メディア掲載 国際交流 2020.03.19
電気新聞「グローバルアイ」2020年3月12日掲載
新型ウイルスの出現で、感染症に加え"恐怖と不安"、そして"流言と偏見"が世界中を駆け巡っている。ウイルスは"見えない"がゆえに人々の恐怖と不安をかき立て、人々から理性と品性を奪い去る。本稿では他の方々の見解との重複を避け得た事を望みつつ危機管理の視点から感染症問題を論じてみたい。
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米国の知人から"歴史的教訓"(サンフランシスコのチャイナ・タウンで発生した1900年のペスト騒動)を教えてもらった。
連邦政府の専門家が感染症を早期に発見して警告したが、カリフォルニア州知事やサザン・パシフィック鉄道を筆頭とする財界、さらにはマスメディアまでもが経済的理由から否定しようとした。防疫措置(クアランティン)によって生じる物流の停滞で州経済の低迷や州政府の財政収支の悪化を懸念し、一般市民の公衆衛生を犠牲にしたのだ。このためペストは市内に拡散し、しかも鉄道網を通じてコロラドなどの他の州にまで拡がったのだ。
連邦政府は防疫対策を急ぎ、他の州政府もカリフォルニアからの貨物に検疫措置をとるように。同時に疫病に対する恐怖が広まり、中華系移民に対する差別が一段と悪化して10年ごとに更新する「1882年中国人排斥法」は1902年には恒久的措置となった。
こうして早期発見と初期対応、健康問題と政治経済との利害対立、域外からの影響と差別の拡散という課題が"歴史の教訓"として後世に残された。
初期対応の重要性を強調し過ぎる事はない。今回のCOVID-19の解説の際、よく言及されている例は、1918年のスペイン風邪の時のセントルイスとフィラデルフィアとの初期対応の時間差(2週間)だ。この2週間という"わずか"な差が、"かなり"の犠牲者の差を生んだのだ。
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"不可視"であるウイルスは"可視"の区別を改めて認識させ差別を助長する。"可視"の区別とは人種・民族・国籍・宗教など。この一見して分かる区別を基準にすると自分が所属していない集団内の個々人の違いが見えなくなる。これを専門家は"外集団等質性(アウトグループ・ホモジェニティ)バイアス"と呼んでいる。世界の人々から見れば現在感染者数の多い中国、イラン、韓国、日本の国民は全員"等質"に映る"外集団"である。
この差別とそれに伴う"流言"を拡散・収縮させるのがマスメディアだ。世界のビジネスマンが読む『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙が横浜に停泊しているクルーズ船の中の米国人医師を取材した記事を先月掲載した。その医師は船内の状況を培養実験用の「シャーレと同じ」と語った。彼の友人で医者でもあるテネシー州選出のフィル・ロー下院議員は、船内での惨状を米国政府の専門家に伝えたという。
グローバル時代、詳しい背景や現状を知らず、"流言"に惑わされやすい海外の人々にも配慮する必要がある。そのためには世界のマスメディアを通じて簡明かつ平易で論理が一貫した情報提供する事が要求される。特にオリンピックを控え、世界が日本を注視する時だけに、不要な警戒感を抱かせないようリスク・コミュニケーションを大切にしなくてはならない。