メディア掲載  外交・安全保障  2019.06.06

【米中経済デカップリング】摩擦解消か 消耗戦か

読売新聞【論壇キーワード】2019年5月27日に掲載

 米中貿易戦争は収束する見通しが立たない。トランプ米大統領は第4弾の対中追加関税で、約3000億ドル分の輸入品に最大25%の関税を課す計画を掲げた。また中国も米国からの輸入量の7割に報復関税を課すとみられている。国際通貨基金(IMF)は関税の応酬によって、米中の貿易が長期的に30〜70%落ち込み、米国の国内総生産(GDP)を最大0.6%、中国を1.5%下振れさせるリスクがあると予測する。

 米中摩擦が長期化する背景には、米中経済の切り離し(デカップリング)を提唱する米国内勢力(=通商タカ派)の台頭がある。デカップリングは元々安全保障の専門用語で、敵対する国家の能力によって生じる米国と同盟国との信頼の揺らぎを意味した。米中経済デカップリングは、貿易・投資・技術を切り離し、中国の技術的優位の獲得を阻止し、中国への経済依存による米国の脆弱性を打破しようとする考え方である。

 第1の手段は、中国に対する制裁関税である。米中貿易交渉での追加関税の応酬は、貿易不均衡、産業補助金、知的財産権、為替政策などで妥協を見出すための措置とみられてきた。しかし、全ての対中輸入品にわたる高関税が長期化すれば、米産業界は中国への部品の提供や生産拠点を大幅に見直さざるを得ない。グローバルなサプライチェーン(供給網)の切り離しに拍車がかかることになる。

 第2の手段は、米国内の投資規制強化である。米国防権限法(2019)は、米政府機関による中国ハイテク5社の製品調達を禁止し、対中輸出規制を強化し、また対米外国投資委員会(CFIUS)による対米投資規制を厳格化した。さらにトランプ米大統領は、米企業に対しても安全保障上リスクがある企業の通信機器の調達を禁じる大統領令に署名した。事実上の華為技術(ファーウェイ)の全面的な締め出しである。

 これらの措置が米中貿易交渉の壮大な取引の一環であれば、中国経済の構造改革とともに米中摩擦がソフトランディングする道はなお残されている。しかし米政府が米中経済デカップリングを貫徹しようとすれば、米中関係と世界経済の双方が不透明な危険水域に入ることになりそうだ。

 デカップリングは、中国企業の供給網と販売網を寸断し、中国経済に大きな打撃を与える。米経済も輸入コスト上昇が消費者物価の上昇を招き、インフレ圧力に晒されることになる。さらに中国での生産規模の大きい米企業、中国企業と大口取引をする米企業の収益の悪化も計り知れない。米中摩擦はデカップリングを通じて、解決不能の消耗戦へと向かうのだろうか。