1.新型コロナ感染拡大状況
日本国内でも新型コロナウィルスCOVID-19の感染者が急速に広がり始め、毎日の報道で新たな情報が詳しく伝えられている。この間、中国国内では依然、COVID-19の感染者数の増加が続いている。
2月15日時点の累計感染者数は6万8500人(うち湖北省5万6249人)、感染の疑いのある人数は8228人(同5243人)、死者数1665人(同1596人)、治癒した人数は9419人(同5623人)。
このデータから単純に致死率を算出すると、中国国内全体では2.4%、湖北省では2.8%、湖北省以外では0.6%である。
このように、湖北省とそれ以外では感染状況や致死率の点で大きな違いが生じている。
ただし、新型ウィルスCOVID-19の特徴として、感染していても発症しない、あるいは軽度の症状で回復するケースが多いことから、実際の感染者数は上記の数字よりはるかに多く、致死率ははるかに低いものと推定される。
複数のメディアが伝える専門家の説明によれば、日本国内では毎年約1000万人がインフルエンザに感染し、そのうち約1万人が死亡しており、致死率は0.1%程度である。
COVID-19の致死率はこれに比べれば高いが、2003年に中国で流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)の致死率9.6%に比べればはるかに低く、通常のインフルエンザの方に近い。この点から言えば、それほど恐れる必要はない。
しかし、現時点ではワクチンが存在せず、検査機器も不十分であるため、やはり不安は大きい。
予防のための手洗い・うがいの励行と重症化を防ぐための良好な健康状態の維持による抵抗力の増進が重要である。
2.中国経済に与える影響
COVID-19の感染拡大が中国経済に与える影響は、現時点では予測できない。
一部の企業は2月10日から業務を再開したが、部分的な業務の再開に留めている企業、業務や工場再開の時期を17日以降とする企業も多い。
このため、生産、投資、雇用、消費などにどの程度のマイナスの影響が及ぶのかについては、今のところ未知数である。
2月分の経済統計が3月中旬に公表されるまで、中国経済への数量的なインパクトを推測することは難しい。
したがって、経済への影響が見えてくるまでには少なくともあと1か月程度は様子を見ないと分からないはずである。
もし感染拡大の沈静化時期が先に延びれば、影響の全体像が見えてくるのはさらにその先になる。
3.湖北省、武漢市トップ解任の影響
習近平政権は、2月13日、湖北省の蒋超良共産党委員会書記(62歳)と武漢市の馬国強共産党委員会書記(56歳)を解任した。
今回のCOVID-19の感染拡大抑制のために必要な措置を採ることが遅れ、感染拡大を招いたことが原因であると見られている。
蒋超良前書記は、中国人民銀行(日本における日本銀行に相当する組織)、国家開発銀行、農業銀行などの重要な幹部ポストを歴任し、中国人民銀行総裁候補と言われたほどの金融問題の専門家である。
一方の馬国強前書記は中国最大の鉄鋼メーカー宝山鋼鉄の元理事長として国有企業経営に詳しい。
こうした経歴から見て、2人は金融経済問題では全国各省市の中でもトップクラスの実力を持っている組み合わせだった。
武漢市は非効率な国有企業を多く抱えていることから、地域経済建て直しのための国有企業改革の推進役として2人は大いに期待されていた。
しかし、今回のような感染病リスク対応への経験は十分ではなかったため、迅速かつ的確な対応をとることができなかったのは残念である。
後任の湖北省党委書記には応勇上海市長(62歳)が、武漢市党委書記には山東省済南市の王忠林党委書記(57歳)が就任した。
COVID-19の感染拡大が終息した後、湖北省および武漢市経済社会の建て直し、国有企業改革の推進といった短期・中期の経済政策運営においてどのような手腕を発揮することができるかが先行きの重要課題である。
まずはCOVID-19対応が最優先であるが、それが終息した後の地域経済を正常軌道に戻す経済政策運営、中期的な国有企業改革推進なども今後の中国経済、ひいては習近平政権基盤の安定確保にとって極めて重要な政策課題である。
4.習政権の政治基盤への影響
日本のメディア報道や一部の評論では中国のSNS上にアップされるCOVID-19対応に関する習近平政権批判を採り上げて習近平政権の政治基盤への打撃の大きさを強調している記事やコメントが多く見られる。
しかし、それらは中国に関する的確な判断材料とは言えない。これは日本国内のSNS上の情報とメディア報道を思い起こせば明らかである。
日本でも安倍晋三政権について、「森友・加計」問題や閣僚辞任問題などで安倍政権が一時的に批判の嵐に晒されるが、しばらくすると支持率が回復する。
そうした場合、一般的にはSNS上の意見の多くはメディア報道に比べて過激であり、かつ信頼度が低い場合が多い。
これはどこの国でも同じ現象である。もちろん中国ではメディア報道に強い規制がかかっているため、メディア情報の信頼性は低い。
しかし、だからと言って、SNS上の投稿内容を論拠として全体を判断するのは冷静な姿勢とは言えない。
新型ウィルス問題に関する習近平政権の評価は、今後経済活動が正常化に向かう中での政策対応の結果に大きく依存すると見るべきであろう。
これはもうしばらく様子を見ないと分からない。現時点で判断を下すのは時期尚早である。
5.中国の感謝を伝えない日本メディア
1月下旬に新型ウィルス問題が表面化して以降、日本の各層が中国に対して物心両面で真心を込めた温かい支援を送っている。
茂木敏充外務大臣が1月26日、中国側に「感染の拡大を防ぐために協力できることがあれば全力で支援する」とメッセージを伝えた。
28日には自民党の二階俊博幹事長が「お互いに日常活動で友情を交わしている国に何かがあれば、隣のうちが何か火災に見舞われたとか、急病で困っておられるとかいう時に助けに行くという、そういう気持ちと同じです」と語った。
同じ頃、イトーヨーカ堂は成都市にマスクを100万枚寄付し、ツムラは500万円の義援金を中国大使館に贈った。
小学生たちはビデオメッセージを添えてマスクを送り、池袋の街頭では日本人の若い女性がチャイナドレスを着て蜂蜜を配りながら義援金募金を呼びかけた。
私自身、20代から小学生に至るまで、若い世代の人たちの声を直接聞けば、中国の人たちが可哀そう、何とか早く回復するよう応援してあげたいといった思いやりあふれる気持ちが示されることばかりだ。
多くの中国国民はSNSを通じて日本人のそうした温かい思いやりの姿勢を知り、それに対して心から感謝している。
しかし、日本の報道やSNS上のコメントでは、中国側の日本への深い感謝の表明は習近平主席の訪日に備えたパフォーマンスであり、中国人自身がそう思っているかどうか疑わしいといったニュアンスの記事やコメントが多くみられる。
加えて、中国政府の初期対応のミス、中国政府による感染状況に関するデータの隠蔽、中国経済への打撃などの問題点を強調し、習近平政権へのダメージを願っているかのようなニュースやコメントを流すことに大半の時間を割き、中国全土に広がる日本への感謝の高まりを伝えるニュースは非常に少ない。
こうしたメディアの報道姿勢は、日本人の多くが中国に対して示している思いやりや慈悲の心の姿勢とは対照的である。
その意味では日本のメディア報道は日本人や中国人の心をきちんと伝えているとは言えない。
6.若い世代が担う日本の進路
こうした報道姿勢に対して、同じような立場で中国を批判あるいは揶揄するコメントを寄せている日本の人々も多い。
その中にあって若い世代は比較的多くの場合、中国の人たちの苦しみを日本国内の出来事と変わらない気持ちで受け止めているように感じられる。
東北大震災、豪雨災害、台風などで苦しんだ日本各地の人たちへの思いやりと同じ気持ちで中国人を心配している人が多い。
若い年齢層はメディア報道を見る時間の長さが比較的短いため、報道の影響を受けにくいことが原因の一つと考えられる。
もう一つの原因は物事を捉える根本的な意識のグローバル化の程度の違いにあるように感じられる。
20代以下の若い世代は幼少時以来ずっとグローバル化された経済社会文化の存在が大前提の世界で生きてきているため、他国と自国の間の境界をあまり意識しないことが自然体として身についているのではないだろうか。
サッカー、野球、バスケなどのスポーツ選手、料理のシェフやパティシエの海外での活躍は最近特に目覚ましい。
アニメ、ミュージシャン、ダンサーなど、若い世代が注目する日本の文化をリードする人たちも日常的に、以前に比べてはるかにグローバルに活動している。
そうしたグローバルに活躍する人々のファン同士は国境を越えて、日本人、中国人、アジア人、欧米人の区別なく感動を共有している。
その感動をSNSを通じて共有し合うのも日常茶飯事である。日々のコミュニケーションにおいて国籍を意識することなく国境を越えた対話が成立している。
こうしたIT技術の発達に支えられたグローバル化の影響による日常的な心のありようの差が、上記のようなものの見方の基本姿勢の違いにつながっているのではないだろうか。
日本のメディアが対中批判報道を続けても、中国メディアが政府から規制を受けても、グローバル化の時代に若者の発想や感じ方を一定方向に動かすことは難しい。
人の悲しみを自分の悲しみとし、人の喜びを自分の喜びとする。この慈悲の心の基本を日本の若い世代に教えたのは彼らの両親、恩師、先輩たちである。
それを学び、自分なりにきちんと身に着けた若い世代は、その想いを国境による区別なく世界に向けて素直に発信している。
これが令和の時代の日本の新しい姿であるように思われる。