メディア掲載  国際交流  2019.07.26

日中改善と米中摩擦:最前線の中国市場は激変中~G20後にますます強まる追い風に乗る日本企業~

JBpressに掲載(2019年7月18日付)
1.日中首脳会談の充実した内容と絶好のビジネスチャンスの到来

 G20大阪サミット(6月28~29日)に出席するため日本を訪問した習近平国家主席と安倍晋三首相との間で日中首脳会談が行われ(6月27日)、多くの重要政策方針において合意が成立した。

 注目すべきポイントとしては以下の通りである(主な内容は外務省HPから抜粋)。

 第1に、日中関係が正常な軌道に戻り、新たな発展を得つつあることを確認するとともに、「日中新時代」を切り開いていくとの決意を共有したこと。

 第2に、来年春の習近平国家主席の国賓としての訪日を習主席が原則として受け入れたこと。

 第3に、東シナ海を「平和・協力・友好」の海とするとの目標を実現すること。また外交・安全保障分野の対話をさらに強化していくことで一致したこと。

 第4に、第三国市場、イノベーションおよび知的財産保護、食品・農産品を含む貿易・投資、金融・証券、医療・介護、省エネ・環境、観光交流など、潜在力のある分野における互恵的な実務協力を強化するとともに、自由で公正な貿易体制を発展させていくことで一致したこと。

 第5に、本年の「日中青少年交流推進年」を通じ、修学旅行の相互誘致を積極的に進めていくことで一致したこと。

 以上のように、外交、安全保障、経済、人的交流など多くの分野にわたる合意が成立し、日中関係の改善を全面的に推し進めていく内容となっている。

 特に、来年春の習近平主席訪日が9~10か月も前の時点で原則として合意された意義は大きい。

 日中間で首脳の公式訪問日程がこれほど事前に決定されたことは過去に例がないと言われている。

 これだけのリードタイムがあれば両国政府間で様々の政策協力や声明文を準備する時間が確保できるため、それらの内容が充実したものとなる期待が高まる。

 また、習近平主席訪日の時点までに中国の中央・地方政府の幹部が大きな成果を示そうと努力を重ねることが期待されることから、この期間に日中間の具体的な協力案件が一段と加速する可能性が高まる。

 特に来年の1月からは米国の外圧を受けて中国政府が制定した外商投資法が施行され、投資環境が大幅に改善することが予想されている。

 そうなれば習近平主席訪日までの準備期間中に積み重ねられる協力案件が1月以降、具体的な形で加速的に実現し始める。日本企業にとっては願ってもない絶好のビジネスチャンスの到来である。

 日本企業の積極的な展開とそれを強力にサポートする中国政府・企業による成果を両国政府とも強く期待している。


2.G20大阪サミットにおける習近平主席スピーチの意図

 習近平主席がG20大阪サミットにおけるスピーチの中で、対外開放を加速し、質の高い経済発展を目指すための経済政策運営の基本姿勢として、以下の5点を提示した。

 これは上述の外商投資法を中心とする経済改革の内容をG20の場において世界に向けて発信するものであり、中国政府として改革の確実な実施に取り組む姿勢を改めて強調した内容となっている。主なポイントは以下の通り。

 第1に、農業、鉱業、製造業、サービス業において市場開放をさらに推し進めること。

 第2に、自主的な関税引き下げ、非関税障壁の除去などにより輸入拡大を実施すること。

 第3に、2020年1月1日から施行する新たな外商投資法、権利侵害に対する賠償制度の強化、知的財産権保護レベルの向上などにより、ビジネス環境を持続的に改善すること。

 第4に、外資企業に対するネガティブリスト以外の規制の全面取り消しなどによる、内外企業の待遇平等化を全面的に実施すること。

 第5に、EU・中国投資協定交渉、日中韓自由貿易協定交渉などの経済貿易交渉を強力に推進すること。

 これらの点は主に米国が中国に対して強く求めていた知的財産権の保護強化、内外企業の待遇平等化、輸入拡大による対米貿易黒字の削減などの要求に応えるものである。

 このスピーチが米中首脳会談の前日に行われたことから見ても、トランプ大統領に配慮して中国政府の改革推進の強い決意を示すことが目的だったと理解される。

 これらの改革の大部分は劉鶴副総理が主導しているものであることから、習近平主席が劉鶴副総理の政策運営に対する強い支持を示したものと解釈することができる。

 中国国内には劉鶴副総理が進める改革に対して強い不満を持つ既得権益層が抵抗勢力として存在している。これらに対する牽制としての意味も含まれていると考えられる。


3.中国で強まる日本企業への追い風

 以上のように日中関係の改善に米国の外圧も加わって、日本企業の投資環境は改善傾向が続いており、すでに具体的な動きが明確に見られ始めている。

 日本企業の対中投資の中核産業である自動車産業において、2021年から実施される新たな新エネルギー車規制に関する法案の中で、新たに「超省エネ車」のカテゴリーが設けられ、新エネ車に適用される優遇措置の対象としてハイブリッド車が組み込まれる可能性が高まっている。

 日系自動車企業関係者によれば、ハイブリッド車は日本の3大完成車メーカーが技術面で世界をリードしている。

 そのため、これを新エネ車のカテゴリーに入れると明らかに日本企業に有利な条件となることもあって、従来は通常のガソリン車と同じカテゴリーに含まれ、優遇措置の対象外とされていた。

 しかし、電気自動車の拡大促進策だけでは2025年に達成を目指している燃費・新エネ車規制に関する国家目標の達成が難しくなる可能性が指摘されている。

 環境改善は中国政府が最も重視する3大改革の一つであることから、省エネ効率の高いハイブリッド車のシェア拡大による環境改善効果を狙って、こうした政策方針の変更に踏み切ったと見られている。

 そこにはもちろん日中関係の改善が作用したことは間違いないと考えられる。

 優遇対象である新エネ車のカテゴリーにハイブリッド車を加える新法が施行されれば、日本車の販売が大幅に伸びるのは間違いない。

 2017年の中国全体の乗用車販売(2472万台)に占める日本車のシェアは17%だったが、19年1~5月累計では21.3%に達した。

 これが25%まで上昇するのは時間の問題と見られていたが、それがさらに前倒しになることは確実である。

 このほかにも、三菱UFJ銀行が日本における人民元決済銀行として認可されたこと、野村證券が51%出資の証券子会社の設立を認められる見通しであることなど、政府の認可が日本企業のビジネスチャンスを拡大している。

 そうした状況下、昨年央以降、対中投資姿勢を様変わりに積極化させているトヨタ自動車の勢いに引きずられて、系列の部品メーカーも揃って対中投資姿勢を積極化させている。

 また、パナソニックが2019年4月から新たなカンパニー・事業部として中国・北東アジア社を設立し、中国ビジネスへの取り組み姿勢を強化するなど、日本企業の積極姿勢が目立ってきている。


4.来年春の習近平主席訪日への期待

 そうした日中関係の改善を牽引する原動力となっている習近平主席の訪日に向けて、今後両国間の政策協力に関する様々な提案が検討されることになる。

 筆者としてはかねて両国政府関係者に対して以下のような提案をしている。

 日本としては、第1に、アジアインフラ投資銀行に加入する。第2に、第3国市場協力として、中国政府・企業が西欧諸国において新たな協力プロジェクトや重要投資案件に取り組む際に日本政府・企業がアドバイザーの役割を担う。

 中国政府・企業は西欧諸国に対する理解不足から企業買収や外交政策面で数々の失敗を繰り返して西欧各国で反発を招いている。

 日本がサポートすれば、そうした理解不足による失敗を未然に防ぐことができるため、中国にとっても、西欧諸国にとっても、そして日本にとっても、多くのメリットを生むと考えられる。

 一方、中国としては、第1に、TPPへの加入に向けて、具体的な条件を検討し始める。

 以前であれば、中国の経済制度の特殊性から加入は難しかったが、今や米国からの外圧も活用して国内経済改革を進めた結果、加入のためのハードルは大幅に低下した。

 中国政府内でもTPP加入検討をめぐる議論が行われる段階に来ている。

 第2に、日本のアニメのテレビでの放送解禁、日本映画の普及促進、日本のミュージシャンのコンサート回数の増加容認などにより、中国と日本の間で共通の文化交流基盤を拡大充実させる。

 以前は日本人が中国へ旅行に行くと、多くの中国人が高倉健、山口百恵などのファンで、NHKの朝ドラ「おしん」を見て詳しく知っており、「北国の春」を一緒に歌ってくれるといったことが珍しくなかった。

 そうした身近な心のふれあいの経験を通じて日中間の親近感が大いに醸成されていた。草の根レベルの国民交流の促進のためには、アニメ、映画、コンサートは極めて有効である。

 以上の点が合意されれば、経済・文化両面において日中の交流が一段と深まり、相互理解、相互信頼が増進される。それは長期的な日中関係の安定基盤となり、両国のウィンウィン関係を一層強固にするものとなる。

 来春の習近平主席訪日までにどんな経済・文化交流が展開され、訪日に際してどのような成果が生み出されるのか、これからの展開が非常に楽しみである。