メディア掲載  外交・安全保障  2020.02.12

韓国の国防費増額傾向をどう読むか

笹川平和財団の 国際情報ネットワーク分析IINAより転載

総額50兆ウォン台に突入した韓国の国防費

 昨年12月に韓国国会で政府予算案が可決されたことにより、この1月から執行されている2020年度の国防費の総額は、前年比7.4%増の50兆1527億ウォン(約4兆7101億円 [1])となった。一昨年10月の拙稿 [2]で紹介したように、文在寅政権の重要政策の一つである「国防改革2.0」を実現するために、国防費が2023年まで年平均7.5%で増加することが求められている。国防費が初めて20兆ウォン台になった2005年以降、2011年に30兆ウォン台、2017年に40兆ウォン台と6年かけてそれぞれ大台に達してきたところ、文在寅政権発足後はその半分の3年で10兆ウォン増加を達成したことになる [3]



韓国国防費増加率(2009年〜20年) [4] yamashita_figure4.png

韓国国防費と対GDP比の推移(2005年〜20年) [5] 20200204ito2.png

 韓国の国防費を諸外国と比較すると、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が発表している2018年の世界軍事支出に関する資料によれば我が国に次ぐ10位となっている [5]。 また、韓国の国防費は対GDP比で2%を超えている。対GDP比2%越えをなかなか実現できない多くのNATO加盟国と比べても、韓国は元々の米軍の駐留経費だけでなく、国防費自体を増加させて、アメリカ製装備品を多く購入してもいる。それにもかかわらずトランプ政権から駐留費負担の大幅増を求められ大きな不満を抱いている。 [6]


「誰からも見くびられない強い国防力」とは

 1月21日に国防部は文在寅大統領に対する年頭の業務報告 [7]を行った。その席上、鄭景斗(チョン・ギョンドゥ)国防長官は「しっかりとした国防態勢確立のため、国防予算50兆ウォン時代にふさわしい戦力増強により、誰からも見くびられない強い国防力を作り出す」と報告した [8]。 その具体的な増強策は、「全方位の安保脅威に備える軍対応能力確保」として、第1に「核・WMD(大量破壊兵器)対応戦力確保」のため、F−35A、軍偵察衛星、戦術地対地誘導武器、張保皐(チャン・ボゴ)-III型潜水艦、広開土大王(クァンゲトデワン)級駆逐艦、弾道弾初期警報レーダー、艦対空誘導弾、パトリオット性能改良に6兆2,156億ウォン、第2に、「(米軍との)連合防衛を主導するための韓国軍核心軍事能力持続補強」のため、230mm級の多連装ロケットや戦術情報通信体系などに1兆9,721億ウォンがそれぞれ充てられるとされる [9]。 こうした予算は「戦力増強費」に分類され、陸軍の兵力削減で逓減していく「戦力運営費」とは対照的に年平均で11%増加している。

 今年度予算と業務報告の内容からは、核・弾道ミサイル開発を継続する北朝鮮に対して、確かな対応能力を確立することに変わりがないこと、そして、対北だけでなく「全方位の安保脅威に対抗する」として「周辺国への備え」も加わったとされる [10]。 さらに、文在寅政権任期内でのアメリカ軍からの戦時作戦統制権返還を実現するための強い決意を読み取ることができる。

 こうした積極的な国防費の支出と、それに基づく戦力増強を続ける国防政策に対して与野党間の対立は生じていない。その一方で、現政権の支持母体の一つであり、チョ・グク前法務部長官などの人材を政権中枢に輩出してきた有力な左派系市民団体「参与連帯」が、「南北軍事合意に逆行して、韓半島の平和プロセスを危うくする大規模な軍備増強を中断するべき [11]」として、国防費増額に反対姿勢を明確にしている点は注目すべきポイントである。


周辺国(日本と中国)を対象にした「毒針戦略」?

 こうした韓国国防費の増加傾向と戦力増強の動きがより鮮明になる中で、昨年9月22日付の中央日報が、韓国軍が「将来脅威になりうる周辺国である日本と中国に対する牽制のための戦力が必要だ」として、SLBM搭載型原潜と弾道ミサイルで対象国の核心(指揮部や主要施設)を攻撃する「毒針戦略」を紹介した。さらには、この記事では「韓国と日本が軍事的に衝突すればアメリカは中立を守るだろう」との韓国軍関係者の予想が紹介されている。にわかに信じがたい内容である。 [12]

 この報道内容の信憑性は定かではないが、すでに2017年9月の米韓首脳会談で、文在寅大統領はトランプ大統領から原潜保有の了解を得たとされる [13]。 昨年10月海軍に対する国会の国政監査で、海軍参謀総長が原子力潜水艦の導入のためのタスクフォースを運営していることを文書で認めた [14]。 ただし、韓国が原子力推進型潜水艦を獲得するためには、現在の米韓原子力協定の改定が必要となるため、導入へ向けたハードルは高いと言われている。また、SLBMが通常弾頭であれば、攻撃対象に対する致命的な「毒針」となり得ない訳であり、核弾頭を想定しているのではないかと周辺国から疑念を持たれる可能性は十分にあるため、仮にこの戦略が真実だとしても実現可能性は高くはないだろう。

 しかしながら、米中対立の狭間で揺れる韓国が今後、日本の国益に反する戦略を実行しないという保証はない。その一方で、韓国は自由と民主主義という共通の価値観を共有する重要な隣国であり、我が国にとって地政学上重要なバッファであることに変わりはない。政治的には日韓関係悪化の元凶である徴用工問題で、「ボールは常に韓国側にある」との姿勢に終始せざるを得ない状況が続いている。しかしながら、軍事的には、韓国側の戦力増強の意図と進展を注視した上で、韓国側の誤算に基づく行動を防いで日米の側に留まらせるために、未来志向の日韓安全保障協力関係をどう構築するか、北東アジア地域の安定に資するための新たなビジョンを描き実行していくことが求められている。着実に軍事力をつける隣国に対して、日米韓連携の意義は対北抑止のためだけでなく、韓国が極端な自主国防に固執することで、日本にとっての新たな潜在的脅威とさせないための枠組みでもあるという意義を、日本としては自覚すべきだろう。


<脚注>

1 2020年1月23日現在のレート換算。韓国の会計年度は暦年度と同じ。

2 https://www.spf.org/iina/articles/ito-korea-defref2.html

3 「 [2020年予算]国防費初50兆突破...俸給54万ウォンに」『聯合ニュース(韓国語版)』2019年8月29日

4 韓国国防部ホームページ「国防予算現況」を基に筆者作成。

5 SIPRIホームページ

6 メディアの反応の例として「【社説】度を超えた防衛費分担金要求は韓米同盟揺さぶるだけだ」『中央日報(日本語版)』2019年10月31日を参照。政府関係者の反応の例として、鄭景斗国防長官による「Defense News」への寄稿を参照。Jeong Kyeong-doo"South Korea's defense minister on a mutually reinforceable, future-oriented 'Great ROK-US Alliance'", Defense News, December 2. 2019.

7 各省庁が大統領に対して昨年1年間の業務報告と今年の業務計画を伝える重要会議。

8 「韓米合同演習は内容調整して実施 国防部が文大統領に業務報告」『聯合ニュース(日本語版)』2020年1月21日

9 韓国国防部ホームページ

10 「文在寅政権の自主国防新バージョン...平壌だけ?北京・東京にも牽制球(1)」『中央日報(日本語版)』2019年9月22日

11 参与連帯平和軍縮センター「参与連帯「2020年国防予算案に対する意見書」発行」 2019年11月5日

12 「文在寅政権の自主国防新バージョン...平壌だけ?北京・東京にも牽制球(2)」『中央日報(日本語版)』2019年9月22日

13 同上

14 「海軍「原子力潜水艦の確保に努力...北SLBM追跡・撃滅に便利」」『聯合ニュース(韓国語版』2019年10月10日