「脱石炭は世界の趨勢である」という主張がしばしば聞かれるようになった。しかし、これは事実ではない。一部の先進国やその金融機関は脱石炭ということを掲げているが、その実態はどうか。そして、それはどのような帰結をもたらすか。
図は世界の石炭消費量である。その実に半分は中国で、それにインド、日本、韓国、そして明示されていないが東南アジア諸国を足すと、石炭は実はアジアでその大半が使われていることが解る。図1で明示されている「石炭消費大国」の中には、脱石炭を掲げている国はドイツしか無い。COP23では英国、カナダ、フランス、フィンランド、デンマーク、オランダ、イタリアなど20か国が、2030年までの脱石炭発電を目指すとして「脱石炭推進連盟」が結成された。しかしながら、これらの急激な脱石炭を掲げている国々は、もともとたいして石炭を使っていなかったり、必要としなくなった国であり、世界全体の消費量の趨勢には関係が無い。例外はドイツであるが、これは脱原子力・脱石炭を同時に達成しようという無謀な計画なのでやがて撤回されるだろう。
2013年をピークとして、世界の石炭消費量はいったん減少した。しかしその後、アジアを中心に石炭消費量が増加したため、一部先進国の消費減少を上回って、世界全体でも石炭消費量は増加に転じた。すなわち、世界の石炭消費量は2017年には2.8%増加、さらに2018年にも0.1% 増加した。主に増加した国は、インド、インドネシア、ロシアであった。(データはGlobalData社による)
世界の消費量の半分を占める中国は、深刻な大気汚染への対策の一部として、石炭依存度を2020年までに一次エネルギーの58%まで低下させるという目標を掲げ、脱石炭化を進めてきた。
この目標は欧州諸国の言う「ゼロ」といった極端な目標とは全く異質のもので、かなり乖離がある。
それでも、2017年冬には深刻なガス不足が起こるなどの問題が顕在化したため、この中国の脱炭素化にも見直しがかかりつつある。2017年と2018年は石炭消費量は増加に転じた。 (キヤノングローバル戦略研究所における堀井伸浩氏講演)
今後、先進国やその金融機関の「脱石炭運動」が強化されてゆくと、何が起こるだろうか?
中国は、2019年1月現在、23か国において102GWの石炭火力発電事業に360億ドルもの投資を実施ないし提案している。これは中国以外で開発中の世界の発電容量の4分の1以上を占める。主な投資対象国はパキスタン、バングラデシュ、パキスタン、ベトナム、インドネシア、南アフリカ、エジプト等である。(IEEFA China at a Crossroads)
先進国が石炭火力事業から撤退してゆけば、その間隙に中国が入り込むことになるだろう。
実は、これと同じ様なことは以前にも起きた。かつて、国際機関や先進国がダム事業から撤退したが、その間隙を中国が埋めて、現在では中国は世界の水力発電事業市場の半分を占めるまでになった。(BBC NEWS)
その結果として、環境や人権に関する問題が引き起こされているとする指摘がある。 (Hydropower: Environmental Disaster or Climate Saver? by CWR)
先進国が石炭事業から撤退し、中国がその間隙を埋めるという将来は、望ましいだろうか? 環境や人権への配慮は十分になされるだろうか? 普遍的価値を先進諸国と共有しない中国が、開発途上国への影響力を高めることは、安全保障上の問題とならないだろうか?
CO2は、エネルギー問題における唯一の課題ではない。日本は安全保障上の理由で、電力の安定供給を確保するために石炭火力発電が当面は一定量必要と判断している訳だから、これはきちんと対外的にも説明すればよい。エネルギーをアキレス腱とする日本が、エネルギー政策の舵取りを間違えて脆弱な国になり、自由・民主・平和といった普遍的価値の東アジアに於ける砦で無くなる事態は、欧米も望まないだろう。
対外情勢が大きく変われば――例えば、天然ガスがより安定安価に供給される、原子力比率が増す、PVとバッテリーのコストが大幅に下がる、中国が民主化し地政学的な緊張が無くなる等――、そのときは、石炭火力の稼働率を下げてCO2を減らすことも選択肢になる。2050年までにこのどれかが起きる可能性はある。しかし、どれも不確実であるため、当面は石炭火力発電に一定程度依存することが正解だ。
対外投資についても、日本が石炭事業から撤退することは、中国を利するだけではないか。開発途上国は、安価なエネルギーを用いて経済成長をし、持続可能な開発目標(SDGs)を達成する権利があり、それは人道に適っている。日本が石炭事業に関与することで、諸国は、環境や人権に配慮しつつ、経済発展を遂げることが出来る。この過程で、中国の関与を減じることは、普遍的価値を共有した、平和なアジアの構築につながる。