メディア掲載 エネルギー・環境 2019.12.27
税収中立で、経済全体を対象とした大型の炭素税が理想型であるという論者がいる。しかしこれは機能しない。その理由を述べる。
まず、炭素税は現実にはCO2比例の税にはならない。炭素税を構想するといっても、政治的配慮の帰結として、エネルギー多消費産業の石炭・石油、中小企業・地方企業用石油、家庭用石油、農・漁業用石油など、多くの部門や燃料について減免されることになるだろう。政治的調整として減免は避けて通れないため、結果として炭素税はCO2排出量に比例しなくなる。
その一方で、電気には高い炭素税が課されるとなれば、石油などの化石燃料の直接燃焼から電気へのシフトを阻むことになる。大規模な排出削減を目指すには、最終的には電気へのシフ卜が望ましいことに立場を超えて広く見解の一致がある。だが、これではまるで逆効果になる。
成長を担う電力多消費。産業イノベーションに悪影響
さらに国際競争上の懸念がある。日本でエネルギー多消費産業というと、製鉄、セメント、石油化学、製紙業などとなっていて、エレクトロニクス産業は入っていない。
だが例えば台湾では、TSMCなどのエレクトロニクス産業はエネルギー多消費産業に分類されている。今後の経済成長の中核と目されるICT(情報通信技術)関連産業でも、実は電力消費量は大きい。先進諸国でのICT関連の電力消費は、全電力消費の約1割に達しているとみられている。
3Dプリンタも原料製造・レーザー加工・空調など、電力を多く消費する。大型計算機もデータセンターも電力多消費である。また、フインテックなどに活用される重要技術であるブロックチェーンには、暗号情報処理を行うマイニングという工程がある。これは電力多消費で、日本では電力価格が高く採算が合わないという。
今、マイニングの大半は中国で実施され、これは電力価格が安いことが大きな理由という。このようにエネルギー多消費の業態や工程は時代によって変わるものであり、それがイノベーションの中核的な担い手になることも多い。
どのように注意深く減免税を調整したとしても、やはり多くのエネルギー多消費の業態や工程にとっては、炭素税が国際競争上の負担となり得る。このため、エネルギー多消費産業のみならず、広範な産業において、生産の海外移転、経済成長の阻害、イノベーションの停滞といった弊害が起きることが懸念される。
さらに「ガラパゴス化」の懸念もある。既に日本のエネルギー価格は国際的に見て高い水準にあるが、これに高い炭素税を課すると、世界、特に新興国との価格差はさらに開く。この結果、日本は海外と異なるエネルギー設備・機器を使うことになるだろう。先進的な省エネルギー機器が導入され、普及するといえば聞こえはよい。だが、日本の製造業が特殊な国内市場を対象にしてガラパゴス化し、世界市場を失う危険もある。
過去に、トップランナー制度やエコポイント制度のもので省エネにまい進した日本の家電メーカーであるが、世界市場では韓国・中国勢に負けてしまった。この轍を踏む危惧がある。
減免税を伴う形で税収中立の炭素税を導入することは、一定の省エネを促しうる。しかし、どのように注意深く実施しても、エネルギー多消費な業態・工程の海外への移転も促してしまう。これは地球規模では無意味であるのみならず、日本の製造業のエコシステムを弱体化させるものであり、国民経済にとっても、イノベーション(これには温暖化対策イノベーションも内包される)にとっても望ましくないであろう。
導入に必要な条件は?現在の日本では不適切
エネルギー価格が低すぎれば、省エネの動機は生まれない。もし価格が低くエネルギー効率も低い国であれば、炭素税、排出量取引制度などカーボンプライシングによって、全体のエネルギー価格水準を引き上げることは適切な政策となる。ただし、これは現在の日本には当てはまらない。
カーボンプライシングによって、経済とエネルギー安全保障に大きな悪影響を与えることなく排出削減が進むための条件は、①もともとのエネルギー価格水準が国際的に見て低いこと、加えて②低コストかつエネルギー安全保障を損なわない排出削減手段が存在すること、である。米国のSOx取引制度においては、低硫黄炭を鉄道輸送して高硫黄炭を代替することができ、この条件が満たされた。
カーボンプライシングを全否定するのは明らかな誤りである。日本も将来においては、カーボンプライシングが機能する状況はあり得るかもしれない。例えば、現在よりも電力のCO2原単位が大幅に下がるとすれば、国民経済に大きな負担をかけないよう注意しつつ、電気によって化石燃料の直接燃焼を代替していくために、炭素税が機能し得るかもしれない。
ただし、このためには、今後実施される電気の低炭素化が、電力価格の高騰を招かないよう、注意深く実施されていることが前提条件となる。例えば再生可能エネルギー推進が性急に過ぎた結果として電力価格が高騰してしまうと、電化を進めようとして炭素税を導入しても、効果は相殺(制度間の負の相互作用)されてしまい、電化は進まない。
国によっては、現在においてもカーボンプライシングの導入が適切な場合もある。また将来においては、日本においてもカーボンプライシング導入の条件が満たされる可能性はある。だが現在の日本においては、炭素税、排出量取引制度のいずれも、その導入は適切ではない。