コラム  外交・安全保障  2018.11.14

自衛隊警備犬の表彰を機に考える災害救助活動と救助犬

 2018年は、災害が多発した。「想定外、史上最大規模」といった形容詞で語られたように、災害がより激しく、また大きくなってきたことで、防災の基本である予防が十分に機能せず、事後対応の必要性を強く認識させられる年でもあった。


 このなかで、自衛隊の災害救助活動が改めて注目を集めた。被災地では、倒壊家屋などに閉じ込められた被災者の発見と救出が、まずは求められる。一般に被災者が生存可能な指標とされる72時間の間に、どれだけ早く発見し、救出できるかが生死を分けるためだ。ここに力を発揮するのが、行方不明者の捜索救助について特別な訓練を受けた災害救助犬である。自衛隊は、2008年から海上自衛隊が、警備犬の一部を災害救助犬として育成することをはじめたのを皮切りに、海・空自衛隊で災害救助犬の訓練が進められ、3・11など各地の災害に派遣してきた。


 今年、海上自衛隊呉基地の警備犬3頭が、7月に発生した西日本豪雨災害の際に出動し、亡くなった行方不明者を発見した。また、北海道地震の際には、全国の航空自衛隊基地所属の警備犬9頭が出動、捜索活動にあたったことが大きく報じられた。航空自衛隊は、西日本豪雨災害の際にも7頭の警備犬を派遣している。


 これらの活躍を称えて、防衛省は、豪雨災害、北海道地震で捜索救助にあたった海・空自衛隊の警備犬に対して、褒賞状と副賞(おやつ)を授与した。外国では活躍した軍用犬に対するメダル授与などが行われ、軍用犬の顕彰制度も確立している。しかし、防衛省が犬に対して褒章を行うのはおそらく初めてのことである。授賞式の模様は下記の防衛省のウェブサイトにも公表されているほか、各基地のSNSなどでも発信され、一部で大きな話題になっている。

 http://www.mod.go.jp/j/approach/defense/saigai/201809_hokkaido/photo_dog.html


 被災者の捜索救助に懸命な災害救助犬の姿は、人々の心を打つものだ。実際、心温まる光景でもあり、twitter上などにも称賛の声があふれている。広報効果を考えても、防衛省・自衛隊にとっては成功だったといってよい。


 しかし、である。実は西日本豪雨災害に出動した海上自衛隊警備犬は、北海道地震の際には出動していない。また、西日本豪雨災害時、航空自衛隊は7月10日から災害派遣を開始したものの、警備犬の活動が確認できるのは72時間経過後の14日からである。


 迅速な展開が何よりも求められる災害救助犬の派遣にばらつきが生じるのは、なぜだろうか。


 自衛隊に対する災害派遣要請の有無や警備犬のいる基地と被災地との距離などもさることながら、大きな要因に、そもそも災害救助犬の運用が自衛隊の任務ではないことがある。自衛隊の災害救助犬チームは、基地の警備チームである。基地の警備を任務に、海・空自衛隊が保有する約300頭の警備犬のうち、ごく一部に災害救助犬としての訓練が自発的に行われているに過ぎない。被災地に対する災害救助犬チームの派遣は、自衛隊からすればやってもやらなくてもよいものなのである。任務外であることから、災害救助犬の育成にかかる経費の一部は、隊員らが自腹で支出してきた。


 実は日本の公的機関には、災害救助犬を運用する組織はほぼ存在しない。消防機関はゼロ、警察犬のごく一部に、災害救助犬としての訓練も行われているにとどまっている(ちなみに海外での災害発生時に日本政府が派遣する国際緊急援助隊には、この警察犬が参加している)。


 前述のとおり、災害救助活動の初期72時間には、自力脱出の困難な行方不明者の迅速な発見と救助が強く求められる。探知機やロボットの開発なども進められているが、現在のところ捜索救助の能力について、災害救助犬を超えるものはない。このため、国際的な緊急人道支援においても、各国の派遣隊には一般に災害救助犬が含まれる。


 伝統的に災害救助犬を運用してこなかった日本でも、災害時の捜索救助活動には災害救助犬が必要なことが徐々に知られるようになっている。たとえば東日本大震災の際には、各国からの救助隊派遣の打診を受けて外務省は、災害救助犬チームの帯同をとくに要望している。また近年は、民間の災害救助犬団体と自治体が協定を結び、災害時の災害救助犬の運用に向けた体制整備も進められている。


 災害の規模が大きくなり、被害が増すなか、災害救助犬の役割は増す一方である。それでは災害救助犬を運用する体制を整えるにはどうすればよいのか。育成に何年もかかる災害救助犬を訓練し、いざという時の派遣に備えることは、コストの観点のみから考えても難しい。


 成長が続いている時代であれば、必要な業務が増えたときには、新しい組織を1から作ってもよい。しかし、もはやそのような予算や人員を増やす余裕のないのが現代である。好むと好まざるとに係らず、既存のものをうまく活用して多くの役割に対応する必要に迫られている。それは、従来は役割に応じて細分化されてきた行政組織が、全体の成長が鈍化するなか、現実問題として複数の役割を担わざるを得なくなっている日本の状況を反映したものでもある。


 こうしたなか、多くの警備犬を運用している自衛隊が、災害救助犬の実績も積みつつある。実際、被災直後から被災地に入って活動基盤を整える能力をもつ自衛隊は、発災後の迅速な展開が求められる災害救助犬の運用に適した組織でもある。仮に被災地から離れた基地にいる救助犬チームでも、自らのもつヘリコプターを利用して比較的早期に被災地に移動することが可能であり、たとえば東日本大震災のさいには広島・呉基地所属の救助犬チームがヘリで移動、12日には被災地に到着した。


 このさい、災害救助犬の運用を正式に自衛隊の任務化してはどうだろうか。それに伴って必要な装備や経費を充当することは、妥当ではないだろうか。実は自衛隊側も、災害救助犬の任務化(警備犬の多機能化)について検討は行ってきた。しかし、現在に至るまで実現はしていない。警備犬は、警備が本来の役割であること、またただでさえ多忙ななか、それどころではないという判断だろう。


 もとより防衛省・自衛隊の一義的役割は国防であり、警備犬チームの任務は基地を警備することにある。他方、警備犬による捜索救助での活躍が評価され、世の中一般の知名度が高まるほど、災害救助犬としての活躍に対する期待は高まる。災害派遣は、国民が自衛隊に最も期待し、また頼りにする任務でもあり、自衛隊の災害救助犬に対する認知度が高まるほどに、期待も高まっていくことになる。自衛隊の災害救助犬の活躍を称えつつ、これを機に、日本の災害対応における災害救助犬のあり方について、議論を始めてはどうだろうか。