メディア掲載 国際交流 2019.07.26
6月下旬に大阪で開催されたG20に出席するため、訪日する各国要人の姿や厳しい交通規制を受ける街の様子が大きく報じられていた。一方、筆者と欧米の友人たちはその頃、スイスのモントルーで開催されたビルダーバーグ会議に関して意見交換を行なっていた。
ビルダーバーグ会議とは、欧米の要人たちが胸襟を開き、自らの発言が社会的反発を招くことを恐れず、自由闊達に話し合うための極秘の会議だ。"誰"が"何"を話したかは外部に一切明かされない形―いわゆるチャタムハウス・ルール―で、今年は世界秩序や欧州の将来、気候変動や中国といった11のテーマに関し、議論されたという。この11のテーマの中で筆者の目に留まったのは「ソーシャル・メディアの兵器化」だ。なぜなら、昨年米国で発売された本の表題と同じであったからだ(ちなみに先月中旬、日本で訳本が発売された)。
同書は2人の専門家による"警世の書"で、主張を簡単に述べると次の通り。
ソーシャル・メディアは真偽が混じり合った情報を瞬時かつ広範に拡散させる力を持っている。悪意を抱く人々がこの情報拡散能力を利用すると、偽情報や極端に誇張された情報で、人々の心に敵意や憎悪を容易かつ瞬時に忍び込ませる危険性が全世界的に高まってしまう。もちろん偽情報の巧みな操作は政治的手段として昔から利用されてきた。だが、高度情報化の時代、情報拡散能力の高いソーシャル・メディアが兵器化されれば格段の破壊力を持つだけに恐ろしい。
しかも問題が深刻なのはサイバー攻撃との違いだ。サイバー攻撃は敵や標的にした組織のネットワークを破壊する一方、兵器化されたソーシャル・メディアは"人の心"を幻惑するだけに"たち"が悪い。善良で信じやすい人が、たまたま正確な知識を持っていない時に直撃されると、誤った正義感から湧き上がる激情で攻撃的排外主義に染まる危険性が生じる。
しかも人々が善良かつ純真であればある程、こうしたメディアの犠牲者となり、彼らを疑わない家族や友人までが偽情報にたちまち感染してしまう。かくしてソーシャル・メディアは涙もろい純真な人々を短期間で筋金入りの"兵士・戦士"に変え、その帰結として様々な摩擦の火種を発生させてしまうのだ。
先に触れた本の中には、「偽情報は正しい情報よりも、より遠く、より速く、より深く、より広く伝播する」というMITの研究や「優れた知識人であっても、多角的・多面的に情報を検証しなければ、偽情報を簡単に信じてしまう」というスタンフォード大学の研究という大変興味深い知見も紹介されている。こうした理由から筆者は友人たちと、トランプ大統領が活用しているツイッターが持つ影響力の"表"と"裏"について語り合っている。
ソーシャル・メディアの兵器化により、いわゆる"情報リテラシー(情報を適切に活用できる能力)"は、単なる教育問題ではなく、安定した国内の社会秩序や国家安全保障上の課題へと変わりつつある。こうして突然入ってきた情報が魅力的でたとえ琴線に触れたとしても、うのみにせず、妄信を避けて十分吟味するという知的武装が我々に求められているのだ。