コラム  国際交流  2019.05.10

「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第121号(2019年5月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない-筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

 先月16日朝、パリのノートルダム大聖堂が燃える様子を伝える動画が筆者のiPhoneに飛び込んで来た。

 大聖堂のパイプ・オルガン(Cavaillé-Coll)を弾いたオリヴィエ・ラトリー氏のアルバム(Bach To The Future)が3月に発売され、その購入を考えていた時だっただけに、フランスをはじめ世界中の人々と共に深い悲しみに沈んでいる。


 先月はドローン等のロボット、更には人工知能(AI)に関する資料を評価することに長い時間を費やした。軍民両部門が研究するロボット・AI分野の技術はまさしく日進月歩で、目が離せない。

 近い将来、ドローンによる編隊爆撃が現実のモノとなった今、米国の国防高等研究計画局(DARPA)と陸軍が指揮幕僚大学(Command and General Staff College(CGSC))が存在するフォート・レヴンワースで行う実験や、ドローンの編隊に対抗する海兵隊の低高度防空大隊(LAAD)等の能力強化に触れた資料を次ページの2に示した。また先月末、家庭用ロボットの代表的企業Ankiが倒産した事も報じられた。この分野は日進月歩であるが故に栄枯盛衰も短いサイクルで繰り返されるのであろう。
 ニューヨーク大学のエイミー・ウェブ教授は3月に発表した本の中で、巨大企業9社が汎用技術であるAIの将来を左右する事を警告した(The Big Nine、次の2参照; 9社は米国のGAFA(Google, Amazon, Facebook, Apple)+Microsoft, IBM及び中国のBAT(Baidu, Alibaba, Tencent)。米国企業は①厳しい株主の目が光る資本市場及び②移り気な消費者の心理に左右される一方、中国企業は③共産党政権に左右されるため、AIを基盤とする21世紀の世界は結果的に①②③に左右されてしまう。確かに、AI技術は"最適解"を算出するには極めて便利な技術だ。しかし人類の幸福にとって「"何が"最適であるか」は時代と共に変化する。この事を教授は英国ヴィクトリア時代の詩人テニソンの詩(The Princess)を例に説明している。即ちAIが提示する"最適解"が人類の幸福を実現する"最適解"と常時・永遠に合致するとは限らない。このため、人類はこの巨大企業9社が創り出すAIを注視する必要があり、その意味でEUがthe Big Nineに対し法的な制約を設けようとする動きを教授は評価している。
 また現在の技術水準では、AIが利用するデータにadversarial examplesという敵性データを何者かに混入される危険性も教授は指摘する。筆者はテロリストが防空AIレーダー上に「民間機を敵の軍用機に、或いは敵機を民間機に」映し出させ、国際摩擦や混乱をもたらす危険性があるのでは、と心配している。また同書を読んで残念に思ったのは、知日家である教授がこの本の中で日本に殆ど触れていない点だ。AI技術に関し日本はradar screenの枠の外なのだろうか。


 小誌前号でマクロン大統領の演説とその実現可能性に対する疑問を短い文章で記したが、気になるのは、近年仏国エリートの存在価値(raison d'être)が薄くなってきたとの指摘が、同国の内外から出ている点だ。

 混沌から母国を救い出せないエリート達。マクロン大統領の提案--ノートルダム大聖堂の早期再建や国立行政学院(ENA)の解体--は果して実行可能なのか、という疑念と不安が蔓延している。こうしたなか歴史学者シュロモー・ザンド教授の著書(La Fin de l'intellectuel français? 2016)が先月英訳され(The End of the French Intellectual)、またLe Monde紙で健筆を振るって外交関係ではミッテラン政権時に活躍した哲学者レジス・ドゥブレ氏の著書(Civilisation: Comment nous sommes devenus américains, 2017)も、3月に英訳されている(Civilization: How We All Became American)。ドゥプレ氏はパリ政治学院(Science Po)での授業の6割が英語でなされ、仏国の"米国化"が知的劣化の主因であるかのような主張をしている。こうした考えに対して筆者は懐疑的だ--英語での授業は問題ではない。世界の最新情報を知るには母国語+特定分野の共通語(lingua franca)が必須で、monolingualが問題なのだ。大英帝国が帝国を喪失したのは、殆どの領域で英語が共通語である事にあぐらをかき、非英語圏の植民地に居ても現地語を学ばない高慢な富裕階級(Nabobs)の怠慢が原因だったのだ--作家のモームは20世紀版Nabobsをよく描いている。
 筆者はフランスの友人達に次の様に語った--「ハーバード大学の故スタンリー・ホフマン教授とはフランスのジャーナリスト兼学者のレイモン・アロンの事をよく語り合った。欧州、そしてアロン--第三帝国の台頭と崩壊やソ連の崩壊を予見した人--の話になると、ウィーン生まれの教授は英仏独、即ち複数のlingue francheで詳しい資料を教えて下さった。今こそ、欧州主要国の詳細な情報を理解したアロンのような人が必要で、君達に期待している。ところでジャック・アタリ先生は素敵な食べ物に関する本を4月に出版した(Histoires de l'alimentation)。でも、今彼に書いてもらいたい本は食べ物よりも国力回復のレシピだね」、と。
 ただ我等の日本もフランスの苦悩を傍観する余裕はないのである。先月発刊されたデポール大学のキャサリン・イバタ=アレンズ教授の本によると、バイオメディカル部門の日本の将来は決して明るくない(Beyond Technonationalism: Biomedical Innovation and Entrepreneurship in Asia、次の2参照)。即ち、我々に残された時間も極めて短いのだ。



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