コラム  国際交流  2020.04.03

「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第132号(2020年4月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない-筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

COVID-19騒動で世界各地に外出禁止令までが宣言された事態に驚いている。そして今、筆者はbiosecurityの重要性とbiological disastersの危険性を恥ずかしながら初めて実感している。

 1900年に米国を恐怖に陥れたbio-disasterに関する研究書を米国の知人から教えてもらい、疫病が与える政治経済的影響、更には社会文化的影響について、昔と今の類似点を考えている(Guenter Risse, Plague, Fear, and Politics in San Francisco's Chinatown, Johns Hopkins University Press, 2012)。そして同書を読みつつbiosecurityに関する"歴史の教訓"を銘記する事の大切さを感じている。

 欧州諸国の中でイタリアは中国が提唱する"一帯一路(la Nuova Via della Seta)"を熱心にサポートしてきた国だ。そのイタリアが今、COVID-19で中国よりも厳しい状況に陥っている。習近平主席は先月16日夜、コンテ伊国首相と電話会談を行い、両国で"健康的な一帯一路(健康丝绸之路)"を創り出す事を呼びかけた。だが今はその実現は未だ見通せない状況だ。

 筆者はイタリアの友人達に次の様に伝えている-中国主導のBRI (la Nuova Via della Seta)は政治理念としては素晴らしい。だが、BRIを持続的に支える経済性がなければ実現は難しい、と。その根拠の1つとして、米国連銀(Fed)の専門家がBRIの経済性を試算した報告書を紹介した("Common Transport Infrastructure: A Quantitative Model and Estimates from the Belt and Road Initiative," Feb. 2020. 本ページ下部のPDF2ページ目を参照)。この試算によれば、BRIの実現により貨物輸送時間と取引費用の縮減に関し経済的恩恵を受ける主要地域は、中央アジア及び東南アジアであり、その他の地域に対する効果は期待したほどではないと伝えた次第だ(PDF4ページ目の図を参照)。



グローバルな"ヒト"の流れが滞る一方、biological virusに加えcomputer virusも世界を駆け回っている。

 米国国防総省(DoD)は先月、同省のcyber networksの脆弱性が未だ改善されていない事を発表した。また防衛関連企業(CPI)も激しいcyber attackに遭っていた事を先月発表した(PDF2ページ目の「2. 情報概観」を参照)。Electronic virusの拡散は防衛分野だけにとどまらない。小誌前号ではイスラエルの発電所がcyber attackを受けていた事を同国のエネルギー相が発表した報道に触れた。冒頭のbio-disastersに加えcyber-disastersにも我々は警戒態勢を強めなくてはならず、グローバル化の光と影を実感している。



外国語情報には"珍訳"がつきまとうのが常だ。ピケティ教授の新刊本(Capital et idéologie, Sept. 2019)の英訳が先月刊行され、これから"珍訳"を探すところだ。さて最近"珍訳"で興味深い発見をしたのは米中関係の本だ。

 それはグラアム・アリソン教授の書籍(Destined for War, May 2017)とその中国語版(«注定一战: 中美能避免修昔底德陷阱吗?» 2019年1月)。読了後、両者の間に大変興味深い違いが存在する事を発見した(邦訳は『米中戦争前夜』 2017年11月)。中国国内のcensorshipに配慮してか、訳者は、中国語が不得手な筆者でも分かる程度で言葉を慎重に選んで訳している。"ケッサク"なのは将来展望だ。アリソン教授の意見には米国をはじめ、世界中で様々な意見が出ており、ハーバード大学行政大学院(HKS)における同僚スティーヴン・ウォルト教授も異なる意見を表明している。面白い事にその部分が中国国内で政治的に問題視されると訳者が判断したのか、完全に削除されているのだ

 同書の中でアリソン教授は"避戦のための12個のヒント"を記し、その中に文化的共通点と歴史の重要性を含めている。筆者は次の様に考える-反対意見に比較的寛容である米国と、それが許されない中国。建国して250年にも満たないが世界最古の近代民主主義国家である米国と、悠久5千年の歴史を誇る中国(以前は4千年だった?)。両国の文化・歴史の違いは余りにも大きい。

 教授は20世紀初頭の大英帝国の指導者達に冷徹な情勢判断が無ければ、たとえ文化と歴史を共有する英米間であっても戦争の可能性がPax BritannicaからPax Americanaへと移行する間に存在した事を記している。確かに米国の優れた戦略家アルフレッド・マハンも1897年の論文("A Twentieth Century Outlook")の中で、太平洋に向って東漸する英国と西漸する米国が世界の覇権を決する危険な関係が到来すると予想していた。確かに英国が米国に対して完全に覇権を譲ったのは1930年だと言われている-米国が英国を追い抜くのは人口が1850年代、GDPが1870年代、1人当たりGDPが20世紀初頭だ。それでも英米Sea Power間の対立は、太平洋上で抬頭する日本との交渉で波乱となった1930年のロンドン海軍軍縮会議まで続いたのだ。

 ワシントン、ロンドンの両軍縮会議で不満を蓄積した我が帝国海軍は、戦術的・技術的視点のみで世界情勢を判断して、国家としての総合的経済力を考慮せず、冷徹な情勢判断が出来なかった。このため、いたずらに反英・反米意識を抱きつつ、大陸に進出し遂には第二次大戦に突入してしまう。こうした歴史の教訓をもう一度学び直したいと考える毎日だ。


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「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第132号(2020年4月)