戦時作戦統制権返還を前に国連軍司令部機能強化の動き
今月11日から、将来の韓国への戦時作戦統制権返還に備えた韓国軍の初期作戦運用能力(IOC: Initial Operating Capability)を検証するため、コンピューターを使った机上演習を中心とした「米韓連合指揮所訓練[1]」が始まった。今年の6月には米韓両国防長官が、新しく創設される未来連合司令部(Future Combined Forces Command)において、韓国軍大将が指揮をとることで正式に決定した。[2] 返還までに韓国軍が指揮権を行使できる能力を備えているかどうか、今回を含む計3回の検証段階を経ることになっている。2022年までの戦時作戦統制権返還へ向けた動きは表向き順調である。
戦時作戦統制権返還へのプロセスが進む一方で、昨年6月の拙稿[3]でも紹介した国連軍司令部機能強化の動きがより鮮明になってきている。昨年7月に、同司令部が1950年に創設されて以来、68年の歴史で初の米軍以外の国連軍副司令官に任命されたカナダ陸軍のエア中将が、先月27日にオーストラリア海軍のメイヤー中将に交代した。これで2代続けて国連軍副司令官に米軍以外の他国軍から将官が任命されたことになる。
元来、国連軍以外に在韓米軍と米韓連合軍の3つの司令官職を兼務する国連軍司令官は、担当する職務があまりに多いために、平時における国連軍司令官としての役割は副司令官が総括する。この1年間、ブルックス前司令官、エイブラムス司令官が国連軍司令官の立場としてはあまり公の場に出なかったのとは対照的に、エア前副司令官は国連軍に関する広報活動で先頭に立ち、昨年10月24日の「国連の日」前日にはプレス・リリースを発表し、「国連司令部の最近の南北、そして国連参戦国を含む国際社会との交流は、外交対話を進展させ、領内の平和維持を支援する国連司令部の役割を強化した」と強調した [4] 。 また、今年2月には朝鮮日報のインタビューに応じ、「終戦宣言後も国連軍司令部は維持され、勤務要員は2倍から3倍に増える」ことを明らかにした[5] 。南北融和ムードや米朝首脳会談への期待から朝鮮戦争の終戦宣言締結が噂された中、このようにエア前副司令官は一貫して同司令部の存在意義を説いてきた。同副司令官以外にも、昨年8月には、マーク・ジレット米陸軍少将が国連軍司令部参謀長に在韓米軍の役職を兼務することなく専属で任命されるなど、異例とも言える国連軍司令部の人事の動きが目立っている。
今年5月にはアメリカ側が韓国側に通知することなく、既存の国連軍戦力提供国の資格要件を緩和し、ドイツ軍連絡将校を国連軍司令部に派遣しようと試みていたことがわかり、韓国政府がそれを拒否したとされる [6]。 さらには、アメリカが米韓連合司令部を通じて、平時に99ある司令部要員ポストの中で、少なくとも20を韓国軍将校が担うよう韓国国防部に対して要請した。この要請に対して、韓国国防部側は「検討中」とだけ回答している状態とされる [7]。
このような国連軍司令部機能の拡充は、それに伴う要員の増員だけに留まらない。エイブラムス司令官は鄭景斗(チョン・ギョンドゥ)国防部長官との面会に際し、首都ソウルの国防部敷地内にある米韓連合軍司令部(CFC: Combined Forces Command)を、国連軍司令部と在韓米軍司令部がある平澤基地への移転を要請しており、これは今年6月の米韓国防長官会談で正式に決まった[8]。これで将来的に三つの司令部すべてがソウル南方の平澤基地に集約され、有事における米・韓・国連軍間の意思疎通が容易になることを期待されている。
韓国政府はこうした一連の米軍を中心とする国連軍司令部強化の動きに対して、将来自国に戦時作戦統制権が返還されたとしても、未来連合司令部司令官の韓国軍大将が指揮する直轄在韓米軍部隊は限定されるのではないか、あるいは、戦闘の拡大によって必要となる米軍の戦力増員要請を副司令官である米軍将官に懇願する形になるのではないかと疑心暗鬼になっている。文在寅政権にとっては、長年の宿願である戦時作戦統制権返還による新たな米韓連合軍の指揮構造が骨抜きになり、国連軍司令部を通じて米軍に主導権を取られるのだけは避けたいところだろう[9]。
さらに、韓国側は国連軍の運用に日本が関わることを懸念している。具体的には、国連軍司令部に自衛隊の要員が入ることで、平時から自衛隊が同司令部に関与し、将来の朝鮮半島有事における軍事作戦に日本が参加できる契機となることを警戒している[10]。 在韓米軍が毎年発表している「Strategic Digest」と呼ばれる公開資料の2019年韓国語版(5月発表)に、「国連軍司令部は危機時必要な日本との支援および戦力協力を継続します」との記述が掲載された[11]。初めて登場した「日本との支援および戦力協力」という言葉に、韓国では「日本が戦力提供国になるのではないか」という憶測を呼んだが、どうやら真相は英語版の誤訳が原因のようである [12][13]。
今のところ、筆者が韓国の専門家らに聞く限りにおいて、将来の米韓両軍の指揮体制で最も可能性があると考えられている形は、国連軍司令官と在韓米軍司令官を4スター(四つ星階級章将官、大将級)の米軍大将が兼務し、米韓未来連合司令部司令官を4スターの韓国軍大将、そして副司令官を米軍の3スター(三ツ星階級章将官、中将級)が務めるというものである。これによって、未来連合司令部を韓国軍大将が指揮するという米韓間の政治的約束は果たされ、文在寅大統領の国民に対する政権公約も達成される。しかしながら、実際の有事においては、国連軍司令官が国連軍に参加する多国籍軍を指揮しつつ、兼務している在韓米軍司令官として、インド太平洋軍司令官に対して戦力派遣要請を行うことによって、実質的に戦時における主導権は米軍が握るという形が有力だ。
いずれにしても、韓国への戦時作戦統制権返還問題と国連軍司令部の機能強化は、単に米韓同盟の問題だけでないことは確かだ。対中抑止の観点から、米軍主導で国連軍司令部という枠組みを最大限に活用して、新たな多国籍軍の枠組みが作られつつある。さらに、将来想定される戦争が、朝鮮戦争(1950年~53年)とは根本的に異なるマルチ・ドメイン領域での戦いへと急激な変化が生じていることで、米軍の前方プレゼンス全体に質的変化が生じている。例えば、在日米軍横田基地に新しい航空宇宙作戦センター(AOC:Air and Space Operations Center)が創設され、「戦時に一定の条件下で作戦統制権が在日米空軍に付与される」との報道が出た。[14]我が国はより一層不透明になる地域情勢に対して、米軍の動きと連動してより機動的に対応できる防衛態勢の構築に迫られている。
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