メディア掲載  外交・安全保障  2019.11.28

ウクライナ疑惑、大統領選に向けた公開メディア戦争始まる

「日経ビジネス」 電子版 2019年11月21日掲載

 11月13日、米ワシントンでウクライナ疑惑をめぐる大規模な公開メディア戦争が始まった。下院情報委員会が従来の秘密会形式による大統領弾劾調査公聴会を公開形式に切り替え、ウィリアム・テーラー駐ウクライナ米国代理大使と国務省のジョージ・ケント元ウクライナ担当次官補代理がテレビカメラの前で長時間証言したのだ。2人は、米国の現職大統領が軍事援助供与と引き換えに自己の政敵に対する収賄捜査をウクライナ大統領に要請したと述べた。

 いつもの通り、トランプ氏はこの2人の職業外交官による強烈な反撃を無視しようとしている。単なるフェイクニュース、魔女狩り、もしくはトランプ政権を破壊しようとするディープステート(国家内国家、影の政府)からの攻撃などと切り捨てるのだろうが、もちろん米国メディアは黙っていない。CNNはこの公聴会を1日中報じていた。米大統領選は既に佳境に入りつつあると言ってもよいだろう。

 ところが、これに対する日本での関心はいまひとつ。14日付朝日新聞も、「米大統領選をめぐり、トランプ大統領がウクライナに介入を依頼したとされる『ウクライナ疑惑』に関し、弾劾調査を進める米下院情報委員会は13日、初めての公聴会を開いた」などと淡々と報じていた。さらに、国際情勢に関心の高い筆者の友人の中にも、米・ウクライナ両大統領の電話会談がなぜ「スキャンダル」になるのか、いぶかる向きが少なくなかった。

 しかし、今回のトランプ大統領の行為は「贈収賄」という大統領弾劾の要件の一つになりかねない大事件だ。日本に置き換えて分かりやすく説明する。仮に、日本がアフリカの某国に経済援助を実施するとしよう。そこに政治家や大臣が介入してキックバックを要求すれば、これは完全に賄賂だ。では、金銭でなく、「自分の親しい友人への特別の配慮」を求めたらどうか。もちろん、それも贈収賄だろう。これがウクライナ疑惑の本質である。

 ちなみに、ウクライナ疑惑を含む、米国内政外交の詳細については、米スティム・ソンセンターの東アジア共同部長で、キヤノングローバル戦略研究所の同僚でもある辰巳由紀主任研究員の「デュポン・サークル便り」が面白い。先週、2回目のコラムが掲載された。来年2020年に実施される大統領選挙に向け、米国の内政外交をワシントンから直接報告する彼女のコラムは今後とも一読に値すると思う。

トランプ政権の「終わりの始まり」か?

 ウクライナ事件を契機に、米議会民主党執行部はついに大統領弾劾プロセスという「禁断の一手」に着手した。しかし、これに対しては批判がないわけではない。大統領弾劾の試みはこれまで、民主共和両党ともに失敗を繰り返してきた。1974年のウオーターゲート事件によるリチャード・ニクソン大統領辞任を除けば、大統領弾劾手続きを政治闘争の手段として乱用するケースが増え、逆に有権者の反発を招いたからである。

 それでは今回はどうか。ウクライナ疑惑は大統領本人による権限乱用や贈収賄の可能性を秘めた大問題。民主党全国本部への侵入事件やホワイトハウス・インターン嬢との不適切行為などとは質的に異なるとの指摘も的外れではない。最新の「デュポン・サークル便り」では「今後の公開公聴会の内容によっては、もしかして、もしかすると2020年大統領選に(トランプ氏が)出馬できるかどうかが怪しくなるかもしれない」とある。実は筆者も同意見だ。

 今後、トランプ政権に対するテレビを通じた批判がボディーブローのように効いてくる可能性は十分ある。上院は共和党が多数を占めており、トランプ氏が弾劾裁判に現時点で敗れる可能性は低いが、来年改選を迎える共和党上院議員の一部に「トランプを担いでいては再選できない」という危機感が高まれば、トランプ氏が大統領選出馬を断念する可能性はゼロではなくなるかもしれない。

 他方、民主党内の状況は今も星雲状態のまま。大富豪の元ニューヨーク市長、マイケル・ブルームバーグ氏が出馬の事務手続きを進めるなど、民主党候補者の一本化が極めて難しそうな現状は変わらない。民主党が割れてトランプ氏が不戦勝となるか、それとも、その前にトランプ氏が出馬を断念するほど追い詰められるか。さらには、トランプ氏も民主党もコケてしまう大乱戦の中で、あっと驚くダークホースが登場するのか。やはり、大統領選はまだ始まったばかりである。