コラム  外交・安全保障  2019.03.04

国際平和協力を賢く活かす:豪州の取り組みを参考に

国際貢献と国際平和協力


 国際平和協力、平たく言えば国連PKOなど、国際的な平和のための取り組み(以下、平和活動)に自衛隊を派遣することについて、かつてない逆風が吹いている。


 自衛隊の海外派遣は、冷戦が終結した1990年代初頭に、湾岸戦争やカンボジア内戦などの戦争・紛争に世界中の目が向けられる中で始まった。各国が平和と安全のために努力をしている国際社会でフリーライダーになってはいけない、日本も人を出して何かする必要がある、という姿勢だった。経済大国日本が何もしないでいると国際社会の孤児になる、という恐れの裏返しでもある。


 つまり自衛隊海外派遣は、諸外国の理解と評価を得て、国際社会における日本の信用を高めることを主眼に、国際貢献(International contribution)として始まった。日本にとって国際平和協力は、現在でもこの延長線上にある。悲惨な境遇に置かれた国とそこに暮らす人びとを手助けするために、国際社会が一丸となって取り組むなかに日本も貢献しなければならない。国際平和協力についての基本的な理解は、そういうものになっている。


 このため、支援に赴いた際にトラブルが起きることや自衛官に犠牲者がでること、まして誰かを傷つける事態の発生は国内で許容されにくい環境にある。なぜならそれは、日本自身にとって必要な取り組みではなく、手助けに過ぎない取り組みでは犠牲を払うことも、誰かを傷つけることもありえない、ということになる。


 また最近は、自衛隊や日本のどこにそのような余裕があるのか、という指摘がなされる。経済的にも厳しい日本が、なぜ対立を繰り返す国にわざわざ出かけていかなければならないのか、ということだ。自衛官からもしばしば聞くのが、「現実問題として周辺環境が厳しい中、そのようなお手伝いに人を当てる余力は無い」といった声だ。


 実際に防衛大綱でも国際平和協力の記述は従来から大きく後退するに至った。中国や北朝鮮の情勢を踏まえたとき、もはや国際平和協力をやっている場合ではない。国際社会に対する貢献と、厳しい周辺環境への対応と、二兎を追うことは現実的に出来ない。そうした意見は、一見もっともではある。しかし、そこには見誤っているものがある。


 国際貢献(International Contribution) は、日本語以外ではあまり見ない用語だ。平和活動に軍を派遣するような活動は、一般的には国際関与(International Engagement)とされる。


 「関与(engagement)」と、「貢献(contribution)」の大きな差は、自身を当事者・関係者と認識するか、あるいは部外者と認識するかという点だろう。つまり「関与(engagement)」は、自らもその集団の一員として主体的に係わろうとする意味合いが強く、「貢献(contribution)」は、部外者として何かお手伝いをする意味合いが強い。


 日本の国際平和協力は、基本的に部外者として、あくまでも国際的な取り組みのお手伝いを意味する「貢献(contribution)」の概念としてある。しかし本来は、それによって何かを成し遂げようとする国際関与政策の手段と考えるべきものだ。このギャップに、国際平和協力の議論が日本では進展しない認識上の根本的な問題が存在する。



オーストラリアのSmart Pledge


 先日、オーストラリアの平和活動関連部署を訪問する機会を得た。オーストラリアは世界各地の国連PKOや、その他の平和活動に軍や警察の要員を派遣してきた。近年は、平和活動におけるジェンダー分野の取り組み強化に向けて、旗振り役にもなっている。また、紛争後の安定化に向けてNGOや開発機関とも連携して派遣体制を整え、またどのようにすれば平和を実現し得るか、日々研究を行うなど、平和活動の先進的な取り組みで知られる。そこで、オーストラリアを事例に、関与政策としての平和活動を考えてみたい。


 オーストラリアは、東ティモールやソロモン諸島など周辺地域での取り組みはもとより、中東地域にも軍や警察を派遣するなど、伝統的に平和活動に力を入れてきた国だ。しかし現在は日本と同様に、部隊派遣を行っていない。一方で、平和活動の司令官や、司令部要員派遣に力を入れている。現在、南スーダン国連PKO(UNMISS)にも要員派遣を行っており、司令部派遣中の一部の自衛官の上司はオーストラリア軍人である。


 また、平和活動に部隊派遣を行っているオーストラリア周辺の国々、たとえばフィジーなどで、軍などの教育訓練にも取り組んでいる。それは、平和活動にあたる途上国の部隊をトレーニングして、彼らが任務を円滑に遂行できるように能力を強化するものだ。そのための移動式訓練チームも体系化している。その上で、そうした国々の部隊が派遣される場所に展開する活動に、司令官や司令部要員としてオーストラリア軍の要員を派遣することになる。格好の例が、陸上自衛隊要員の派遣が始まるMFO、多国籍監視軍(Multinational Force and Observers)だ。オーストラリア軍人が務める司令官の元に、フィジー軍要員170名が派遣されている。


 そうした取り組みはオーストラリアの国際関与政策として位置づけられている。オセアニアの地域大国オーストラリアにとって、まず重要な地域は、南太平洋の島嶼国から東南アジアにかけての自国勢力圏になる。この中で取り組む平和活動に向けた各国軍の教育訓練は、オーストラリアが勢力圏内で自らのプレゼンスを確保し、また、域内諸国と軍事的、政治的に緊密な連携を取っているというメッセージを外部に発信する絶好の機会となる。


 同時にそれは、現在の平和活動に自ら部隊派遣をできない、あるいは望まないオーストラリアにとって、派遣部隊の裾野を広げる取り組みでもある。それはまた、平和活動に従事する派遣部隊の多くを発展途上国が担っている現実を踏まえて、より高度に訓練された部隊を確保するために不可欠なものとして国連が力を入れる取り組みにも寄与する。実際に、たとえばフィジーは、自衛隊がシリア内戦の激化による治安情勢の悪化を受けて撤収したゴラン高原PKO(UNDOF)に派遣を開始し、現在でも国連PKOに400名以上を派遣している国である。


 オーストラリアは、こうして相手国との二国間関係を強化し、自身の勢力圏内におけるプレゼンスを高め、さらに平和活動の質を高めて国際社会の平和と安全に寄与する効果的な政策として、日本で言うところの国際平和協力を活用している。オーストラリアの政策担当部局のスタッフはこうした取り組みを「smart pledge」と表現した。そこには、国際的な平和と安全の問題に関心を持って係わる必要性と義務意識とを前提に、オーストラリアにとって最もよい洗練された政策を模索する基本的な姿勢がある。



日豪関係と国際平和協力


 オーストラリアは、日本にとって、重要な実質的な同盟国である。豪州軍と自衛隊は、「日・豪物品役務相互提供協定(ACSA: Acquisition and Cross Servicing Agreement)」の締結や、双方の主催する訓練への部隊参加や、共同での能力構築支援事業(Capacity Building Assistance)など、実活動での連携も深まっている。オーストラリアもまた、日本を、さらに関係強化を図る国と位置付けている。


 日豪二国間関係の文脈で国際平和協力が俎上に上る機会は多くはない。しかし実際には日本の国際平和協力は、オーストラリアが主導的役割を担ったカンボジアや東ティモールで成功体験を積み、またイラク、サマーワでは両国は緊密に連携した。現在、南スーダンでも協力しているのは前述したとおりだ。日本にとって国際平和協力を通じたオーストラリアとの協力は、経験がある領域でもある。


 こうした視点に立つと、日豪関係の視点から国際平和協力を再考する余地がある。たとえばオーストラリアが自国勢力圏内で進める関与政策、たとえばフィジー軍等に対する平和活動分野の教育訓練に自衛隊が協力して取り組むことは検討されてよい。それは、オーストラリアとの関係強化であり、また当然、対象国との関係を良くする取り組みでもある。同時に、国際平和活動の裾野を広げて平和と安全に寄与するものでもある。また自衛隊自身が国際活動について学び、強化する場にもなる。日本の関与政策として重要な点としては、オセアニア方面で影響力を拡大する中国に対するメッセージという性格も持つ。


 つまり、平和活動に何か「貢献」しなければならない(国際社会に対する貢献)との思考をいったん離れ、国際平和協力をどのように使うと日本にとって最良の成果を得られるのか、という思考で考えるということだ。その中で、オーストラリアや欧米諸国などの平和活動の経験豊富な国々と協力して第三国で活動を行うといった取り組みも出てこよう。たとえば自衛隊は既にオーストラリア周辺地域、たとえばパプア・ニューギニアや東ティモールで、軍に対する能力構築支援を進めているが、それは基本的に能力構築支援事業に留まっている。それをオーストラリアとの二国間関係強化の文脈に再定義し協働することで、さらに効果を高めていく努力が求められる。


 他方で、国際平和協力は本質的には助け合いの精神や、人類普遍の価値の定着など、理想的な目標が前提にある。国際平和協力の議論が行われた2000年代初頭、政府懇談会の報告書(2002年)では、「人類普遍の課題である平和の探求の試み(に取り組むこと)」を、国際平和協力の理念に位置づけているとおりだ。


 国際平和協力について考える際に重要なのは、それを国際貢献として日本の直接的国益と切り離して考えるのではなく、国際平和協力のよって立つ理想と日本の得られる果実とを両立させるより「スマートな(賢い)」国際平和協力を模索すること、言い換えれば「国際平和協力という政策手段を使う」発想に立つことである。