コラム  財政・社会保障制度  2020.03.11

続・新型コロナウイルス感染症との闘い ー 感染拡大とPCR検査の保険適用

 昨年末より中国武漢に始まった新型コロナウイルス感染症(COVID-19と命名された)は、今や世界大流行の様相を呈し、国際社会に暗い影を落としている。世界保健機関(WHO)の発表によれば、3月9日の時点で世界の患者数は109,577人と10万人を越え、そのうち死者は3,809人に達している。2003年に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)よりもその感染拡大のペースは速く広く、世界全体のCOVID-19の死者数は、すでにSARSのそれの774人の5倍になる。

 地域的には、中国(台湾を含む)での患者80,904人(うち死者3,123人)を筆頭に、韓国7,382(死者51)、イタリア7,375(死者366)、イラン6,566(194)、フランス1116(19)、ドイツ1112(0)、スペイン589(10)など、当初のアジアより欧州、中東で急速な拡大を見せている。米国でも患者213人(死者11人)と脅威は広がり始め、日本が経験したクルーズ船ダイヤモンド・プリンセスの集団感染と類似の大規模クルーズ船2隻の感染問題に直面している。

 わが国でも、3月10日午前10時半現在では、510人(うち死者9人)の国内感染者が確認されている(クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス乗員・乗客696人(うち死者7人)、チャーター機帰国者14人を除く)。厚労省は、国内での感染経路不明なケースが出始めてはいるが、まだ限定的な集団感染(クラスター感染)の追跡が感染拡大抑止に有効として、国民に冷静な対応を求めている。

 致死率(感染者の中での死亡者の割合)はWHO報告の3.5%に比べて、わが国では1.8%(=9÷510)あるいは、クルーズ船も入れると1.3%(=16÷1220)と低い。インフルエンザの致死率が0.05%から0.1%程度であるのに比べると10倍以上死亡リスクが高いように見える。しかし、簡易検査が多数行われているインフルエンザに比べて、COVID-19 ではPCR検査がまだ限定的なので、潜在的な感染者はもっといる可能性があり、その場合、致死率はもう少し下がるかもしれない。さらに疫学データがそろわないと単純な2者の比較は早計である。ともあれ、COVID-19の死亡リスクは、致死率が10%程度のSARSほど高くないし、致死率20〜50%とされる天然痘ウイルスほど恐れる必要はなさそうだ。

 しかし、社会不安は広がる一方で、次々と集会やイベントの中止に追い込まれている。政府も全国小中学・高校の一斉休校など、これまでになかった思い切った予防的施策をとっているが、「PCR検査を保険適用せよ」という国民の声が高まった。その声を受けるかのように、3月6日よりPCR検査の保険適用が始まった。そこで、このPCR検査の保険適用は医学的・政策的に妥当なのかについて考える。


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 わが国の保険適用では、これまで、医薬品や医療機器の臨床的な側面からの主として3つの要件、すなわち、安全性、品質、医学的効果を考慮してきた。

 第1の安全性では、大きな問題はなさそうだ。下気道由来検体(喀痰もしくは気管吸入液)と鼻咽頭ぬぐい液の2検体が検査の対象となる。下気道由来検体の採取が難しければ、鼻咽頭ぬぐい液のみでも可である。基本的には、患者の鼻や喉の粘液を綿棒で採取する。

 第2の品質面では、検査機器の機械的な品質や性能、あるいは検体操作上の手技の習熟や精度管理が問題となる。しかし一般的には、PCR検査はすでに他の疾患に対する実績があるため、COVID-19に対しても、実用性の観点からは一定の品質が期待される。しかし、新しい疾患であるため、検査のもつ検出性能についての指標となる感度(感染している時、検査陽性になる確率)・特異度(感染していない時、検査陰性になる確率)とも、まだ確立されたデータがないこと、PCR検査は特異度に優れる(偽陽性は極めて少ない)が感度は劣る(ある程度の偽陰性がある)ことなどを前回のコラム(新型コロナウイルス感染症との闘いー知っておくべき検査の能力と限界 *2020年2月12日掲載)で述べた。「偽陽性」とは感染していないのに検査陽性になること、また、「偽陰性」とは感染しているのに検査陰性になることを意味する。

 COVID-19の簡易検査(迅速診断キット)はまだ実用化されていないが、ここでは、インフルエンザに準じて、簡易検査の感度60%・特異度98%、また、現行のPCR検査の感度95%・特異度99.9%と想定する。このような想定の下で、当面、COVID-19に対する検査の品質は保険適用が容認されるレベルにあるとみなすことができよう。しかし、検査性能に影響を与える要因として、COVID-19のL型とS型の2つの異なる遺伝子配列タイプが報告されていることが、今後注目される。LとSの割合は7:3程度で、LはSに比べ毒性が強いようだ。現在のPCR検査が、これら2つの型の違いに対して同様な感度や特異度を示せるのか、まだ今後の検討が必要である。


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 第3に、検査にどのような医学的効果があるのか考えてみよう。これは、必ずしも簡単に評価できるものではない。なぜなら、どんな検査でも病気の可能性の有無を一定の確率で示唆するだけで、検査で病気の予防や治療が直接できるわけではないからである。もちろん、病気の可能性をチェックできること自体が広義の医学的価値ということもできる。しかし、通例は、検査結果にもとづいて、その後の予防、治療、リハビリといった臨床的なベネフィットが存在して、初めて、検査に医学的意義が生じる。例えば、インフルエンザの迅速診断検査の場合、検査陽性であれば保険診療上で治療薬の投与が可能になる。しかし、現在のところ、COVID-19 では、検査結果の如何にかかわらず、有効な治療法や予防法が存在しない。そのため、陽性の場合に医療側がより厳重な予防的措置をとること以外、検査を受けて得られる患者にとっての医学的効果を見出すことが難しい。

 検査が陰性とでれば、患者の安心を保証できると思われがちだが、偽陰性の可能性もあるので、検査の陰性結果は100%の安心を与えることができない。患者にとっては、検査陽性の場合、本当に感染しているのかどうかが問題である。例えば、陽性判定者を受けた100人のうち、本当に感染している人が80人、感染していないのに陽性が出てしまった人(すなわち偽陽性の人)が20人いたとしよう。この場合、陽性の検査結果が本当に感染している人を言い当てる確率は80%(=80÷100)となる。これを陽性適中率(的中率とも表記)という。同様に、陰性の検査結果が本当に感染していない人を言い当てる確率を陰性適中率とよぶ。患者や担当医にとって重要なのはこれら適中率だ。

 そもそも感染の有無が分かっていることを前提に定義される感度や特異度は、検査の性能を知るにはよい指標だが、感染の有無を知りたいために検査を希望する患者や担当医にとってあまり意味をもたない。一方、適中率の問題点は、検査の判定を受けた全員の中に、本当に感染している人が何%いるのか(有病率という)によって変わってくることだ。患者1人に対する適中率を求める場合には、まず、その人の住む地域での対象疾患の既知の有病率を用いる。それが分からない場合は、患者が検査を受ける前にすでに感染している可能性(事前確率という)を経験値に基づく確率的数値として設定する。そのため、経験値がないCOVID-19のケースでは、表1のように、いくつかの事前確率を想定して適中率を推定することになる。

表1.検査判定の正確さの試算
   PCR検査:感度95%,特異度99.9%を仮定
   簡易検査:感度60%,特異度98%を仮定
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 それでは、COVID-19の検査の場合、陽性適中率や陰性適中率はどれくらいになるのであろうか。表1は、事前確率が低い(0.1)、半々(0.5)、高い(0.9)の3通りの場合に対して、PCR検査と架空の簡易検査、それぞれでの試算を示している。これによれば、事前確率が高い場合、PCR検査では陰性適中率が68.9%と低く、一方、陽性的中率は99.99%と非常に高い。そのため、PCR検査は確定診断には有用であるが、除外診断(非陰性証明)には向いていないことが分かる。簡易検査では、検査陽性が出ても事前確率が低い場合、必ずしも感染を即断できない。逆に、事前確率は半々で、それなりにCOVID-19を疑う場合、陰性適中率が低下するため、陰性の判定結果は除外診断(非感染証明)に向かないし、強く疑う場合は陰性結果をあまり信用しないほうがよいことになる。

 以上のように、検査機器・システムの開発企業や管理者にとっては検査の品質や感度・特異度が重要だが、患者や担当医にとっては陽性・陰性適中率が関心事となる。PCR検査や簡易検査は、患者の事前確率に留意しながら判定結果を解釈していけば、診察室での患者と担当医の視点では有用であると考えられる。


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 しかし、保険適用して検査実施数が大きく増加する環境下では、個人ではなく集団として見えてくる世界は大きく変わってくる。すなわち、COVID-19 に特異的なワクチンも治療法もない状況で、ひたすらに検査実施数を拡大すると、感度・特異度でもなく、また陽性・陰性適中率でもなく、偽陽性者と偽陰性者の絶対数が公共政策上の大問題となるのである。

 これは既にダイヤモンド・プリンセス号の乗員・乗客全員の検査の必要性が叫ばれたときにも直面した問題に類似する。偽陽性・偽陰性が避けられないため、クルーズ船での4000人規模の一斉の全員検査は水際作戦上、科学的には妥当でなかったが、さらに保険適用による検査件数の飛躍的増大は、全国規模にスケールアップした大問題になる懸念がある。これから、もし爆発的に感染が拡大していく事態となれば、それは現実の問題となる。

 その試算を表2に示す。表1に準じて、事前確率が低い(0.1)、半々(0.5)、高い(0.9)の3通りの場合を考え、今回は爆発的感染を防げたとしても、来年のシーズンまでウイルスが残り、インフルエンザ並みに最大1000万人レベルの検査を行わざるを得ない状況を想定して(東京都民1000万人にすべて検査を行うと考えてもよい)、PCR検査と架空の簡易検査別に試算値を示す。そこに示される偽陽性・偽陰性者の絶対数は、いずれのケースでもかなりの大きな数となっている。例えば、強くCOVID-19を疑うときに簡易検査を行えば、360万人もの偽陰性者がでる。これは、簡易検査が感染防止に全く役立たないことを意味する。PCR検査ですら偽陰性者数は45万人に上る。

表2.1000万人を検査すると生じる偽陽性・偽陰性者の予測数
   PCR検査:感度95%,特異度99.9%を仮定
   簡易検査:感度60%,特異度98%を仮定
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 表2から明らかなように、事前確率が高いほど偽陽性者数を減らすことができる。従って、強く感染を疑う状況になって初めて、PCR検査を行うほうがよいとなるが、それでも1000人の偽陽性者は出てしまう。逆に、事前確率が低いほど偽陰性者数を減らすことができるが、PCR検査でも偽陰性5万人、偽陽性9千人、簡易検査に至っては偽陰性40万人、偽陽性18万人となる。これだけの検査エラーを生じるにもかかわらず、より良い治療につながらない検査を、保険適用して大規模集団で実施することが果たして妥当であろうか。この点はもっと論議すべきであろう。もちろん、検査の感度・特異度の如何によっては試算の絶対数は異なってくるが、エラーの大きさのスケール感は表2から伝わるはずだ。


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 今回のPCR検査の保険適用は、おそらく上記3要件の科学的検証が十分になされた上での決定ではないであろう(まだ検証するためのエビデンスが十分そろっていないため)。保険適用を機に、検査ビジネスへの民間参入を奨励し検査体制の充実をはかることや、帰国者・接触者外来の医師が保健所を通さずに検査オーダーが出せることによって効率化をはかること、あるいは検査手技の質を向上して検査の精度を高めることに主眼があるようだ。同時に、国民に広がる感染への不安を少しでも減らすことができるように、検査希望の高まる声に対応するといった社会的・倫理的要因に大きな配慮がなされたようだ。確かに、今のところCOVID-19の診断はPCR検査しかない。その唯一だということが倫理的配慮の根拠にはなり得る。とはいえ、診療所のかかりつけ医から自由に直接検査オーダーを出すことはできず、保険適用された通常の検査とは扱いが異なっている。そのような不自由さは、爆発的な検査件数の増加による混乱と検査エラーを少しでも抑止することにつながる利点がある。


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 新しい考え方として「価値に基づく医療」が登場し、保険適用では医薬品や医療機器のもつ「価値」が問われるようになった。その「価値」には、従来の臨床的価値である安全性、品質、医学的効果の3要件に加え、費用対効果や財政上の影響といった社会的価値も加える。この考え方は国際的に広がってきており、実際にわが国でも、この考え方を薬価制度に組み込む改革が進行中である。ただし、まだ、費用対効果や財政上の影響を考慮して保険適用の可否を検討するまでには至っておらず、費用対効果の評価を用いて公定価格を調整する新薬価制度が、2019年度より中医協(中央社会保険医療協議会)で始まったところである。そこでは、費用効果分析と呼ばれる分析法が用いられる。

 費用効果分析では、PCR検査を受けた場合、受けない場合に比べてどれくらいの医学的効果が得られるのか(増分効果という)、また、どれくらい余分な費用が掛かるのか(増分費用という)を算定する必要がある。費用では、直接の検査費用だけでなく、関連してくるさまざまな他の医療費を、保険診療の範囲で累計する必要がある。そして、算定された増分費用を増分効果で割り算して求められるのが増分費用効果比(Incremental cost-effectiveness ratio; ICERと略される)である。

 英国NICE(国立医療技術評価機構)では、ICERがQALY(増分効果の指標の一つで患者QOLで重み付けした生存年数)の1単位あたり2万~3万ポンド(約300万円~450万円)の範囲となることを、保険適用の可否の目安としている。雑駁に言えば、1年間生存が伸びた場合にかかる医療費を2万~3万ポンドで抑えることができれば保険適用を認める、というもの。2019年度より制度化された中医協の費用対効果評価を用いた価格調整では、ICERが1QALYあたり500万円を超えるかどうかが第1の判定基準となる。

 新型コロナウイルスに対するPCR検査の場合、予防・治療手段がない限りQALYで算定される医学的効果はほとんどゼロである。すなわち、増分費用がいくらであれ、ゼロでの割り算を行えばICERは非常に大きな値となる。そのような大きな値のICERは、英国NICE基準では保険適用の対象外となる。もし、わが国でもPCR検査の費用対効果評価を行えば、費用対効果が悪いため価格調整の対象となっても道理にかなう。ただし、近年の国際学会では、ICERだけでは捉え切れない「価値」(例えば、感染の不安の軽減)を考慮すべきとの考え方が出てきている。その点では、今回の政府による社会的・倫理的要因に配慮した保険適用は、概念上、正当化される面がある。

また、財政上の影響はどの程度であろうか。PCR検査の費用は18,000円(3割負担の場合、自己負担5,400円)とされる。しかし、自己負担分は全額公費で負担するとのことであるため、結局、患者にとって無料の検査となる。保険上の検査となったとはいえ、無料という点では行政検査と変わりはない。しかし、行政検査であれ、保険上の検査であれ、個人レベルでは無料でも公費負担である限り、それは国民に新たに加わる負担となる。従って、国民の納得のいく議論が必要である。

 もちろん、公費の費用負担は検査件数に依存するが、仮に年間1000万件行うとすれば、単純計算でも18,000円×1000万人=1800億円が必要となる。これは、2019年度より制度化された医薬品・医療機器の費用対効果評価の新規対象品目の選定基準に十分該当するレベルの費用である。もちろん、費用対効果や財政影響のみで保険適用が判断されるわけではないが、少なくとも2000億円規模の財政負担が増える見返りとして、PCR検査にどこまでの医学的・社会的価値があるのかをさらに検討する必要があろう。


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 以上からもわかるように、医学的・政策的合理性の観点からは、「早期発見や感染抑止にためにPCR検査を保険適用せよ」という声には疑問を呈さざるを得ない論点が多々残されている。信頼できる疫学データや、医学的効果を得るためのワクチンや治療法がない現時点での保険適用は、根拠に基づく政策立案(Evidence-based policy making)の観点からは拙速感がぬぐえない。ただし、今回の政策判断は、広汎な「価値」としての国民の安心感をできるだけ担保するための緊急対応としては容認されるかもしれない。

 3月6日、厚労省はCOVID-19の厳しいシナリオに基づく患者推計を発表した。それによると、外来受診がピーク時に全国で1日40万人を超える。最多の東京都では1日外来受診4万人、入院2万人を超える恐れがあるとのこと。そのような期間がピーク時前後で3週間も続けば、表2が示す検査エラーの試算も現実となる恐れがある。政府の患者推計は自治体の医療機能の崩壊をもたらしかねないことを警告している。

 そのような最悪の事態を避けるためには、呼吸器症状の軽症者は、あわてて診断検査を求めないで自宅療養を行い、悪化の兆候があれば病院を受診するという行動様式の確立が望まれる。政府は、大量の偽陽性・偽陰性をだす恐れのある無症候者や軽症者の検査に拘泥せず、まだまだクラスター感染の追跡調査、重症者への重点的な検査・治療、高齢者施設などのハイリスク集団への防疫支援、緊急医療体制の拡充、さらには休業で経済的に窮地に陥った場合の救済策といった的を絞った施策に、限られた医療資源や財政的援助を振り向けるべきである。

 将来、感染の脅威が去り、疫学データや予防・治療法の選択肢がもっと得られた時点で、財政上の影響や費用対効果に基づいて定量的で冷静な議論を行い、保険適用の妥当性を見直すべきであろう。