メディア掲載 エネルギー・環境 2020.02.19
国際条約による国全体の数値目標や、排出量取引・環境税といった経済全体を対象とした大掛かりなカーボンプライシング制度は、どの程度の効果があったか。実際のところ、その導入の前後で、特に大きな変化があったようには見えない。CO2削減に重要な寄与をしてきたのは、エネルギー安全保障のための原子力や省エネの推進であり、更には、シェールガスやLED照明等のイノベーションだった。このように、低CO2のエネルギー供給技術と省エネルギー技術のイノベーションを地道に続けることこそが、CO2の削減に寄与する。米国のブレークスルー研究所テッド・ノードハウス所長は、これを「サイレント・クライメート・ポリシー(静かなる温暖化対策)」と名付け、提言している(注1)。このカリフォルニア発のアイデアは、「イノベーションにより地球温暖化問題を解決する」という日本の方針とよく共鳴している。
1. 大掛かりな制度はCO2排出量の変化をもたらしたか
京都会議は大きな政治イベントだった。では、その1997年の合意の前後で、諸国の排出量はどう変化したか。実際には、図1にあるように、京都議定書締約国の炭素強度(エネルギー消費あたりのCO2排出量)の改善速度は、京都合意以降、特に加速した訳では無いことが分かる。京都合意の以前から、省エネ等によって、1980年代から一貫して原単位は改善していた。
図1 京都議定書締約国の炭素強度
(出典)Does Climate Policy Matter?
それでは、京都議定書締約国の低CO2エネルギー(原子力、水力、再エネなど)の導入速度はどうだったか。これも、京都合意以降、特に加速しているとは言えない。原子力発電が大規模に導入されていた1985年以前の低炭素エネルギーの導入の方が急激だった。
図2 京都議定書締約国における、低炭素エネルギーの総エネルギー供給に占める割合
(出典)Does Climate Policy Matter?
それでは、EUの排出量取引制度はどうか。炭素強度(エネルギー消費量あたりのCO2排出量)で見てみると、これも、2005年の制度導入以降に、特に炭素強度の改善速度が上がった訳では無い。EUの炭素原単位は、2005年以前にも、経済的な理由による石炭から天然ガスへのシフトや東欧の経済崩壊によるCO2排出減少等によって改善をしていた。
(出典)Does Climate Policy Matter?
このように、国際条約や、経済全体を対象とした大がかりな排出量取引制度が特に低炭素化を加速したようには見えない。
2. 静かなる温暖化対策
以上のような、これまでの経緯を見ていると、低炭素化は主に国内の具体的な技術開発・普及に依存するものであって、国際条約やカーボンプライシングといった大掛かりな制度では無いことが分かる。
このことは、もちろん、国際条約や排出量取引制度が全く無意味という訳ではない。これらの大掛かりな枠組みが、個々の技術開発・普及を促進する側面もあるだろう。しかし他方で、国際条約や排出量取引制度に関する交渉が敵対的で終わりのないものとなり、かえって解決を遠ざけてしまう側面もある。
のみならず、上記で検討したように、非常に多くのノイズ(マクロ経済、エネルギー選択、技術進歩)の中にあると、大掛かりな温暖化対策制度によるCO2削減は、シグナルとして判別することが殆ど出来ない。この事実は、かかる制度が、たとえ一定の効果があったとしても、いわゆる「なりゆき」からCO2排出量を大きく変えることには失敗していることを示す。
では具体的な技術開発・普及とは何か。テッド・ノードハウスは、政府の役割として、原子力発電の推進、低炭素テクノロジーを安価にするための技術開発への支援(新型原子力発電、安価な再エネ・バッテリー)、経済性のある省エネについてのエネルギー効率基準や政府調達による推進等を掲げている。実際のところ、これは、今の日本政府がやっていることと、メニューとしては全く同じである。つまりこれ以上大げさな制度は不要であり、あとは、その実施をどれだけ賢く出来るかが肝心だ、ということになる。
いま世界では、2050年ゼロエミッションという数値目標を、具体的な対策手段の裏付けを全く欠いたまま宣言すること流行っている。メディアやNGOは、それを賞賛しており、そうしないと「温暖化対策に後ろ向き」だとして批判される。(この現状については有馬氏の論考を参照されたい)。
しかし、日本人は、実現の当ても無いのに大言壮語することを嫌う。巧言令色鮮し仁、沈黙は金(Silence is gold)、という国民性である。具体的に汗を流して出来ることは、イノベーションを通じて、温暖化問題の解決策を提供することである。このような考え方が、米国カリフォルニアからも発せられていることは、日本にとって大変に心強い。日本の温暖化対策の海外向けキャッチ・フレーズが欲しい向きには、「サイレント・クライメート・ポリシー」という名前が良いかもしれない。