コラム  国際交流  2018.12.03

「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第116号(2018年12月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない-筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

 新潟大学で先月下旬に開催された会合で、来日した中国人と日中両国の高齢化問題に関して語り合った。この会合の1ヵ月前(10月23日)に北京で開かれた「日中介護サービス協力フォーラム」では民政部社会福利・慈善事業促進司の黄勝偉副司長が、講演で『禮記』の中の"大同社会"--皆が安全に生活出来る理想的社会--に触れて将来の目標を語ったが、そうした理想の実現には遠い道程が横たわっている。

 昨年9月に国連が発表した将来人口予測によると、2020年における65歳以上の人口に関し、日本が3千6百万人に対し中国は1億7千4百万人。それが2030年には日本が3千7百万人であるのに対して中国は2億4千6百万人と、高齢者が中国で激増し、これまでの一人っ子政策と相まって介護を含む高齢化問題が一段と深刻になると予想される。こうした理由から人工知能(AI)内蔵の介護ロボットが高齢者の自立支援や病気の予防・観察に活躍してくれることが期待される。これに関連して、才能豊かな米国の歌手ジャスティン・ティンバーレイクが、本年1月5日に発表したビデオ("Filthy")に登場する繊細で敏捷に動くロボットが実際に完成することを願っている(ビデオの中では年代設定が2028年となってはいるが...)。


 AIの適用に関し倫理問題が真剣に議論されるようになってきた。小誌本号でもMITの研究者が世界各国の倫理観が微妙に異なることを調べている研究に触れた(次の2の"The Moral Machine Experiment"を参照)。

 欧州連合(EU)は、10月29日、人工知能に関する倫理的・法的・社会的問題を包括的に議論する専門家を52人選出し、High-Level Expert Group on Artificial Intelligence (AI HLEG)として活動させる計画を発表した。嬉しいことにフランスの友人が選出されて筆者にAI関連分野のvirtual libraryの構築に関する協力を要請してきた。この友人が2年前の秋に休暇を利用して初来日した際、東京都内の鮨屋に連れていくと感激して、たちまち日本ファンになってくれた。筆者も嬉しく思ったが、この友人が仕事や研究で来日する機会が無かった点が残念だった。そして今、今後の日仏情報交換を楽しみにしている。


 先月の11日、第一次世界大戦の終結百周年を記念して世界各地で様々な会合が開かれた。

 第一次世界大戦は総力戦の様相を深め、既成の戦争概念を激変させた。例えば、ソンムの戦いでは日露戦争の奉天会戦で日本軍が使用した弾薬の百倍が英仏両軍によって使用された。米国の優れた戦略家ジョージ・ケナンは、この大戦における主な教訓を著書(The Fateful Alliance, 1985)の中で挙げている--①技術が人間の合理的思考能力を超越して発展・普及する点、②ナショナリズムに酔いしれた大衆が衝動的感情に駆られた時、彼等は近視眼的思考に陥ってしまう点、③戦争は、聡明な人間ですら性格を豹変させる点等。しかも、こうした教訓は現在にも当てはまると考えている。
 この大戦では日本は連合国側で戦ったが、1915年の対華21ヵ条により日中関係の大きな転換点を迎え、同盟国の米英に対しても猜疑心と反感を植えつけた事を歴史の教訓として忘れてはならない--加藤高明外相は、英国のエドワード・グレイ外相を失望させ、アーサー・ニコルソン外務次官に猜疑心を植えつけた。また英仏両国の強い要請で始まったシベリア出兵であったが、日本の意図と出兵規模に対しウィルソン米国大統領が激昂した事が史料から読み取れる。アングロ・サクソンの覇権は確かに独善的かつ傲慢であり、筆者も憤るところがある(例えば、帝国海軍第三特務艦隊の貢献に対する英豪海軍の冷淡な態度)。だが、「もう少し日本が巧みに立ち回ったら良かったのに...」と思わずにはいられない。
 読者諸兄姉もご存知の通り、シベリア出兵以降、上原勇作参謀総長率いる帝国陸軍は日本政府の意図とは明らかに異なる形で行動するようになっていく。この独走的・暴走的な帝国陸軍--imperium in imperio、政府中的政府とも呼ばれる組織--は、経済全体が停滞して社会全体に閉塞感が蔓延してくると、軍首脳ですら制禦不能--上官の命令を聞かず殺害すら行う--の事態を招来する危険性を露呈した。そして今、次第に減速する中国経済を考える時、将来必然的に軍縮(裁军)を迫られた際、人民解放軍(PLA)の中に蓄積する不満を如何に指導部が制禦するか。そうした事態に関し友人達と話し合っている。


 さて安倍首相の訪中を機に日中対話の将来に希望が見えてきた。本年年初に出た本(The China Questions, Harvard University Press)の中でエズラ・ヴォーゲル教授は"短期悲観・長期楽観"の日中関係を綴ったが、新たな本(China and Japan: Facing History)を来年発刊予定とのこと。碩学のご慧眼を一読者として楽しみにしている。


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「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第116号(2018年12月)