ファーウェイのCFO(最高財務責任者)逮捕という衝撃的なニュースは米中両国の底知れぬ対立の根深さを改めて深く認識させた。
足許の米中関係は貿易摩擦が目立つ形で進行中のため、米中摩擦という言い方で表現することが多いが、現在の米中摩擦とかつての日米貿易摩擦とは質が違うものであることが今回の逮捕劇でより一層明らかになった。
米国が国家として最も重視しているのは経済問題ではなく安全保障問題である。
それは米国の主要な経済権益が一極覇権主義体制に依存しており、その体制が圧倒的な軍事力によって支えられているからである。
冷戦終結直後の1990年代初頭、日本のGDP(国内総生産)の規模が米国の60~70%にまで近づき、日米間で貿易摩擦が激化し、日本が米国の同盟国であるにもかかわらず仮想敵国扱いされたことがあった。
しかし、この時は政府間交渉が厳しかっただけで、関係者が逮捕されるようなことはなかった。
日米間関係においてファーウェイ事件と若干似たような出来事を思い起こすとすれば、ロッキード事件で田中元首相が逮捕されたことであろう。
この事件の裏にはやはり安全保障問題が関わっていたと考えられる。
つまり、米国との間で安全保障に関わる問題が生じた場合、米国政府は経済問題への対応に比べて厳しい反応を示すということである。
そうした観点から言えば、米中関係は安全保障上の問題と切り離すことができない。
中国は米国の同盟国ではなく、政治体制まで異なる、安全保障面で完全に独立した存在である。
そのうえ、中国の経済力は年々米国に近づいてきており、このまま10年程度中国経済が緩やかで安定的な減速局面を続ければ、2030年頃には中国のGDPが米国とほぼ肩を並べる可能性が極めて高い。
2040年頃には中国経済の規模は米国を逆転し、世界一の経済大国の地位を固めている可能性も十分ある。
経済力が高まればそれに比例して軍事力も高まることは自然な結果である。
中国の軍隊は戦争における実戦経験が乏しいため、たとえ経済規模が米国に追いついたとしても、実質的な戦闘能力の差はそう簡単には縮まらず、米国の軍事力がその後も長期にわたって優位を保ち続ける可能性が高い。
それでも、米国にとって中国の経済力・軍事力の拡大は確実に脅威となる。
これが米中関係のベースの部分を規定するため、米中関係は今後長期的に緊張関係が続くことを覚悟せざるを得ない。
今回のファーウェイの事件はそうした緊張関係が生み出したものであり、今後も長期的に続く緊張関係の中で類似の事件が繰り返される可能性が高いと考えるべきである。
このように米国にとって中国の脅威が今後長期的に高まり続けるのは不可避であり、その脅威を少しでも抑制するために今後も中国に対して様々な圧力をかけ続けていくものと考えられる。
一方の中国は米国が考えているほど米国の一極覇権主義体制に挑戦しようとしているわけではないように思われる。
というのは、中国自身は目下深刻な問題を国内に抱えており、米国に対抗してグローバルな安全保障戦略を展開するどころではないからである。
中国は従来から地方政府が脆弱な税収基盤を補うため不動産開発によって収入を得て、それをインフラ建設などの財政支出の財源に充当してきた。
しかし、この地方財政の構造は行き過ぎた不動産開発を招き、それがバブル崩壊や不良債権問題の温床となるリスクが高い。これらのリスクが表面化すれば長期経済停滞に陥ることは不可避である。
この構造欠陥を修正するために、現在中国政府は地方財政改革と金融改革に取り組んでいる。
本来この改革は10年以上前から着手すべきだったが、改革の副作用がもたらす景気後退リスクが大きいため、ずっと先送りされてきた。
習近平政権はその難題克服を目指して今年から本格的に改革推進に取り組み始めた。
それにより今年の夏場以降、予想通り経済が減速し始めたが、それでもなお改革最優先の方針を変えずに決然とした姿勢で改革に取り組み続けている。
(詳しい内容については11月の筆者記事参照)。
どうしてそこまで無理をして改革に取り組まざるを得ないのだろうか。
中国は共産党一党独裁体制であるため、国民全体による共産党に対する安定的な支持確保が政権安定の基盤となる。
共産党員は1億人に満たず、その十数倍が非党員の一般国民である。
現在国民の大多数が共産党による統治体制を受け入れている実質的な主因は共産主義のイデオロギーに対する支持ではなく、共産党政権が的確な経済政策運営により中国経済の長期持続的発展を実現してきたことにある。
もし中国経済が長期にわたって深刻な停滞に陥れば、共産党に対する信認が揺らぐことは言うまでもない。
もし信認を維持できなくなる場合には、共産党指導層が得ている様々な特権が剥奪される可能性が高い。これは指導層の本人のみならず、その家族、親戚すべてにかかわる切実な問題となる。
このリスクの深刻さを考慮すれば、こうした将来リスクを回避するために現在取り組み中の改革推進を最重視せざるを得ない。
中国の軍事力が長期的に米国に追いつかなくても共産党の存立基盤にはほとんど影響しないが、国内経済が不安定化すれば深刻な内政問題を引き起こす。
中国の共産党・政府指導層がどちらを重視するかは明らかである。
しかし、中国がそれを重視しようがしまいが、中国が改革の推進に成功し、長期安定的な経済運営に成功すれば中国経済は着実に成長を持続し、それに比例して軍事力も強まっていく。
こうした事実は米中2国間の問題にとどまらず、世界全体の秩序形成の長期的な変化と深く関係する。すなわち、米国の一極覇権主義体制は終焉に近づき、世界は多極化体制へと移行していく。
こうした将来の世界秩序の変化は米国内において、すでに1970年代には認識されていた。
それが21世紀入り後、一段と明確に認識されるようになり、ドナルド・トランプ政権はそれを加速している可能性が高い。
元々米国経済は第2次大戦直後の時点では世界経済全体の半分以上を占めていた。
IMF(国際通貨基金)世界経済見通しのデータベース(2018年10月)によれば、平成元年=1989年当時、米国GDPが世界経済に占めるウェイトは28.2%だった。
同年、EUは30.2%、日本は15.3%、中国は2.2%だった。
それが今年(同上IMF見通し)は、米国24.2%、EU22.1%、日本6.0%、中国15.9%と中国以外の国・地域は大幅に低下している(下のグラフ参照)。
資料 IMF世界経済見通しデータベース(2018年10月)
これが平成30年間の世界秩序の大きな変化を示している。
為替レートの変動によりGDPの数値が上下するが、長期的に見て米国のウェイトが低下し続けていることは間違いない。
先行き為替レート次第では、2030年頃に米国のウェイトが20%前後にまで低下する一方、中国のウェイトが若干上昇し、やはり20%前後に達する可能性がある。
その後、両国の経済成長率が低下し世界経済全体のそれを下回れば、ウェイトは長期的に低下し続ける。
かつて米国1か国で50%を上回っていたが、米中両国を合わせても40%に達しない時代が近づいている。これが多極化の到来である。
米国の圧倒的な経済力・軍事力に支えられた一極覇権主義体制が変質すれば、米国も余裕がなくなってくる。
他国の経済力・軍事力に対して脅威を感じやすくなり、日本も再びそうしたリスクにさらされる可能性が高まる。
その延長線上で考えられることは日米同盟の相対的な弱体化と日本に対する負担増加要求の強まりである。
長期的な米国の相対的地位低下は、日米同盟を堅持するとしても米国側に日本の面倒を見る余裕がなくなっていくことを意味する。
日本は、米国にとって最大の脅威となる中国の隣に位置しており、米国の西太平洋地域の安全保障政策上極めて重要な同盟国であるが、中国の軍事力増強とともに米国は安全保障体制維持に必要なコスト負担に耐えられなくなってくることが予想される。
その結果、日本は米国への依存度を徐々に低下させざるを得なくなり、自立的な防衛力の確保が重要課題となっていくことが予想される。
そうした状況下で、もし日中関係が緊張していれば、日本の防衛力維持のための自助努力が日中関係に悪影響を及ぼしやすくなる。
逆に日中両国が経済文化交流を通じて緊密な関係を保持することができれば、そうした変化にも動じにくい関係を構築することができる。
つまり、将来の日米同盟の緩やかな変化に備えて、日中関係をより安定的なものとしていくことが必要である。
ファーウェイ事件のような問題がこれからも繰り返され、米国の日本への圧力も強まる可能性が予想されるなか、日本として安全保障上のリスクを回避するには、中国との関係強化は非常に重要である。
米中両国の間にあって、両国との良好な関係を安定的に保持し続けていく工夫が必要となっている。
そのためには場当たり的な対症療法で日米中3国間のバランスを取るやり方では長期的な安定確保は難しい。
日本として世界に向けて発信する堂々たる国家理念とそれに基づく基本戦略を明確にし、軸がぶれない体制の下で、米国とも中国とも一定の距離を取りながら世界中の国々から信頼される国として独自路線を歩んでいく方向を目指すべきである。
ファーウェイ事件を契機として、日本の針路の確立を真剣に考え直す局面に入ったことを強く認識し、政官財学の垣根を越えて有識者の間でそうした議論を繰り返し、国家としてのあるべき方向を早期に示すべきである。