えば、革新的な人工知能(AI)であるディープラーニングは、ゲーム機用に発達した画像処理装置(GPU)、ウェブ上に蓄積された画像のビッグデータ、及びパーセプトロンという先行AI技術の、3つの組合せから誕生した。そしていま、ディープラーニングを活用して、新たな画像認識技術やロボット制御技術等が累積的に、続々と生まれている。

 

そしていま世界を見渡せば、AI、IOT、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー等の汎用目的技術:General Purpose Technology(GPT)が、あらゆる場所で、加速度的に進歩しつつある。

 

この変化は速く、10年後ともなると、最早どうなっているか今からは想像がつかない。地球温暖化問題が数十年といった長いタイムスパンで語られるのとは訳が違う。このタイムスパンの違いに、地球温暖化問題解決のチャンスが内在する。

 

GPTを中心とした技術進歩は、今後も加速度的に進む。これは、CO2削減のためのコストも、大幅に低下させるであろう。

 

既に、電気自動車(EV)用のバッテリーや太陽電池(PV)のコストは大幅に下がってきた。この最大の理由は、ノートパソコン、スマートフォン等の最終製品をマーケットとして、半導体・フラットディスプレイ・携帯用バッテリー等の製造技術が長足の進歩を遂げ、その恩恵(スピルオーバー)を受けたことにある。

 

今後も、GPTの進歩により、様々な要素技術が高性能かつ安価になって、その蓄積が充分になり臨界に達したとき、即ち複雑系理論で言う新技術の「隣接可能性」が満たされる時、革新的な温暖化対策技術が低いコストで―のみならず、むしろ経済的に魅力あるものとして―実現可能になってくる。

 

候補を挙げてみよう:AIを活用したデータセンターやオフィスの省エネ、3Dプリンタによる軽量・高性能部品による航空機の省エネ、自動運転・カーシェアリングと組み合わせたEVによる大幅なCO2削減、AIを活用しエネルギーと肥料投入を最適化した精密農業、網膜走査レーザーによるバーチャルリアリティ(VR)によるディスプレイの代替、等々である。



4. 二重の「迂回戦略」
 

既に述べたように、排出を大幅に減らそうと思ったら、相当に革新的な技術が必要であるが、実は、そのチャンスは大いにある。ではその実現のためには、日本は、どのような戦略・政策を採ればよいか。

 

筆者は、「二重の迂回戦略」を提案している。(図)

 

第1の迂回戦略は、日本政府、経団連の2050年に向けた方針とほぼ同じである。つまり、排出量の削減を直接目指すのではなく、温暖化対策技術のイノベーションを推進する。というものである。極端な排出削減目標を直線的に目指すと、前述の「ブラック・スワン」に遭遇する危険がある。ブラック・スワンを回避し、かつ、広く国民の支持を得て安定した政策とする為には、温暖化対策技術のイノベーションによって、問題を解決するための「手段」を提供することが適切である。

 

第2の迂回戦略は、いかにして温暖化対策技術のイノベーションを進めるか、というものである。このやり方が肝心で、舵取りを誤ってはいけない。筆者の処方は、温暖化対策技術のイノベーションの為に、GPTを核とする科学技術全般のイノベーションを推進する。というものである。

 

近年のICTのイノベーションの諸事例を観察すると、温暖化対策技術のイノベーションにとって重要なのは、対象を特定した政府の技術開発政策よりも、むしろ、科学技術全般の進歩であることが解る。

 

革新的な温暖化対策技術は、科学技術全般が進歩すれば生まれるし、そうでなければ生まれようがない。例えばいま、人工知能の活用によるCO2の削減が進んでいる。だがこの為には、勿論、まず優れた人工知能の実現が必要であった。

 

この第2の迂回戦略が適切な理由は、地球温暖化問題は長期に亘るものであり、その解決は今後生まれてくる未だ存在しない技術に依存する一方で、GPTの急激な進歩がそれを可能にしつつある、という問題の性質に依る。



5. 政府の役割
 

それでは、この「二重の迂回戦略」において、政府の果たすべき役割は何であろうか。一口に言えば、GPTを核とした科学技術全般のイノベーションを、経済成長との好循環に於いて実現することである。その上で、科学技術全般のイノベーションの成果を刈り取る形で、温暖化対策技術のイノベーションを促せば良い。

 

この実現の為に政府が成すべきことは多いが、特に、温暖化対策に関連する範囲では、何が重要か。4点に絞って指摘する。

 

第1に、温暖化対策の名に於いて、経済とイノベーションの好循環を妨げないことである。勿論、政府がしなければならないことは幾つもある。だが実は、政府は「余計なことをしない」というのも、大事な点である。政府が温暖化問題を解決すると言えば、英雄的に聞こえる。しかし実際には、「政府の失敗」も多い。例えば再エネ全量買取制度(FIT)によるPVの導入は電力価格を高騰させた。これは日本産業の体力を奪い、イノベーションの妨げとなった。

 

なおイノベーションを推進するために過度な政府の介入を控える、という方法は、経済政策としては、何ら新しいものではない。自由経済のイノベーション能力に信頼を置き、政府は裏方に徹するというのは、計画経済との闘争を通じて人類が学んだ、賢明な官民の役割分担である。筆者の意見に新鮮味があるとすれば、これが地球温暖化問題の解決策としても正解であろう、と論じる点にある。

 

第2の政府の役割であるが、技術開発の補助等による推進も、勿論、一定の役割を果たす。これには、当然、温暖化対策技術の推進も含まれるが、温暖化対策技術だけではなく、より広範な技術開発をするべきであり、それが結局は革新的な温暖化対策につながることも多いだろう。いずれの場合も、補助の対象は基礎研究から実証段階までに絞るべきであり、普及段階に及んではいけない。また経済に悪影響をもたらさぬ様、適正規模で実施する必要がある。

 

第3に、急速に進む科学技術全般のイノベーションに対して、その可能性を最大限に活かす様、そして新しい技術の導入を妨げることが無い様、タイミング良く制度を改革する、という裏方仕事こそが、政府にしかできない、政府がやるべき重要な仕事である。これには、例えば、自動運転車・リモート教育・リモート診療の導入を可能にする規制体系の整備等、枚挙に暇がない。これらのイノベーションは、ふつうは経済的便益を主目的とするものであり、直接にはCO2の削減を目的とするものではないが、やがて大幅な削減を可能にする、という視座を持って進めると良い。

 

第4に、イノベーションの成果を刈り取る形で、安価になった温暖化対策技術の普及を図ることである。安くて良い技術さえ手にすれば、政策手段は奇をてらう必要は無い。官僚制度が肥大化したり問題が政治化して費用が膨大になるといった弊害を小さくするためには、排出量取引等の大袈裟な制度を新たに導入するのではなく、企業の自主的取組、技術実証の補助、省エネに関する技術基準の設定といった、昔ながらの政策手段の方が良い。






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第1の迂回戦略

A)地球温暖化問題の解決を、現時点から直線的に目指すと、経済や安全保障への甚大な悪影響といった「ブラック・スワン」に遭遇し、失敗する懸念がある。

B)それに代わる「迂回戦略」として、温暖化対策技術のイノベーションによってアフォーダブルな技術を開発し、それが世界に普及することにより温暖化問題の解決を目指すべきである。


第2の迂回戦略

C)温暖化対策技術のイノベーションを進めるにあたって、現時点から再エネの大量導入のように高コストな技術の政策的導入を進めると、費用対効果が著しく悪くなり、結局は政策が継続できず失敗に終わるといった「政府の失敗」が生じる。

D)これに代えた「迂回戦略」として、汎用目的技術をコアとした科学技術全般のイノベーションを活力ある経済との好循環の下で進め、その成果を刈り取る形で温暖化対策技術のイノベーションを進めることが適切である。