メディア掲載  エネルギー・環境  2018.12.05

【人類世の地球環境】日本企業による技術移転:アジアへの素敵なプレゼント

株式会社 オーム社 技術総合誌・OHM 2018年11月号に掲載

 日本政府による温暖化対策の技術移転事業に関わったことがある。これは日本で利用されてきた高効率の設備を開発途上国にも普及させるというものだった。これはもちろん有益である。けれども、これは日本による寄与のごく一部に過ぎない。日本企業は、アジアのために、もっと根本的な寄与をしてきた。

 ラオスに行ってきた。ラオスはフランスの植民地支配を受けた後、ベトナム戦争に巻き込まれた。その後も、共産主義政権下での経済政策は混乱し、経済発展には出遅れて、東南アジアで最も貧しい国の1つとなってしまった。

 今ようやく、中国や他の東南アジア諸国の後を追って、少しずつ産業が育ち始めている。国際競争力の源泉は賃金の低さである。手先が器用なこともあり、労働集約的な工程が、隣接するタイ、ベトナムなどから少しずつラオスに移されている。

 特別経済区では、日本企業の縫製工場と電機部品の組立工場を訪問した。

 一見すると順調そうに見えたが、工場長の苦労は大変なものだ。労働者を集めることはできるが、何しろこれまで工場で賃金をもらって働いた経験がない。近隣で農業を営んできた人々ばかりである。農業といっても、まだ機械化が途上であり、牛馬が主な動力源であるという。これまでそんな農家でのんびり仕事をしてきた中には、工場のペースについていけない人々もいる。

 文字の読み書きができない人もいる。このため、どのような作業をするかを教えるのも一苦労である。配線をつなぐ時に色の区別がつかず間違えることもあるという。そこで、工場での働き方を教える前に、まずは読み書きを教えたりすることになる。さらには、近代的なトイレを使ったことがない人もいて、トイレの使い方まで教えなければならないという。

 それでも何とか指導をして、工場で勤務を続けていると、徐々に慣れてきて、やがてより高度な仕事ができるようになる。

 同じ経済特別区にあるおもちゃ工場では、これまでは一番簡単な縫製工程だけを担っていて、その原材料は隣国のタイから仕入れ、縫製だけしてまたタイへ輸出する、という形をとっていた。ところが今後は、プラスチックの成型機械を導入し、最終製品まで仕上げることになって、まさに設備を運び込んでいるところだった。ラオスの工業は一歩前進したわけだ。

 ただし現状では、設備はタイに進出した日本企業のものであり、故障して部品を取り換える場合などは、タイから部品を運び込まねばならない。タイでは、早くから日本企業が進出し、ラオス同様に簡単な労働集約的な工程から始まったが、今でははるかに複雑な工程をこなすようになった。タイは今では豊かになり、賃金も高くなった。そして今、工業化の波は、東南アジアで最も貧しいラオスにも及んでいる。

 さて省エネの基本は、生産性の向上である。機械が動き工場でエネルギーを使っている時に、同じ人がどれだけ多く生産できるかということは、エネルギー効率に直結する。また、同じだけの原材料からどれだけ製品ができるかという歩留まりを向上させることも、エネルギー効率に直結する。エネルギー効率の向上とは、生産性の向上の一部である。省エネの基本であるエネルギー管理標準(電気やボイラ等のエネルギー機器の操作をいつ誰が実施するかを定めた手順書)は、生産性の管理標準の一部である。

 日本企業は、現地で人を雇いトレーニングを施してきた。人々が工場で働くことに慣れ、生産性は上がってきた。これはまたエネルギー効率の向上にもなってきた。つまりは、日本企業は省エネの技術移転も随分としてきた。

 この動機はもちろん、企業が安い労働力を使って利益を上げることなのだが、実はこれはアジアの諸国にとっては貴重なプレゼントだった。日本企業の施したトレーニングによって、人々は農村から出て、工場で働く能力を少しずつ身につけた。生産性の管理ができるようになることで、省エネの能力も備わった。

 現地の工場では、折角指導しても、技術を身につけるとすぐに転職してしまう、というぼやきも聞かれる。しかし、その転職した人々は、実はその国の発展になくてはならない人材に成長を遂げた人々である。日本企業はきちんと人材育成をしてくれる、ということはアジア諸国での定評になっている。企業としては損な役回りかもしれない。しかし、産業の発展にとって最も大切な、人材育成という部分を誠実にこなすことで、日本全体への信頼が得られている。現地工場に駐在し、日々奮闘なさっている皆様、お疲れ様です。