メディア掲載  財政・社会保障制度  2019.12.04

診療報酬改定の課題(下) 医療法人 過剰投資の一因に

日本経済新聞【経済教室】2019年12月2日に掲載
■■■ ポイント ■■■
  • ○ 医療法人は潤沢な財源をもとに過剰投資
  • ○ 剰余金を給与の形で取り崩す医療法人も
  • ○ 地域医療の全体最適促す財源配分検討を
  •  医療提供体制を国際比較すると、日本は著しい過剰投資であることがわかる。例えば病院数は、人口3億2600万人の米国が2017年時点で6210(うち精神科病院620)に対し、1億2600万人の日本が19年7月時点で8316(同1054)だ。このように過剰な医療提供体制が長年維持されていることから、医療財源も過剰供給されている疑いがある。

     その証拠の一つとして、自治体が設置者である公立病院919に毎年約8千億円の補助金が投入されている。総務省は、このうち地方公営企業法が適用される783病院の詳細な財務データを毎年公表している。多額の補助金にもかかわらず、783病院全体で17年度の経常損益は812億円の赤字、累積欠損金も1兆8399億円に達する。

     公立病院と同等の政策医療を実践することを条件に非課税優遇を受ける社会医療法人は毎年、全体で黒字だ。従って公立病院の赤字構造の原因は政策医療以外にあると考えるべきだ。

     医療財源の大部分を占める診療報酬に対しては医療界から常に引き上げ要求がある。診療報酬が低すぎることが地域医療崩壊の原因という主張も聞かれる。

     8316病院のうち、医療法人が経営するものが5734を占める。公立病院が補助金で高額医療機器購入や過大な病院建設をすることに対抗し、医療法人経営病院も過剰投資をしている。従って「診療報酬も過剰投資を支えている」という仮説が成り立つように思われるが、これまで医療法人全体の財務構造を示すデータは作成されていない。

     診療報酬改定の参考にするため2年ごとに実施される医療経済実態調査は、人件費や材料費など詳細データを集計するが、アンケート調査であり医療法人のサンプル数も少ない。医療法人が政府の任意調査への協力に消極的なことを反映している。また同調査は集計結果を1施設当たり平均値で開示するため、医療法人間の格差など民間医療機関の実態がわからない。


    ◇   ◇

     そこで筆者は北海道、群馬、京都、兵庫、奈良、鳥取、高知の7道府県から所轄する全医療法人の17年度決算届を入手した。経常利益率と総資産に対する純資産割合などを集計し、医療法人の財務構造にどんな特徴があるかを観察した。その結果、診療報酬も過剰投資を支えるレベルにあることが確認された。

    Figure1-1202Matsuyama.jpg

     表のように医療法人を主たる医療施設で、一般病院、精神科病院、一般診療所、歯科診療所の4つに分類した。なお、(1)一般病院には精神病床を持たないが、一般診療所、歯科診療所、老人保健施設(老健)などを兼営する医療法人、(2)精神科病院には一般病院、一般診療所、歯科診療所、老健などを兼営する医療法人、(3)一般診療所には歯科診療所、老健などを兼営する医療法人、をそれぞれ含む。

     一般病院の平均経常利益率は2.3%と高くない。だが4分の1の法人が経常利益率5%以上だ。複数の病院、老健、訪問看護ステーションなども兼営する大規模法人は経営が安定しており格差が小さい。機能の異なる施設群により地域住民のニーズを包括的にとらえている成果とみられる。

     一方、中小規模法人は格差が大きい。中小病院1施設の経営では医療ニーズとの当たり外れが大きくなるためだと思われる。赤字病院は、地域住民のニーズとのミスマッチを縮小する経営判断ができていない。

     精神科病院を経営する医療法人の平均経常利益率は4.6%と一般病院の2倍で、毎期10%超の法人もある。総資産に対する純資産の割合も61.4%と、一般病院の35.7%を大きく上回る。なお、第22回医療経済実態調査によれば、民間精神科病院の医業収益に対する総損益差額の割合(経常利益率に相当)は、17年度が2.7%、18年度が3.1%にとどまる。高利益率の精神科病院が回答していないためと推察される。

     一般診療所の平均経常利益率は4.0%だが、その利益率格差は病院以上に大きい。集計した4419法人のうち3分の1が赤字なのに対し、801法人が10%以上で、うち54法人が30%以上だ。その中のトップは、在宅ケアに注力した診療所(売上高1億円、経常利益率59.4%)だ。

     さらに注目すべき点は、法人登録時期が新しいほど経常利益率が高いことだ。医療法人には所轄庁に登録した順に番号が付される。そこで都道府県ごとに一般診療所を法人番号順に並べて4等分し、平均経常利益率を計算したところ、第1期が2.1%、第2期が2.9%、第3期が3.8%、第4期が7.2%だった。

     新しいほど高利益率の理由として、(1)患者は最新医療技術に基づく治療を提供できる新設法人に集まる傾向にある、(2)古い法人は経営がマンネリ化して努力不足、(3)将来の閉院に備えて過去の利益の蓄積である剰余金を給与の形で取り崩している、ことが考えられる。

     剰余金を給与化している証拠として、売上高ゼロで費用のみ計上している法人の存在がある。ちなみに一般診療所4419法人のうち、純資産割合が90%以上の法人が24%ある。医療団体は医療法第54条の「剰余金配当の禁止」をもって医療法人の非営利を主張するが、給与なら自由に取り崩せるから同条は全くの空文といえる。

     歯科診療所も利益率格差が大きい。また法人登録時期により4等分した平均経常利益率でも、第1期が3.0%、第2期が2.1%、第3期が3.1%、第4期が5.9%と、相対的に新しい法人である第4期が顕著に高い。その理由も一般診療所と同じだ。


    ◇   ◇

     医師の長時間労働解消を目的とした働き方改革や情報通信技術(ICT)活用推進は喫緊の課題であり、追加財源が必要だ。しかし過剰投資を支える財源が投入されているのだから、過剰投資にメスを入れる改革を進めれば、公費の追加投入は必要ないはずだ。

     その具体策として厚生労働省が地域医療構想で公立・公的424病院を指名し再編統合を促したところ、全国知事会、全国市長会や病院長らから猛反発を受けた。彼らは単独病院経営から地域医療全体最適経営の発想に転換できていない。

     医療改革により財源と提供体制のガバナンス(統治)の権限と責任が知事に集約された。知事は、所轄する全医療法人の財務諸表を集計分析して、公立・公的病院も合わせた財源の流れの妥当性を検証すべきだ。加えて、決算届を現在の簡易版財務諸表ではなく人件費などの費目を示すものに標準化すれば、診療報酬改定の根拠が明確になる。

     厚労省が次になすべきは医師不足病院がバラバラに意思決定する体制よりも、基幹病院の下に高機能外来施設群や在宅ケアのネットワーク構築、人工知能(AI)問診などデジタルヘルスを駆使した仕組みの方が医療アクセスで優れていることを国民に示すことだ。この仕組みを実現する財源は、プラス改定をやめて地域医療介護総合確保基金を拡充することで賄える。