筆者は11月26日から29日までソウルに滞在し、現地での最新情報収集のため外交安保の専門家やメディア関係者などにインタビューを行った。中でも到着早々26日午後に面会したシニアの外交専門家とのやり取りが最も興味深かったのでご紹介する。
面会前に最新ニュースをチェックすると、日本のニュースサイトでは「韓国国会議員団竹島訪問」という記事があふれていた。記事を確認した時点では、同日午前の議員団による竹島訪問に対し、日本の外務省は外交ルートを通じ韓国側に対する抗議をすでに終えている状況であった。当然ながら筆者はこの事件が韓国メディアでも報道されているものと思い込み、面会先に到着後、挨拶を済ませて開口一番、「今日午前に韓国の国会議員団が竹島を訪問したようですね。なぜこの時期に竹島に訪問するのでしょうか?」と質問をぶつけた。すると、相手は驚いた表情で「(竹島訪問は)本当なのか?そんな報道は確認していない。(筆者が関連記事を見せると)今週の判決(徴用工裁判)があるのに、なぜ今この最悪のタイミングで訪問する必要があるのだろうか?」と言いながら筆者の前でうなだれていた。同席していた別の韓国人研究者も同島訪問の事実をそこで初めて知ったらしく、韓国メディアの速報は明らかに日本よりも遅かったようだ。
結局、竹島訪問のニュースは、韓国では当日夜でもトップで扱われることなく、政治ニュースの一つとして報道されていた。この訪問がどの程度一般韓国国民に対する政治的アピールとなったかは疑問だ。恐らく効果は乏しかったに違いない。有力野党議員が団長を務めた今回の訪問は、韓国政界が与野党問わず、日韓関係の改善に関心がなく、むしろ、さらなる関係悪化に向け火に油を注ぐ結果に終わったようだ。
今回の滞在期間中、現在の日韓関係については、もうこれ以上悪化することを避けたいという雰囲気を韓国の各所で感じることもできた。例えば、個別面会や会合を通じて知り合った研究者やメディア関係者に対し、「現政権はなぜそこまで日本との関係が悪くなることを許容するのか」、「対日政策はどう考えて決めているのか」などと質問をぶつけても、彼らは一様に困った顔をしていた。政権が何を意図して対日政策をコントロールしているのか、うまく説明できる答えを持ち合わせていないだけでなく、彼ら自身も日韓関係で悪循環が続く現状に対し疑問を持っているからだと感じた。ただし、有識者の間で表立って現政権を批判することができないという雰囲気は、政権発足当初から変わっていないようだ。
そうした雰囲気とは対照的に、最近激しい文政権批判を行うようになったのが労働組合を中心とする進歩系市民団体である。一般に日本から見ると、こうした数々の市民団体と文在寅政権はお互いの利害が一致し、良好な関係を維持していると思われがちだ。文政権誕生の原動力となった「ろうそく集会」を主導したのは彼らだからである。
しかしながら、弾力労働制を拡大しようとする政府に対し、これまで政権と蜜月関係と言われてきた三大進歩系団体1が反旗を翻すようになった。11月14日に韓国最大の労組である全国民主労働組合総連盟(民主労総)が記者会見を開き、反政府闘争を宣言した。前日には大検察庁庁舎内に押し入り占拠するという事態が起き、波紋を呼んだ。12月1日には民主労総が別の進歩系団体と結成した組織が、「文在寅政権は公約を履行せず、親財閥政策を展開して「ろうそく」の民意から遠ざかっている」と国会前で批判を展開した2。こうした暴力的な抗議運動も辞さない労組側に対して、ついに青瓦台高官は「文在寅政権は全国民主労働組合総連盟だけの政府でも、参与連帯だけの政府でも、また民主社会のための弁護士会だけの政府でもない」とのコメントを発表した3。両者の対立は激化するばかりだ。
代表的な市民団体の一つで、長年にわたって慰安婦問題に取り組んできた正義記憶連帯も、常に現政権寄りの団体とは限らない。2018年3月の文大統領ベトナム訪問前には、ベトナム戦争に参戦した韓国軍の行為に対し、ベトナムへの公式謝罪を求める声が韓国の市民団体を中心に高まった。当時は正義記憶連帯代表のユン・ミヒャン氏を中心に、駐韓ベトナム大使館前で政府が公式に謝罪するよう連日デモ活動を行なっていた。さらに、同団体以外にも、与党議員の中から文大統領に対し、政府による公式謝罪を求める声が上がっていたのである4。
これに対し、文大統領はベトナムでの首脳会談の席上、「我々の心に残っている両国間の不幸な歴史について遺憾の意を表する」と述べた。これは具体的な加害行為に言及しない不完全な謝罪ではあったものの、その後韓国国内で「もっとしっかり謝罪せよ」と運動が盛り上がった形跡は見られない。こうした決着の背景には、「(この程度の文言になったのは)韓国からの謝罪を求めないベトナム側の意向に最大限配慮した結果だ5」といった声もあったようだ。いずれにせよ、同時期に問題が再燃した日本との間の慰安婦問題とは対照的な動きである。
以上の通り、現在韓国では、進歩政権とはいえども、時には自らに対して批判の矛先を向ける市民団体の扱いに苦慮することが少なくないということだ。
4年の国会議員任期と5年の大統領任期が交錯する韓国の次の政治日程は、2020年4月に行われる国会議員選挙である。その2年後の2022年3月には大統領選挙が行われる予定だ。したがって、次期大統領を目指す野心溢れる与党政治家らは、国会議員候補の公認権という絶大な権力を有する党代表の座を経て、国会議員選挙に勝ち、その勢いで次期大統領選挙当選を目指すことを思い描いているはずだ。既に国民の政党支持率が最も高い与党内では政治権力闘争が激しくなるばかりであり、実質的に次期大統領選挙へ向けた動きが始まっているとの声も聞こえてくる。
その一方、韓国経済の状況については、どこの誰に聞いても「良くない」、「来年はさらに厳しくなる」との見方で一致している。来年以降、現政権が今最も力を入れる南北関係が進展せず、北の非核化が遅々として進まない状態が続き、さらに経済も悪化の一途を辿るような事態が重なれば、「政権の屋台骨である『南北』と『経済』の二本柱が一気に崩れる可能性もある。もしそうなれば、韓国国内で文政権批判が雪崩を打って吹き出し、「国民の中から保守への政権交代を求める動きが一気に高まることも十分ありうる」と断言する専門家も現れるようになった。
国民からの圧倒的な支持を得て発足した文政権は、最近ついに支持率が5割を切り、政権任期の折り返し地点を前に、今後の政権の安定的運営の正念場を迎えている。社会正義の実現と積弊清算という政治理想を掲げ、これまで強力な政治力を発揮してきたが、現実社会との様々な矛盾や国民の支持率の低下により、その政治力が足元から揺らぎ始めた。韓国の文政権は、国民世論を沸騰させやすい日韓間の諸懸案につき、内部からの政治的プレッシャーだけでなく、日本からの外交的圧力も加わることで、次のアクションを起こしにくいという一種のジレンマに陥っている。韓国側の次の一手は、内外どちらかの圧力が弱まるまで、当面は見えてこないかもしれない。
脚注(外部のサイトに移動します)
1: 全国民主労働組合総連盟(民主労総)、参与連帯、民主社会のための弁護士会(民主弁護士会)のこと。
2: 『中央日報(日本語版)』2018年12月2日
3: 『中央日報(日本語版)』2018年11月24日
4: 例えば、与党「共に民主党」のキム・ヒョングォン議員のコラム。
「政府がベトナムに公式謝罪する時になった」『ハンギョレ』2018年3月19日
5: 『京郷新聞』2018年3月23日