メディア掲載  エネルギー・環境  2019.09.05

【人類世の地球環境】遺伝子工学が地球環境問題を解決する

株式会社 オーム社 技術総合誌・OHM 2019年8月号に掲載

 スーパーで、豆腐のパッケージを見ると「遺伝子組み換え作物は使用しておりません」と書いてある。これだと、まるで遺伝子組み換え作物は悪者みたいだ。あまりにも長い間ネガティブキャンベーンを聞かされて、実際にそう思ってしまっている人が多いのだろうか。

 実際のところはどうか。遺伝子組み換え作物は、世界中で20年以上にわたり栽培されてきたけれども、人間に有害だった例はまったくない。今や世界の耕地面積の13%(=日本の面積の約5倍)で遺伝子組み換え作物が栽培されている。世界の大豆の8割は遺伝子組み換え作物だ。

 遺伝子組み換えというのは、人間がこれまでにやってきた品種改良を、精度良く、素早く、実施するものだ。トマトの原生種は、豆粒のように小さくて、まずい。今栽培されている大きくて甘いトマトは、原生種を交配させ、美味しいものをその中から選抜して、ということを繰り返して作ってきたものだ。

 交配させるということは、遺伝子をことごとく、しかもランダムに組み替えるということと一緒だ。そこからは、何ができるか分からない。これに対して、遺伝子組み換えよりさらに一歩進んだ現代の遺伝子編集技術では、性質を変えたい遺伝子だけを狙って、そこを書き換えることができる。昔ながらの交配の繰り返しに比べると、ずっとスマートで危険の少ないやり方で品種改良できるわけだ。

 伝統的な交配による品種改良は、世界中で農業生産性を高めた。第二次世界大戦の後、ほとんどの国で単収(=単位面積当たりの穀物収量)は倍増した。これは「緑の革命」と呼ばれる。これで世界中の人々が食料にありついた。のみならず、もしこの緑の革命がなければ、広大な面積において森林や草地が開墾され、生態系は大規模に破壊されていただろう。

 遺伝子工学による品種改良も、すでに地球環境を改善している。まずは単収の増大によって生態系の保全に寄与した。のみならず、病気や害虫に耐性があるトウモロコシや大豆が開発されて農薬の投入量は減少した。これも生態系にとって望ましい。

 だが、実は遺伝子工学の本領発揮はこれからだ。単収増加、病気・害虫への耐性に加えて、いくつもの試みがある。筆者のお気に入りを3つばかり紹介しよう。第1は栄養の強化で、ビタミンAを強化したゴールデンライスはすでに存在する。これは貧しい国の栄養失調を救う素晴らしい技術だけれども、反対運動のせいで普及が進まないという残念な状態にある。

 第2は傷みにくい作物。茶色に変色しないキノコが開発された。世界の温室効果ガス排出量の3割から5割は食料の供給に関わるものと推計されており、しかも食料の3分の1は廃棄されている。作物が傷みにくくなれば廃棄が減り、食料の生産量も、温室効果ガス排出量も少なくて済む。

 第3はおとなしいマグロ。マグロの養殖場では、マグロがパニックを起こして時速60キロで暴走し、水槽を壊すわ、ケガはするわ、悪くすると死んでしまうという惨事が起きる。そこで、パニックを起こさぬよう、おとなしいマグロが開発されている。

 これは、何か突飛なアイデアのようでいて、実はそうでもない。人間は、多くの動物を家畜にしてきたが、ちょうどそれと同じことをしているだけだ。人間はイヌを飼っているが、これはオオカミを品種改良したもので、もともとのオオカミはもちろんおとなしくなかった。ウマはおとなしく人に従っているが、これも人がそう改良したからだ。ちなみに、シマウマは揮猛過ぎて人に従うことはなく、そのため今でも家畜になっていない。マグロもウマ並みにおとなしくして、人間の家畜にしようということだ。

 他にも、サケの成長を倍速にする技術がすでに開発されている。窒素固定能力を付与して、窒素肥料の投入を不要にするという技術や、石油を代替できるような油を大量に生産する技術も研究されている。

 こういった技術を総動員することで、狭い面積で農薬・肥料の投入量を最小化しつつ、傷みにくく優れた栄養価のものを、短期間に生産できるようになる。農薬・肥料の生産には莫大なエネルギーが必要だが、それを節約できる。解放された土地は、バイオエネルギー生産をしても良いし、生態系保全のために保護区にしても良い。

 残念なことに、これまでのところ、温暖化対策に最も熱心な国や団体が、遺伝子工学に最も否定的だった。しかしこれは合理的ではない。

 遺伝子工学がどのように地球環境問題を解決するか。その地球規模での壮大なシナリオを描くことは、実はまだ誰もできていない。しかし、今こそそれが必要に思う。