メディア掲載  外交・安全保障  2019.04.02

【ポストINF全廃条約】再配備で均衡模索か

読売新聞【論壇キーワード】2019年3月25日に掲載

 今年2月に米国は中距離核戦力(INF)全廃条約からの離脱を通告し、ロシアも同月条約の義務履行停止を決定した。1987年に米ソ二国間で締結された条約は、互いの射程500~5500キロ・メートルの地上発射型弾道・巡航ミサイルを全廃することを定めた。特定の兵器体系を全廃した成果から、核軍縮交渉の金字塔とも言われる。

 米国がINF全廃条約から脱退する動機となったのは、主としてロシアが条約に違反するミサイルの開発・配備を公然と進めていたこと、そしてこの条約に制約されない国々(特に中国)が中距離ミサイルを増強、米国に不利な戦略環境が形成されたことである。

 ロシアは同条約違反をめぐる見解の違いこそあれ、NATO諸国を射程に収める自らの中距離ミサイル配備を思いとどまる余地は少ない。また中国や中東諸国の中距離ミサイル配備が進む中、条約に拘束される強い不満を示してきたのはロシア自身でもある。既に議論はポストINF全廃条約に向かっている。

 第一の方向性は、条約を世界の中距離ミサイルの配備実態を踏まえた多角的な枠組みに再構築する、というものである。とりわけ念頭に置かれているのは中国の取り込みだ。中国のミサイル戦力の主力は条約で禁止対象の射程であり、日本を含むアジア諸国、米軍の前方展開拠点であるグアム、米空母や機動部隊を広く攻撃対象とする。

 しかし、実際は多国間INF交渉が進む可能性は限りなく低い。中国の中距離ミサイルは西太平洋で米軍の介入を阻止する中核であり、インドに対する抑止・対処能力を持ち、さらに極東ロシアへの睨にらみもきかせる。北朝鮮、インド、パキスタン、イランもそれぞれの戦略目標に基づき中距離ミサイルを配備している。冷戦期の米ソ関係とは異なり、複雑な利害を背景とし性能の異なる中距離ミサイルを、共通の枠組みで管理することはおよそ不可能だ。

 第二の方向性は、米国がINFに相当する中距離ミサイルの配備を進め、新たな勢力均衡を形成するという議論である。特に西太平洋では、広大な縦深性を持つ中国に対し、米軍の中国の航空基地や港湾施設に対する対地攻撃能力は限定的であるという戦略ギャップが存在する。

 この戦略上の不均衡を打開するため、米国内ではグアム、日本、東南アジア諸国に中距離ミサイルを配備し、米軍の戦力投射能力を強化し、中国との紛争エスカレーション管理能力を向上させることが真剣に検討されている。

 もっとも中距離ミサイルを新たに配備する軍事的妥当性、政治的可能性、中露両国との軍拡競争リスク、危機時のリスクなど、多くの課題も同時に浮上する。