メディア掲載  グローバルエコノミー  2019.08.29

JAがコメの先物取引に反対するわけ~試験上場、4度目の延長。減反廃止なくして先物取引なし~

論座 に掲載(2019年8月15日付)

 8月7日、コメの先物取引についての4度目の試験上場延長が認められたと報じられた。2年前の3度目の延長認可の際に、私はこれについての分析記事を書いた(「『コメの自由市場を認めない人たち』)。政策的には地味な問題だが、コメ農政を象徴しているようなイシューなので、角度を変えながら、再び論じることとしたい。


農産物と工業製品の需給調整の違い

 いわゆるJA農協、農林水産省、農林族議員という農政トライアングルの中心にいるJA農協が、コメの先物取引に反対する表向きの理由は「主食であるコメが投機の対象となり、米価が不安定となる」というものである。

 しかし、まさに価格が不安定となりやすい一次産品であるがこそ、先物取引が必要なのである。

 工業製品の場合には、需給調整は基本的には数量(在庫の増減)で行われる。需要が減少すると価格を下げるのではなく、在庫を増やすことで対応する。逆に需要が増加すると、在庫は取り崩される。価格は一定で変動しない。これに着目して当時としては画期的な経済学を構築したのが、ジョン・メイナード・ケインズである。

 これに対して、農産物などの一次産品では、需給調整は基本的には価格で行われる。需要が増えたり、供給が減少したりして、需給がひっ迫すると価格は上昇する。逆の場合には、価格は低下する。ケインズ以前の伝統的な経済学は、このような経済を対象に考えていた。

 つまり農産物では需給を反映して価格が上下に変動することは当然なのである。野菜も、天候不順で供給が減少すると価格は上がる。逆に、豊作だと価格は下がる。市場経済の下では、コメも同じである。


一次産品で先物取引が行われるのはなぜか?

 もちろん、価格が下がると、生産者にとっては都合が悪い。テレビについては、その値段が半分になれば購入量を倍に増やすかもしれない。このとき、企業からすれば、価格に供給量を掛けた売上高は変わらない。

 しかし、食料品の場合には、胃袋が一定なので、価格が半分になったからと言って倍の量を食べるわけにはいかない。価格半減でも、わずかな供給量の増加しか市場は吸収できない。逆に言うと、農産物=食料品については、わずかの供給量の増加を処理するためには市場価格が大幅に低下しなければならないという特徴がある。これを経済学では、食料品の需要は非弾力的だという。

 わずかの供給量の増加で価格が大きく下がれば、売上高は減少する。これが"豊作貧乏"と言われる現象である。

 これを回避するために作られたものこそ、先物取引なのである。

 先物取引とは、商品を将来の時点である価格で売買することを、現時点で約束する取引のことである。生産者にとって、価格が変動するというリスクを回避し、経営を安定させるための手段である。これは、リスクヘッジと言われる行動である。

 具体的に言うと、作付け前に、1俵(60キログラム)1万5千円で売る先物契約をすれば、豊作や消費の減少で出来秋の価格が1万円となっても、1万5千円の収入を得ることができる。豊作で生産量が増えていれば、先物取引に参加しない生産者に比べ、売上高は逆に増加する。


投機的だから先物取引を廃止すべき?

 今や先物取引は、農産物だけでなく金、原油、通貨、指数まで広範な商品について認められている。我々が国際的な穀物相場としているのは、シカゴ商品取引所(Chicago Board of Trade)の先物価格である。価格が変動する農産物などの一次産品では、先物取引が当たり前なのである。

 今では、コメの国民生活に占める位置は低下している。原油や通貨の方がはるかに重要である。投機的だから認められないというJA農協の主張が正しいのであれば、原油や通貨の先物取引は即刻廃止すべきだろう。

 シカゴの先物価格は、市場全体の需給を反映して動いている。これがなくなれば、世界の穀物生産者は、何を目安に生産を増やしたり減らしたりすればよいのだろうか?

 先物価格が上昇すれば、生産者は穀物の生産を増やそうとするので、将来実現する現物価格は低下する。これは市場を安定させるという効果を持つ。アメリカで、投機的なのでシカゴ商品取引所を廃止すべきだという主張をしようものなら、その人は知性を疑われるだろう。亡くなった竹村健一さん風にいうと、「JA農協の常識は世界の非常識」ということになろう。

 しかも、JA農協の主張は日本の常識ですらない。

 世界で初めての先物市場は、江戸時代の1730年に開設された大阪堂島のコメ市場である。先物取引を発明したのは日本人である。当時、コメは農業の中心というより、経済の中心だった。コメは貨幣に代わる役割を果たしていた。大名の収入も年貢米だったし、侍の給料もコメで支払われていた。「コメを投機の対象とするな」と言うが、現在と比較にならないほど、コメが日本人の主食としての重要性を持っていた時代ですら、200年の長きにわたりコメの先物市場は日本経済の中心として活動していた。

 堂島市場が閉鎖されたのは、1939年、戦時経済の中で食料不足が起こり、政府が直接コメ市場を統制するようになったからである。

 今我々は統制経済下にいるのだろうか?JA農協の主張には何らの根拠もない。しかし、JA農協の反対により、日本人が発明した世界遺産として登録されてもおかしくないコメの堂島先物市場は試験上場にとどまり、本上場にはならない。


JAが先物取引に反対するのはなぜか?

 JAの本当の狙いは、米価の高値安定・維持である。

 減反政策は豊作貧乏とは逆の事態を実現しようとするものに他ならない。供給増加で米価が大きく下がるなら、反対に供給を減らせば米価を大きく上げることができる。生産の減少以上に米価が上がるので、売上高はかえって増加し、JAの販売手数料収入も増加する。

 JAが先物取引に反対する理由も、減反や相対取引を推進してきたのと同じく、米価を高く操作できなくなるからである。JA農協の意向を受けた自民党は、長年先物取引を農林水産省に認めさせようとはしなかった。

 2011年やっと試験上場が認められたのは、民主党に政権が移ったからである。

 JA農協の機関紙である日本農業新聞は、農家読者に対し、コメの生産量が増えて米価が下がることに強い懸念を発信し続けている。JAの意向を受けて、農林水産省も需要にあった生産を行うよう、つまり需要が減少傾向なので生産を減らすよう、都道府県以下の自治体など(これらを通じて生産者)を強く指導している。


減反廃止なくして先物取引なし

 こうした中でのコメの先物取引についての試験上場再延長の認可である。

 実は、今回大阪堂島商品取引所は現在の試験上場から進んで本上場を申請しようとしていたが、農林水産省に本上場に必要となる十分な取引量がないと指摘されたため、試験上場の申請に切り替えたのである。

 十分な取引量がないと本上場は認められない。しかし、コメ流通の4割を握っているJA農協は、先物取引をボイコットしている。それだけではない。より重要で根本的なことは、生産者が先物取引を必要とする前提を、農政トライアングルが潰していることである。

 何度も「論座」で主張してきたとおり、減反廃止は安倍内閣のフェイクニュースで、実際行われたのは、エサ用コメへの減反補助金増額という減反強化だった( 『もうやめて!「減反廃止」の"誤報"』 )。国から都道府県への生産目標数量の配分は廃止されたが、農林水産省は、コメ生産を減少するよう、都道府県への指導をむしろ強化している。米価は一切下げないという政策対応である。

 つまり、コメは農産物なのに、工業製品のように、需給調整を価格ではなく数量で行っているのである。その手段として使われているのが、手厚い補助金と強力な国からの指導による減反政策である。

 日本農業に占めるコメの割合は2割を切ってしまった。コメを他の品目と異なる扱いにする理由はない。それなのに、食管制度時代の公定価格でコメ農家の所得を保証するという政策から脱却できない。政府の減反政策で維持されている米価は、準公定価格と言ってよい。いまだに、コメは市場経済の下にはない。

 政府の介入がなければ、コメの価格も他の農産物と同様、変動する。このとき、生産者が先物取引を利用すれば、先に述べたように米価低落の影響を回避することができるので、減反政策や価格低落時のコメ買入れなど国が米価維持のために支出している4千億円超の納税者負担(財政支出)は不要になる。先物取引は財政負担の軽減に貢献する。

 しかし、現物価格で手数料収入が決定されるJA農協は先物取引の利益を得られず、現物市場での米価低落の影響をまともに受けてしまう。先物取引は、生産者や納税者には利益があるが、JA農協にとっては好ましくない。生産者には先物取引という米価低落への対策・手段があるが、JA農協にはない。JA農協が現物市場での米価維持にこだわる理由がここにある。

 需給の変化によって価格が変動するというのが、農産物などの一次産品について先物取引が行われる前提だった。その前提を、コメについては農政トライアングルが潰しているのである。

 これでは生産者が先物取引を利用しようとするインセンティブは生まれない。価格が変動しないならリスクヘッジは不要となる。2年たっても本上場に必要な十分な取引量が集まるとは到底思えない。

 試験上場の5度目の延長はない。農政トライアングルが政策を変えない限り、本上場は実現できない。まさに"減反廃止なくして先物取引なし"だろう。