メディア掲載  グローバルエコノミー  2019.08.07

ボリス・ジョンソンとは何者か?~ブレグジットの行方は?英国は合意なき離脱へ進むのか?~

論座 に掲載(2019年7月24日付)

 ボリス・ジョンソンがイギリスの首相に就任した。人気の高い政治家であることは事実であるが、私生活も含め何かと問題の多い人物である。

 私には、アメリカ大統領であるトランプとの共通点が多いように思われる。トランプの元顧問弁護士で懐刀だったマイケル・コーエンが米国連邦議会でトランプを人種差別主義者(a racist)、詐欺師(a con man)、ペテン師(a cheat)などと激しく非難したが、これはそのままボリス・ジョンソンに当てはまりそうだ。

 それなのにトランプ同様人気があるのは、彼も特定の聴衆が聞きたいことに訴えるポピュリストだからである。


ブレグジットの遠因を作った

 人々の関心を引くためには、間違ったことでも平気で書いたり話したりすることも似ている。むしろフェイクニュースという点では、ボリス・ジョンソンのほうがトランプよりも先輩格である。

 EU本部があるベルギー・ブラッセルで英紙デイリー・テレグラフ(保守系)の特派員だった1990年代前半、ボリス・ジョンソンはEUを中傷するフェイクニュースをロンドンに書き送っていた。

 当時のEUの担当者たちは、あまりに馬鹿げていて読者を喜ばせるだけの娯楽的な記事だと考え、これを否定しようともまともに相手にしようともしなかった。しかし、記事が正しいかどうかを判断する材料を持たない一般の人たちは、ボリス・ジョンソンの記事を信じてしまった。

 これがイギリスの保守派にEU懐疑派を誕生させ、今回のブレグジットのきっかけになった。

 さらに、ドロール欧州委員会委員長が欧州委員会やECの権限を強化してヨーロッパを支配しようと企んでいるという彼の記事は、EC(欧州共同体)からEU(欧州連合)へヨーロッパ統合を深化させようとするマーストリヒト条約の批准をデンマークが国民投票で否決する大きな要因となったと言われている。

 ただし、一つだけ違うように思うのは、トランプは気まぐれで予想がつかないように思われるが、移民や貿易問題などについて基本的な主義・主張は一貫しているのに対し、ボリス・ジョンソンの場合には、情勢が変化すると基本的な主張まで変えてしまいそうな感じがすることである。彼はイギリス・ファーストではなく自分ファーストだという批判がある。

 7月23日のNHKニュースで、イギリスの識者が「ボリス・ジョンソンは今のところ絶対に10月31日に離脱するのだと言っているが、期限が迫ると離脱延期を言い出すだろう」と述べていることは、彼の強いポピュリスト的な性格を言い当てている。


ブレグジットはどうなる?

 では、ボリス・ジョンソン首相の下でブレグジットはどうなるのだろうか?

 結論から言うと、合意なき離脱の可能性が高まったということである。あるいは、それ以外の道はほとんどなくなったと言ってよいのかもしれない。

 ブレグジットがなぜ迷路のようになってしまったかというと、EUから離脱して国境管理を厳しくすることと、北アイルランド問題の再燃防止のために国境管理を行わないこととは、そもそも両立しない課題だったからである。

 メイ前首相とEUの間の合意案では、ブレクジットを犠牲にして北アイルランド問題の再発防止を優先した。今のままのEUの関税同盟や単一市場にとどまることにしたのである。このため、ブレクジットを主張してきた与党保守党の人たちは、この案に猛然と反対した。再度説明しよう。

 離脱後にイギリスとEUが自由貿易協定を結べば、関税がなくなるので、国境管理が必要でなくなるように思われるかもしれない。しかし、そうではない。

 EUは域外の国に対して関税をかけて域内の産業を保護している。しかし、イギリスがアメリカと自由貿易協定を結んでアメリカから来る小麦の関税をゼロにすると、イギリスはEUとも関税なしの自由貿易協定を結んでいるので、アメリカ産の小麦が関税なしでイギリスに入り、その後また関税なしでEUに入ってしまう。

 これではEUの小麦農家を保護できないので、EUはイギリスから来る小麦はイギリス産のものでないと関税なしでの輸入は認められないとする。これが原産地証明と言われるもので、イギリス産かどうかをチェックするためには、国境管理が必要となる。

 つまり、イギリスとEUが自由貿易協定を結んで関税をなくしても、国境管理が要る。

 これはイギリスが外国にかける関税とEUが域外の国にかける関税が違うために、起こる問題である。もし、イギリスがアメリカなどのEU以外の国に対してもEUと同じ関税をかけるようにする関税同盟なら、この問題は解決できる。これは今と同じ姿である。

 しかし、関税はEUで決まられ、イギリスは決められないことになる。ブレクジットで関税自主権を回復しようとしたのに、イギリスは関税自主権を取り戻すことはできなくなった。また、イギリスはEU以外のアメリカや日本などの国と関税を下げて自由貿易協定を結ぶということはできなくなった。これがEU離脱派の怒りを買った。

 さらに、EU域内の基準や規制を統一する単一市場の問題もある。

 離脱後のイギリスからEU域内のアイルランドに入る物品について、その規格や基準がEUの規則にあっているかどうかの審査が国境で必要である。これをなくすためには、イギリスもEUと同じような規則を採用しなければならない。

 しかし、離脱後は、自分たちはEUの外に出てしまうので、これまでのようにEUに代表を送ってEUの規則を決定することができなくなるのに、それを守らなければならないことになる。これもブレクジットで主権の回復をするはずだったのに、むしろ今よりも主権が制限され、逆のことになってしまったと、EU離脱派の怒りを買った。(詳細は「ブレクジットを理解したいあなたへ」(2018年11月28日付)を参照されたい)

 EU離脱派の主張を入れるのであれば、関税同盟からも単一市場からも離脱しなければならない。そのためには、厳格な国境管理が必要となる。しかし、それを行うと北アイルランド問題が再燃するおそれがある。解がない問題だったのだ。


ボリス・ジョンソンがすがる道

 メイ前首相たちは「国境管理については検問所以外に技術的な解決によって自由な移動を維持できるようにする途もある」と主張した。しかし、将来的には可能かもしれないが、世界中でもそのような方法は採用されていないとEUに拒否された。国境管理は双方向なので、イギリスだけではなくEUも受け入れられるものでなければならない。

 実は、合意なき離脱回避のため、ボリス・ジョンソンが期待している唯一の方法は、EUがこれを認めることである。

 10月31日が近づくにつれ、合意なき離脱の恐怖を恐れるEUは譲歩せざるを得なくなるとボリス・ジョンソンは主張しているが、この瀬戸際政策(brinkmanship)には何の根拠もない。EUはメイ前首相と合意した協定の再交渉を明確に否定している。

 それどころか、EUは離脱時期の再延長すら認めない可能性がある。新しく欧州委員会委員長に就任したフォン・デア・ライアンは離脱再延長の可能性を示唆している。

 しかし、今回のEU首脳人事で顕著となったのは、イギリスに対して同情的な態度をとってきたドイツのメルケル首相の影響力の低下とこれに厳しい対応を示していたフランスのマクロン大統領の影響力の増大である。

 「ブレグジット 延期でどうなる?」(2019年4月26日付)で述べたように、前回の延期の際、最も反対したのはマクロンである。マクロンはトゥスク大統領の1年間の延長提案を10月31日までと半分に短縮させた。それをさらに延期させるとは思えない。


トランプとの関係

 その際、マクロンやボリス・ジョンソンとアメリカのトランプ大統領との関係も影響してくるだろう。

 トランプはEUと協調しようとしたメイ前首相に対して極めて厳しい対応をしてきたが、EU離脱強硬派のボリス・ジョンソンについては、自ら「イギリスのトランプだ(Britain Trump)」と呼ぶように、親密な態度をとっている。

 他方、トランプはアメリカに対して貿易黒字を持つEUに対して、同盟国とは思えないような対応をしてきた。EU統合をさらに進めようとするマクロンとトランプは相いれない。また、フランスに本社と置くエアバスとアメリカのボーイング社との競争をめぐり、現在EUとアメリカとの間でやられたらやり返す式の紛争が起こっている。

 EUを嫌うトランプはボリス・ジョンソンにEUから離脱しアメリカと自由貿易協定を結ぶよう要求するだろう。また、EU統合を推進したいマクロンもブレグジット問題に早く決着したいと望んでいる。離脱するなら早くしろという考えである。ボリス・ジョンソン自体EU離脱強硬派である。つまり、三者とも早期のブレグジットという点では、同じ方向を向いている。

 さらに、7月24日のBBC放送でBBCの記者も指摘し、アメリカの著名なシンクタンクCSISの研究者も合意しているように、ボリス・ジョンソンはトランプと親密なるがゆえに、トランプの要求を押し返せないだろう。


合意なき離脱しかない

 イギリス議会がいくら合意なき離脱回避に反対でも、議会にはEU残留派から離脱派まで異なる様々な意見がある。これら議会の関係者の多数を納得させることができる"合意ある離脱"は不可能である。

 これはメイ前首相の協定案を3度にわたり否決したことからも、議会内部の検討でもブレグジットに関する多くのオプションすべてに多数の賛成を得られなかったことからも明らかである。いくらEUと再交渉して別の協定案に合意したとしても、イギリス議会の多数の賛成は得られない。また、イギリス議会が離脱再延長を望んだとしても、EUに提案する権限はボリス・ジョンソンのイギリス政府にあって議会にはない。

 ボリス・ジョンソンが解散総選挙に打って出ることも指摘されているが、日本と異なりイギリスの法律では首相が勝手に解散総選挙することはできないし、そもそもイギリス議会がEUとメイ前首相が合意した協定を承認しない限り、10月31日に自動的に合意なき離脱となる。

 これはボリス・ジョンソンの望むところであり、彼は用意さえしておけば合意なき離脱は問題ないと主張している。紆余曲折はあったが、結局のところ合意なき離脱しかカードはないように思われる。