メディア掲載  国際交流  2019.11.26

成長率6%割れも静観、中国は改革推進を優先ー日本サイドの悲観バイアスに現地駐在員は辟易ー

JBpressに掲載(2019年11月19日付)
1.今後数年間は高度成長期の最終局面

 10月18日に中国の国家統計局が発表した第3四半期(7~9月)の実質GDP成長率は前年比+6.0%と、1992年の四半期データ公表開始以来最低の伸び率となった。

 通年ベースでは1978年の改革開放後に6%を割ったのは81年(同+5.1%)、89年(同+4.2%)、90年(同+3.9%)の3ヵ年のみである。

 しかも、89、90年は天安門事件の影響で、政治的要因から経済が停滞したという特殊事情があった。

 今年のGDP成長率は、第1四半期同+6.4%、第2四半期同+6.2%、第3四半期同+6.0%と期を追って低下傾向を辿ってきており、通年では同+6.1~6.2%に着地すると見られている(第4四半期は同+6.0%と前期と同じ伸び率を保つ見通し)。

 来年もこの減速傾向が続き、通年で同+5.8~6.0%との見方が多い。

 このように、中国経済は1978年以降40年以上続いた高度成長時代の最終局面にさしかかっており、今後も年々緩やかな減速傾向が続く見通しである。

 10月下旬の北京・上海出張時に、中国政府の経済政策関係者および民間エコノミストに長期的な見通しを聞いたところ、2021~25年の平均成長率は5.0~5.5%、2020年代後半に成長率は3~5%の間で推移するというイメージでほぼ一致していた。

 すなわち、中国経済は2020年代後半になれば、成長率が5%を割り、安定成長期へと移行する見通しである。高度成長時代はあと数年で終焉を迎える。


2.GDP成長率6.0%割れでも冷静な対応

 以上のような、中国経済の長期的な減速傾向は、すでに中国政府のマクロ経済政策関係者および民間エコノミスト等の間で共通認識となっている。

 10月18日に6.0%という成長率が公表された時もサプライズはなかった。

 公表直後に北京や上海で多くの政府関係者や民間エコノミストに会って受け止め方を尋ねたが、全員が予想通りまたは予想に比べて若干強かったという印象を話してくれた。

 それは7月および8月の経済指標が予想以上に弱かったため、9月も同じような弱い数字になれば、第3四半期全体では6%に到達せず、5.9%に着地する可能性を予想していたからだった。

 このため、彼らの中には、GDP成長率が6.0%に達したこと、およびその他の経済指標が9月に入って若干回復傾向を示したことで安心したという受け止め方をしている見方が少なくなかった。


3.景気刺激より改革推進を重視

 GDP公表当日の上海株式市場は、経済指標の公表直後に株価が上昇した。それは、中国政府が何らかの追加的な景気テコ入れ政策を実施するという期待からだった。

 しかし、中国政府はそうした素振りをみせなかった。市場関係者もそれに気づいたのか、当日の内に株価は前日を下回る水準にまで低下した。

 実は、政府の経済政策関係者および民間エコノミストの間では、中国政府が景気刺激に動こうとしないのはすでに分かり切っていたことだった。

 本年初時点の成長率予想の下方修正が必要なことは7月時点で明らかになっていた。それでも中国政府は追加的な景気刺激策を実施する姿勢を示さなかった。

 年初には中国内で米中貿易摩擦の鎮静化は時間の問題と考えられていたことから、今年の成長率は通年で6.2~6.3%、上半期が6.1~6.2%、下半期は6.3~6.4%と尻上がりの楽観的な見通しを描いていた。

 来年も同じような成長率が続いて、2020年の実質GDPを2010年の2倍にするという国家目標の達成はほぼ確実と見られていた。

 ところが、本年5月以降、米中貿易摩擦が予想以上に激化し、加えて、自動車販売の回復が予想外に鈍かったことなどから景況感が悪化した。

 7月時点では、今年の成長率が6.1~6.2%、来年は6.0%前後へと見通しが下方修正された。

 この見通しどおりに推移すれば、2020年に実質GDP倍増を達成するという国家目標が実現不可能であることはほぼ明らかになった。

 以前の中国政府であれば、この時点で確実に追加的な景気刺激策を実施し、目標達成のために動くのが当然だった。

 しかし、今の中国政府は違っていた。経済見通しが下方修正され、目標達成不可能の状況が分かったにもかかわらず、景気テコ入れに動こうとしなかった。これには筆者も驚いた。

 7月下旬の出張時に北京と上海で何人もの信頼できる政府関係者や民間エコノミストにこの点を確認したが、政府は動かないとの見方でほぼ全員が一致していた。

 その最大の理由は、2017年秋の第19回党大会において、中国の経済政策運営方針の抜本的見直しが決定され、従来の量的拡大重視から質の向上重視へと転換されたことだった。

 経済の質向上のために必要な政策は、金融リスク防止(地方債務削減のための地方財政改革、バブル経済防止のためのシャドーバンキング・ネット金融の管理強化)、貧富の格差縮小、環境改善といった3大改革政策である。

 これらの改革推進はインフラ建設投資、民間設備投資、企業収益などにマイナスの影響を与えるのは明らかであり、事実18年後半以降の景気減速はこの改革推進の副作用によるものだった。

 中国政府はそれを覚悟のうえで改革に取り組んできたのである。

 したがって、本年7月に、実質GDP倍増目標の未達が明らかになっても、基本方針は揺らがなかった。ある政府高官は筆者に対してこう解説してくれた。

「第19回党大会において習近平主席は、中国は高度成長を目指す時代から質向上を目指す新時代へ移行すると述べた」

「それ以後、中国政府は成長率達成の目標に固執する必要がなくなり、環境改善、製品・サービスの品質向上など、経済社会の質を向上させるための改革推進を重視する時代に移行した」

 さらにその高官は次の点も付け加えた。

「以前は社会安定のために雇用機会の確保が重視され、そのために成長率目標の達成が重要だった」

「しかし、今は生活が豊かになるとともに質の向上が重要になる一方、少子高齢化が進み始め、人手不足の方が深刻な問題となっている」

「こうした経済社会の構造変化を背景に、雇用確保のための景気対策の重要性が低下した。これも中国政府が成長目標に固執しなくなった要因である」


4.悲観バイアスに現地駐在員辟易

 中国現地駐在が長い日本企業幹部の多くは、以上のような中国経済の実態や中国国内の受け止め方を概ね理解しているため、今回のGDP6.0%の発表も冷静に受け止めた。

 それに加えて、足許の景気減速の顕著な現象としては、米中摩擦の影響を直接受ける一部の加工貿易型企業の工場労働者の失業(サービス産業へのシフト)、あるいは地方の中所得層を中心とする自動車購入意欲の低下などである。

 一方、上海、広州など沿海部大都市では、サービス産業の好調や高級車販売の堅調などもあって、景気減速の影響があまり感じられていない。

 このため、そうした大都市に駐在する日本企業幹部の景気実感は年初からほとんど変わっていないとの声を耳にした。

 そうした状況下、日中関係の改善や中国政府の企業誘致姿勢の積極化を背景に、中国ビジネス拡大の大きなチャンスが到来しているととらえている日本企業幹部も多い。

 しかし、日本のメディア報道は、相変わらず中国経済について悲観的なバイアス報道を続けている。

 10月18日のGDP公表当日も、中国経済の現状は極めて厳しい、深刻さを増す中国経済の減速、6%割れ目前で焦り、といったネガティブ面を強調した報道が目立った。

 多くの日本企業において、これらの報道を目にした日本の本社から、中国経済は大丈夫なのかといった質問が相次ぎ、中国現地サイドはその対応に追われた。

 中国経済のことを十分理解していれば、そのようなネガティブ情報に振り回されることはないが、本社の多くの経営幹部層は依然中国経済への理解が浅い。

 このため、ネガティブな報道を見るたびに、それを鵜呑みにして意味のない質問をぶつけてくる。

 そうした本社とのやり取りの繰り返しに、辟易としている中国現地の幹部層が多いのが実情である。

 悲しいかな、そうした本音も口に出せずに、本社幹部の誤解に基づく無意味な質問に答える雑務に追われる作業が今も繰り返されている。


5.高度成長はあと数年だが魅力は世界最高

 本気で中国市場を開拓している世界の一流企業の経営トップ層は日米欧の区別なく、しばしば中国に足を運び、自分の目で見て、タイムリーに重要な経営判断を自ら下している。

 彼らの共通認識は、「今後10~15年、グローバル市場を展望して、中国ほど魅力的な市場はどこにもない」ということである。

 その中国で、来年1月から外商投資法が施行される。この法律は米国トランプ政権からの外圧への対応策として取りまとめられた、外資企業にとってのビジネス環境改善を推進するための法制度である。

 これにより、知的財産権保護の強化、技術移転強要の禁止、政府によるルール変更が外資企業に影響する場合には事前の意見聴取を励行、本国への送金の自由の確保、内外企業の待遇格差の縮小など、外資企業にとってビジネス環境を大幅に改善する効果が期待できる内容となっている。

 これらのビジネス環境改善策は中国企業にとっても有益なものが多く含まれているが、以前は国内の抵抗勢力が強く実現できなかった。今回、米国の外圧を利用して国内改革を実行に移すことができた。

 実際に外商投資法が施行され、運用がどこまで徹底されるのかを確認しなければ、その本当の効果は見えてこない。欧米諸国の政府・企業の間では運用の実態に対する懐疑的な見方が強く、外商投資法施行によるビジネス環境改善への期待は小さい。

 しかし、中国政府関係者は、これによって大きく変わると説明している。

 昨年以降、国内経済改革推進を背景に景気減速が続く中、中国政府による外資企業誘致姿勢がこれまで以上に積極化していることに加え、最近の日中関係改善の追い風を考慮すれば、特に日本企業にとっては一定の効果が期待できると筆者は見ている。

 実際に中国政府がこの法制度をどう運用するか、1月以降の運用実態を注視していきたい。

 日本企業はその運用の実態に合わせて、新たな中国ビジネス展開を考える局面を迎えている。