メディア掲載  エネルギー・環境  2019.11.05

【人類世の地球環境】ラスベガスで地球環境問題を考える

株式会社 オーム社 技術総合誌・OHM 2019年10月号に掲載

 ラスベガスはカジノや有名タレントのショーなど、海外旅行客にもアメリカ人にも大人気の、オトナの遊園地だ。 グランドキャニオン等、周辺の景勝地巡りの拠点でもある。日本と同様、海外からの観光客は鰻登り。自撮り棒を使ったり、トリック写真を撮ったりして、大賑わいだ。きっとインスタにしたり、SNSで共有したりするのだろう。地元のガイドの話だと、デジタル技術のおかげで、観光客が増えた。本当に因果関係があるかは不明ながら、旅行客がやっていることを見ると、確かにデジタル技術に始終お世話になっている。

 それで思い出したのが、デジタル技術で省エネする、という話である。云わく、スマホはパソコンやテレビ等の多くの機器の機能を代替し省エネになるという。更に、スマホのお蔭で、タクシーが空車で走る時間が減り、かつ複数の客が乗り合うことで、省エネになるという。

 あるいは、4Kディスプレイと5G通信で会議をバーチャル化すれば省エネかもしれない。インターネット予約により、ホテルの空室率が下がり、これもエネルギー効率を改善するという。「デジタル技術で大幅な省エネが可能」というシナリオは、いま温暖化問題の研究者の間で大流行だ。

 デジタル技術がサービス提供やエネルギー利用の効率を高めるのは確かであろう。しかし、その分だけ、使い勝手が良くなって、ますます使うようになる。のみならず、新しい商品やサービスの需要を作り出し、エネルギー需要はじつは却って増加するかもしれない。これを、温暖化問題の研究者は「リバウンド効果」と呼ぶ。普通に言うリバウンドというと、体重の話で、減量を頑張った後で太ってしまうことを言うが、ここで言うリバウンド効果とは、省エネ技術が進むと、一見エネルギー消費が減るようでいて、実は、全体としてみると、エネルギー消費が減らない、ないしは却って増えてしまうことを言う。

 このラスベガスに立って居ると、デジタル技術の「リバウンド効果」を実感する。人々は、グランドキャニオンをドローンで空撮した4K映像を見て、旅行心を掻き立てられてやってくる。かつては海外旅行というと敷居が高かったが、いまはそうでもなくなった。ホテル予約は日本からネットでできる。マクドナルドで言葉が通じなくても、グーグル翻訳でなんとかなる。現地に着いたらもちろん自撮り・インスタ・SNSでエンジョイする。格安飛行機もネットでチケットを購入できる。格安の民泊もネットのおかげで増えた。道案内も、昔は英語が分からず大変だったけれど、今ではスマホがあるから安心だ。

 グランドキャニオンとその周辺を巡るとなると、相当なエネルギー消費だ。ラスベガス出発の3日ツアーでは2000キロメートルを車で走破する。1週間ツアーならもっと長い。もちろん、日本から行くにはまずラスベガスまで12時間も飛行機に乗らねばならないし、米国民も、みな飛行機で何時間もかけてやってくる。

 そしてもちろん、ラスベガスは、周辺の観光だけでなく、それ自体がカジノありショーありの巨大なオトナの遊園地である。ホテルのロビーに行くと、スロットマシン等のゲーム機が所狭しと置いてある。旅行者は、ギャンブルをするように巧みに誘導される。まずロビーをまっすぐ歩いていけない。ぐるぐるとゲーム機の周りを歩かないと部屋にも買い物にも行けない。腰掛ける場所がスロットマシンしかないので座る度に誘惑される。外は砂漠気候で40度の猛暑だが、ロビーはエアコンがきつく効いていて快適だ。部屋には窓がなく、一日中やや暗く保ってある。時計も何処にも置いてないので、客は時間を忘れて朝まで没頭できる。というより、昼頃になっても、まだ中毒患者のようにスロットマシンをカタカタ回している人が沢山いる。更に、気分がハイになる様に、アップテンポな音楽がかかるのみならず、酸素が室内に噴霧されている。託児施設も完備してあるが、そこにも無料のスロットマシンがあり、未来は立派なギャンブラーになるよう計画されている。

 これまた最近はやりの「ナッジ」という話を思い出した。温暖化問題でナッジというと、人々が省エネ行動をとるように促す仕掛けを言う。例えばエネルギー消費量を見える化し省エネを促がすとか、デフォルトでの温度設定を高めにしてエアコンの消費電力を下げるというもの。これでどの程度省エネが出来るか、日本でも実証事業がなされている。

 だがこれを尻目に、このラスベガスという仕掛けは、実に巧みに莫大なエネルギー消費を生み出しており、止む兆しもない。今後、デジタル技術は一層発達し、世界中から、ますます人が押し掛けるだろう。人は豊かになると、環境意識も高まるが、その一方で、海外に出かけ、お金もエネルギーも消費する。この総計で、環境影響は、増えるか、減るか?