2018年は中国のGDP成長率が6.6%となったことで、日本では「中国減速 日本企業に影」「28年ぶりの低水準」などの見出しで、成長率の鈍化を憂慮する報道が大半だったが、私にとってこの6.6%は、ほぼ予想通りの数字だった。
昨年後半から中国経済は再び緩やかな減速局面に入った。17年から18年の半ばまでの1年半は、1949年の新中国成立以来、中国経済が最も安定していた時期だった。しかし、昨年後半以降、再び緩やかな減速傾向を示している。とは言え、急速に減速する不安定な状態ではなく、安定を保持している。
先行きについては、米中貿易摩擦により輸出は減少するが、消費と固定資産投資は引き続き安定を保持する見通しである。
1番目の米中貿易摩擦による輸出の減少だが、これは昨年の10月までの駆け込み輸出の反動だ。昨年11月以降、大幅な伸び率の低下が始まり、今年の1Q(第1四半期)は伸び率がマイナスになるのは、やむを得ないことだろう。しかし、2Q以降は少しずつ回復に向かうと考えられる。
2番目の消費も、昨年は一昨年末に自動車減税措置が停止されたことにより、その反動で自動車の販売が減少した。しかし今年はこの要因がないため昨年のようなマイナスにはならず、自動車販売は前年並もしくは少しプラスに転じていくだろう。これが消費の伸び率を押し上げる要因となる。
3番目の固定資産投資だが、これは金融リスク防止の改革を進める影響で、民間、特に中堅中小企業向けの資金供給が抑制され、設備投資に若干マイナス影響が出る。ただ、設備投資額の中で大きなウェイトを占める大手民間企業や国有企業は資金が確保できているため、民間中堅・中小企業の設備投資が緩やかに減少しても、設備投資全体はそこそこの伸びを維持できると見られている。
加えて、上記の金融改革の影響で、昨年は地方政府が資金調達難に直面し、インフラ建設投資の伸びが低下した。しかし、昨年3Q以降に地方債の発行増加が促進された影響で、今年は緩やかに回復していく。このため、民間設備投資の緩やかな伸び率の低下をインフラ建設投資の伸び率の緩やかな回復が相殺する格好となる見通しである。
この間、不動産投資は、昨年半ばまでに不動産在庫水準の適正化が進み、その後もその状況が保持されているため、今年も堅調に推移するだろうと見られている。
以上のような要因から、固定資産投資全体では引き続き安定を保持すると考えられる。
このように消費と投資というGDPの二大エンジンは引き続きしっかりしているため、輸出によるマイナス部分は、景気刺激策でなんとか吸収できるのではないかと予想されている。
これまで多くの日本企業では、中国経済のマイナス面を強調する報道を見て中国への投資計画や生産計画を抑制する傾向が見られたが、最近は状況が若干変わってきたようだ。
私は1月16日から31日まで成都、北京、上海に出張し、日本企業の投資姿勢に関するインタビューを行ったが、生産計画や投資計画を見直すという話はほとんど耳にしなかった。中国に進出している日本企業は、最近の中国経済に関するネガティブな報道の影響をほとんど受けていないのだ。日本のメディアが中国に関するマイナス面を強調する報道を増やしている状況下でも、企業がその影響を受けずに積極性を維持している例は、あまり記憶にない。去年から続く日中関係の改善やそれに伴う中国政府の日本企業に対する誘致姿勢の強化などが、日本企業の投資動向に影響を及ぼしていることは確かだ。それに加えて、悲観バイアスのかかった報道を鵜呑みにせず、中国市場を自らの目で見て判断する企業が増えていると推察される。
現に自動車産業は、昨年の落ち込みから今年は回復傾向に転じる方向にあるほか、電子産業、エレクトロニクス関係や液晶関係も、今年の後半から5G関連の需要が徐々に出てくる見通しである。こうした状況下で生産・投資計画を縮小してしまうと、せっかくのビジネスチャンスを失うということを理解している日本企業が増えている。そうした企業は引き続き積極的な投資姿勢を維持している。
19年の中国政府の経済政策運営において最重要課題は、改革を引き続き大胆に実行し、目標を達成することだ。改革を推進しつつ、マクロの経済政策を上手く活用して米中貿易摩擦の副作用を吸収し、経済全体の安定を保つ。これが今年の中国政府にとってのチャレンジだと思う。
中国政府も様々な努力をしている。昨年中に実施された重要な改善点は、昨年2月に開催された第19期三中全会で決定された、党と国務院の経済政策運営体制の見直しである。以前は、国務院の政策決定は全会一致が原則だったため、迅速な政策決定が必要な状況下で政府内の意見がまとまらず、金融政策を有効かつタイムリーに発動することが難しい面があった。その状態が続いていると、今年のように難しい経済政策運営を取らねばならない時に、金融政策の適切な発動が遅れるリスクが大きくなる。しかし、昨年の改革の結果、党の指導が強化される形で、国務院の全会一致を必ずしも待たず、迅速かつ機動的に適切な政策を実行する体制が強化された。これにより、マクロ経済政策運営の安定性もしくは有効性が高まってきていると評価できる。今年は確かに難しい局面に差し掛かってはいるが、中国政府の政策対応能力が向上しているという点に私は期待を寄せている。
米中貿易摩擦は世界が注目している大きな問題である。トランプ大統領が最も重視している目標は次期大統領選挙で再選されることであり、そのためには来年の選挙まで経済の安定を確保し続けることが重要課題である。中国との貿易摩擦や経済摩擦をむやみに激化させて米国経済が大きな打撃を受けてしまうと、大統領選挙に明らかにマイナスに働くため、それは避けたいと考えているはずである。
ただし、「中国が努力もしないのに、米国が一方的に譲った」という評価が米国側に定着してしまうと、野党の民主党から厳しく攻撃を受けてしまう。このため、トランプ大統領としては、米中交渉を通じて中国側が米国の強い要求を受け入れて譲歩し、大きな成果を挙げたと胸を張って国内に言えるような結果がぜひとも欲しいところだ。
中国政府は、国有企業と民間企業の待遇格差の縮小や、内外企業の待遇格差縮小を図るため、「中華人民共和国外商投資法(草案)」という新しい法律の草案を準備し、それに対するパブリックコメントを受けている。この法案に対して、米国、欧州、日本の産業界の代表は一様に高く評価している。
加えて、外国企業からの技術移転の強要禁止法や知的財産権保護の強化が明らかに実効性のある形で実行に移されれば、トランプ大統領は「米中交渉により中国経済の改革が進み、米国企業のメリットが大きくなった」と大統領選挙向けに宣伝できる。
このように、中国の努力が大きな成果を生むことが期待されている。ただし、日本企業も欧米企業も心配しているのは、各改革がまだ計画段階にあり、その通りに実行されるのかは実際の施行状況を見てみないと分からないという点だ。より早く明確な成果が出てくれば、米国が早期に妥協してくる可能性もあると思われる。
米中交渉を通じた中国の改革の成果はトランプ政権を利するだけではなく、中国経済にとってもプラスが多い。国有企業改革の加速や外資企業の積極的な誘致にプラスになり、知的財産権の保護は中国国内のイノベーションの促進に非常に大きく働くはずだ。
自由で公平な市場競争の土台を整備し、経済の活性化を促進する大胆な改革に対しては、どこの国でも既得権益擁護派の抵抗が非常に強く、その実現は非常に難しい。しかし中国政府は米国の外圧をうまく利用するという賢明な方法で改革を進めつつあり、政府関係者の一部やエコノミストたちも、この手法を高く評価していると思われる。