コラム エネルギー・環境 2020.02.21
年明けからまもなく、マスコミのトップニュースのほとんどは、新型コロナウイルスに関する情報となっている。中国の武漢を中心に感染が急速に拡大している状況に対して、WHOがついに国際緊急事態宣言を行った。この事件に関して、さまざまな分野の専門家が、感染症疫学、公衆衛生、緊急事態対応、さらには情報開示、経済的影響などの面から解説・解析をしてきた。本文は、サイエンスと意思決定の視点から、この事件が示唆するところを探ってみたい。
2020年1月29日付け、世界五大医学誌の一つである「New England Journal of Medicine」に、中国疾病予防控制中心(CCDC)などの研究機関の所属研究者らが、「Early Transmission Dynamics in Wuhan, China, of Novel Coronavirus-Infected Pneumonia」と題した論文を掲載し、1月22日までの武漢における新型ウイルス感染者の推移などを分析した(図)。論文の結論は、人から人への感染は2019年12月中旬に既に起きていたことである。この論文に関する報道が出た瞬間から、インターネット上においてCCDCに対して集中砲火が浴びせられた。最大の非難は、1月上旬あるいはそれ以前から人から人への感染が確認されていたにもかかわらず、なぜ情報開示をしなかったのか、またなぜより強力な感染抑制措置を取らなかったのかである。これに対して、CCDCは公式に、論文の結論は、調査対象期間における425例の感染者情報を全てレビューした上で推定したとものであると回答した。CCDCは明言しなかったということであろうが、明確な科学的認知が得られるまで情報開示や抑制措置の意思決定はできなかったのである。CCDCの首席Scientist曽光氏は1月29日、「環球時報」のインタビューにおいて、「今回の武漢における初動対応の遅れは、主に科学的認知の問題によるものであるが、意思決定の躊躇もあった」と指摘した。
図 新型コロナウイルス確定感染者数の推移と対応措置(Li, Q., et al., 2020)
この流れを見ると、活断層の研究に従事した大学と大学院時代のことを思い出す。中国の高度経済成長初期では、大規模なインフラ建設に伴い地震予測と地震予知の研究が盛んに行われていた。特に地震予知に関しては、1970年代に成功例も失敗例もあり、不確実性の高い科学的認知のもとに、異なる意思決定が正反対の結果をもたらしたことが教えられた。1975年2月4日19時36分、遼寧省海城周辺において、マグニチュード7.3の地震が発生した。研究者が出した短期と直前の予知情報に基づいて、周恩来国務院総理の承認の下で地方政府は当日10時30分に地震予報と避難勧告を発表した。こうした予防措置をとったことで、その際の地震による死者は全人口の0.02%に当たる1328人にとどまった。一方でその翌年、1976年7月28月3時42分、河北省唐山周辺において、マグニチュード7.8の地震が発生した。海城と同じように、研究者が短期と直前の地震予報を出していた。しかし、当時の政治状況から、科学的情報は完全に無視され、結果、死者が全人口の18.4%に当たる24万人超の大惨事となってしまった。
近年、科学的根拠に基づく意思決定(Evidence based decision making)が提唱されている。しかし、未知を探求するサイエンスの知見は不確実性を伴うことが多い。一方、明確な科学的認知が得られてから意思決定するのであれば、対策に遅れが生じ、大きなコストが発生する可能性があることは、上述の事例に示唆されている。同じ示唆は、過去の公害問題からも得られている。そのため、不確実性を持つサイエンスをベースに、行動を決める意思決定をしなければならない場合が多く存在する。そこで必要なのは、どのような価値判断をするかである。武漢における新型コロナウイルスの場合、意思決定者は認識していた感染拡大のリスクよりも重要なものがあると判断したのだろうし、海城における地震の場合、周恩来総理は避難による社会の混乱を抑制するコストより地震の被害が大きいと判断したのだろう。
今日、科学的知見の不確実性が大きいものの、正しい価値判断に基づいて意思決定しなければならない典型的な問題の一つとして、気候変動があげられる。気候変動への対策において、異なる意思決定が導き出されてしまう現状は、やはり異なる価値判断が根底にあるからである。これを象徴するインシデントが、ダボス会議で対立したスウェーデンの環境活動家グレタさんとアメリカトランプ大統領のやり取りであろう。パリ協定は締結されたものの、そこで定められた目標を実現させるためには、世界共通の価値判断の形成が必要になる。オーストラリアの森林火災は、昨年以来発生したインド洋ダイポールモード現象により引き起こされた少雨が主な原因の一つとされているが、その現象は日本の暖冬にもつながっているといわれているように、気候変動の前では、国境がなくなり、一国の政策、意思決定のレベルを超える現象が生じる。その対策を議論する前提として、世界共通の価値とは何かの議論がまず必要ではないだろうか。ノーベル化学賞受賞者のパウル・クルッシェンが考案した「人類世」において、共通する価値判断の基準は、一国の国益や現世代の「世代益」ではなく、全世界かつ将来世代を考慮に入れる「人類益」になる、という視点が大切ではないだろうか。