メディア掲載 グローバルエコノミー 2019.08.22
金融審議会が6月3日付けで発表した、市場ワーキング・グループの報告書、「高齢社会における資産形成・管理」が大きな論議を引き起こしている。この報告書の中心的論点の一つは、高齢者夫婦世帯の毎月の収入が支出に対して平均で約5万円不足しているという厚生労働省のデータをもとに、その状態で生活を30年間維持するためには総額で約2000万円の資産の取り崩しが必要になるという点であった。報告書は、このことを踏まえて、若い頃からの資産形成の必要性を強調している。
大筋で特に異を唱える余地のない内容であり、むしろこの報告書が問題となることに、日本の政治の病理がある。野党は2004年の年金改革法制定の際に政府がうたった「100年安心プラン」という文言を取り上げて、今回の報告書との齟齬を批判した。しかし、100年安心は制度の維持可能性に関するものであり、個々の国民の生活についてではなかった。
ただし、そのような誤解を国民に与える言い方をしてきた点で、責任は政府・与党にもある。しかも今回の報告書の発表以降の政府の対応はきわめて不適切なものであった。麻生太郎・金融担当大臣は、政府のスタンスと異なるので正式な報告書として受け取らないとした。安倍晋三・総理大臣も、党首討論で、この報告書の趣旨は、平均2500万円の金融資産があることを前提に、そこから月々5万円ずつ使用して生活していくということであり、報告書は誤解を生じさせたと述べた。
こうした対応は、現実に存在する問題に政治家が自ら目をつぶり、国民の目を逸らして、問題の解決を遠のかせる。金融審議会の報告書は客観的なデータをもとに問題の所在を明らかにした。これを出発点に年金と財政に関する国民的な議論を深化させることが政治の責任である。