メディア掲載  エネルギー・環境  2019.06.05

【人類世の地球環境】人体のエネルギーバランス

株式会社 オーム社 技術総合誌・OHM 2019年5月号に掲載

 キリバスやフィジーなどの島々に行って驚いたが、肥満だらけだ。統計を見ると、これは太平洋の島嶼国に共通のことらしい。地球温暖化の影響を調べに行ったのだが、肥満のリスクの方が気になった。我慢が足りないとか、怠惰のせいというわけではない。実は、遺伝的な問題であり、知識の問題である。そしてこれは、さほど苦労せず治すことができるかもしれない。

 太るのに、カロリ一計算はあまり関係ない。驚くかもしれないが、簡単な計算を1つすれば、納得せざるを得ない。

 20年間で20キロ太るAさんと、まったく太らないBさんがいるとする。22歳に普通の体格で入社して、42歳までに20キロ太ったAさんは、立派な中年デブだ。まったく太らないBさんは、スリムな人だ。

 では、AさんはBさんよりも毎日どれだけ余計に太ったのか。20年間で20キロとすると、1年で1キロだ。1日当たりだと3グラム。熱量にすると、20キロカロリ一。他方で、大人の男性の1日の摂取カロリーは2,500キロカロリーである。すると、もしカロリ一計算のバランスで太るかどうか決まるならば、AさんはBさんよりもわずか0.8%だけ余計に食べていたことが要因ということになる。

 だが、そんな微妙なバランスで太るかどうかが決まるはずがない。もっと食べる人はたくさんいる。それに、どんなに食べる人だって際限なく太るわけではない。

 人は食べれば食べるだけ、そのエネルギーを消費する。例えば汗を1グラムかくと、その蒸発熱は540カロリーだ。Aさんがわずか20キロカロリー余計に食べたところで、40グラムの汗をかけば相殺される。40グラムといえば、コップにほんの少しだ。

 では、なぜ人は太るのか。これは、ホルモンによるものだ。

 ホルモンというのは、人間の生理現象に影響を及ぼす化学物質の総称である。子供は成長ホルモンが出るから、背が伸びる。女性は女性ホルモンが出るから、胸やお尻が大きくなる。男性は男性ホルモンが出るから、胸毛が生えたり禿げたりする。

 先天性糖尿病患者は、インスリンを注射し続けると、注射したところに脂肪が溜まって、20年ぐらい経つと大きなこぶができることがある。同じように、人はインスリンに反応して、脂肪を体に蓄える(その分、汗をかかなくなるなどしてエネルギー消費を抑える)。そして、そのインスリンは、炭水化物を摂取すると、それに反応して膵臓から分秘される。だから、炭水化物を摂取しなければ、インスリンも分泌されず、人は太らない。米国での実験では、どんなにカロリーを摂取しでも、炭水化物さえ摂取しなければ人は太らなかった。

 ただし、これには民族差・個人差がある。日本人は炭水化物を大量に摂取しでも、インスリンはさほど分泌されず、あまり太らない。そして、インスリン以外にも脂肪の蓄積に関連するホルモンがある可能性もあり、研究されている。

 大雑把な傾向として、欧米人は、炭水化物に敏感に反応して大量にインスリンが分泌され、極端に太る。日本人がそうでない理由は、おそらく、長い農耕民族としての生活を経て、栄養の大半を穀物の炭水化物から摂る生活に適応したのであろう。これに対して、遊牧・狩猟・漁労によって多くの食料を得ていた民族は、炭水化物の摂取量が少なかった。それで、大量の炭水化物を摂取するという状況に体が適応していないようだ。

 島嶼国の人々も、昔から肥満だったわけではない。古文書を見ると、ココナツ、魚、タロイモなどを食べていた頃は精惇な体をしていた。彼らが肥満になったのは、西洋から食料、特に小麦が持ち込まれ、大量に食べるようになってからだ。

 キリバスのとあるオフィスで、インスタントラーメンの封を切って袋の中にお湯を注ぎ、そのままズルズルと食べていた人を見たことがある。これは食事というより、おやつである。こういう食事の摂り方をしていたら1日中インスリンが出っぱなし、つまり脂肪を蓄えるホルモンが出っぱなしである。

 日本人は、太りすぎて健康を害している人が3%くらいしかなく、炭水化物を大量に摂る食事にも適応している。だから日本では、炭水化物を制限するという、いわゆる糖質制限ダイエットをする必要はあまりない。

 島嶼国では、糖質制限ダイエットは有効なのだろうか。これはよく分からない。だが、試してみればいい。昔から獲れる魚もココナツもたくさん食べて良いのなら、長続きさせることができそうだ。上手くいけば、島嶼国の多くの人が健康を取り戻すことになる。