メディア掲載  外交・安全保障  2018.11.09

「普通の国」を目指す日韓両国

高麗大学校一民国際関係研究院『IIRI Online Series No. 45 』「普通の国を目指す日韓両国(2018. 10. 17) 」を日本語訳し転載※1

朝鮮半島情勢を巡る日韓両国の認識ギャップ

 筆者は本年8月から1ヶ月半、韓国で在外研究活動を行った。日本に帰国して強く感じたのは、北朝鮮の核問題を巡る日韓両国民の認識と関心の差である。それを如実に示す例が、9月21日に平壌で行われた南北首脳会談に対する両国メディアの扱いの大きさである。韓国では終日南北首脳会談の報道一色だったのに対し、日本ではトップニュースにならないどころか、3番目または4番目の扱いで内容も簡潔なものだった。翌日の大手新聞社説では、「南北首脳会談 非核化後回しせずに」(東京新聞)、「南北協力は非核化との両輪で進めよ」(日本経済新聞)、「南北首脳会談 非核化避ける歓待なのか」(産経新聞)など、非核化あっての南北協力を各紙が改めて強調していた。その論調は左派系も右派系も共に「まずは北朝鮮の非核化ありき」であり、韓国が主導する南北融和に警戒感を示す論調すら散見されたのである※2

 文在寅政権は昨年の政権発足以来、「積弊清算」を掲げて高い支持率を維持してきた。しかしながら、今年の春ごろから経済政策に対する国民の不満が大きくなり、今年6月以降のわずか3ヶ月間で支持率が30%近く下落し、初めて40%台に突入した。ところが、これを挽回すべく、9月の南北首脳会談が実現したことにより、支持率は20%近く回復した。これは多くの韓国国民が現政権の南北関係発展の動きを支持していることを示している。一方、大多数の日本国民は北朝鮮が本当に非核化するとは信じていない。米朝首脳会談直後に行われた世論調査では、非核化は困難との回答が「77.8%(毎日新聞)」、「82.5%(産経新聞・FNN)」と多数を占めるなど、国民の不信感は極めて高い。

 今年の1月に北朝鮮の金正恩国務委員長が平昌オリンピックへの参加を表明して以来、韓国で南北関係が発展の方向へ動き始めたのとは対照的に、日本国民の対北認識は基本的に変化しなかった。なぜなら、90年代から繰り返されてきた北朝鮮の核開発や拉致問題をめぐる北の狡猾な外交戦術に振り回された記憶が今も残っているからである。6月12日の米朝首脳会談前に内外メディア報道で多くの国民が関心を持った「CVID(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)」という文言が、米朝首脳会談の合意文書になかったと分かるや否や、北の非核化実現に対する懐疑的な見方がより一層支配的となったのである。

 日本の専門家の最大の関心事は、北の非核化が進むか否かという米朝間の交渉の行方だけではなく、想定以上の速いスピードで北東アジア地域の国際秩序が変化するのではないかという点である。特に、北の非核化実現と引き換えに朝鮮戦争の休戦状態にピリオドを打ち、朝鮮半島の平和体制が構築された場合、現存する国連軍司令部は解体されるのか、在韓米軍の駐留規模が縮小してしまうのか、あるいは完全な撤退もありうるのかといった点に関心が集中した。そうした中、6月の米朝首脳会談直後に米韓合同軍事演習中止が決まったことは、日本政府にとっては衝撃的だっただろう。首脳会談後、菅内閣官房長官は記者会見で「米国から詳細な説明を受けたい。予断を持って話すことは控えたい」と冷静な反応を示したが、その後14日の記者会見では「米韓同盟に基づく抑止力が、北東アジアの安全保障に不可欠な役割を果たしている」と強調した。この「北東アジアの安全保障」には、日本にとっての「対中抑止の要素」が含まれることは明らかである。

 こうした日本社会の雰囲気とは対照的に、韓国政府は4月の南北首脳会談で発表された板門店宣言を根拠に、南北双方の敵対関係解消を実現するため、軍事境界線付近の監視哨所撤去や南北鉄道の連結を進めた。このように2018年の上半期は、朝鮮半島の中・長期的な戦略環境の変化を懸念する日本と、目前の戦争回避・平和状態の醸成を目指す韓国との間に、朝鮮半島の今後をめぐる認識ギャップが生じた期間であった。


独自の国防力増強+戦時作戦統制権返還=「普通の国」?

 今年7月27日に文大統領が主宰した全軍主要指揮官会議において、韓国国防部は「国防改革2.0※3」の基本的な方向性を報告した。北朝鮮の軍事的脅威が依然として存在するにも関わらず、陸軍兵力を2022年までに61.8万人から11.8万人削減して50万人とする方針が注目された。一方、国防改革2.0では、兵力削減だけではなく、南北首脳会談後の融和的雰囲気にも関わらず、「現存する北朝鮮の脅威に対応するための3軸体系戦力は正常に戦力化される」、「軍の偵察衛星など監視・偵察戦力を最優先で確保。未来の多様な挑戦に効果的に対応できるよう、韓国型ミサイル防衛システムを構築し、遠距離精密打撃能力を強化するなど、戦略的抑止能力を持続的に確保していく」とし、9年間にわたり李明博・朴槿恵両保守政権が進めてきた戦力増強策を継承している。更に、今後の米韓同盟については、「戦時作戦統制権返還のための必須とされる能力を早期に確保し、韓国軍が主導する指揮構造に改編を推進する」ことを明確にした。韓国軍は有事作戦統制権を行使できる条件を獲得するため、より一層国防力を増強しようとしている。

 こうした文在寅政権の国防政策に対し、日本の安全保障専門家の多くは懐疑的だ。米国という世界最強の軍隊の後ろ盾を受けて得られる抑止力をなぜ自ら削ぐようなことをするのか、ナショナリズムと自尊心に基づく政策であれば、その政治的理想に固執しすぎではないか、と彼らは考えている。今回の韓国での滞在中、筆者は現政権寄りとされる専門家らとの話の中でこうした日本側の懸念を伝えた上で、文在寅政権が最終的に何を目指しているのかという問いを投げかけた。これに対し彼らは、「戦時作戦統制権返還によって、我々が米国の上に立ち、軍事作戦の指揮を自らがすべてやるとまでは考えていないだろう」、「例を挙げれば、自衛隊と米軍のような指揮関係が理想的」、「我々は独立した『普通の国』になることを目指しているだけだ」と答えていた。


日韓両国が目指す「普通の国」

 日本は太平洋戦争により、韓国は朝鮮戦争という総力戦によって、それぞれ国土が焦土と化した。戦後、両国は米国との同盟関係を発展させることによって、安全保障の確保と経済の高度成長との両立を実現した。国家としては別々の歩みを重ねながらも、両国民は懸命に国土を復興させ経済を成長させた。ところが、冷戦体制崩壊直後から日韓両国はほぼ同時に国防政策の転換を迫られた。1991年の湾岸戦争を契機に、両国は国際社会への貢献を考えざるを得なくなったのである。

 先に動いたのは日本であった。湾岸戦争への対応を「小切手外交」と批判されたことから、日本は自衛隊海外派遣の本格的な検討を開始した。1992年6月には国際平和協力法を制定し、同年にカンボジアへPKO部隊を派遣した。同年に当時自民党所属だった小沢一郎衆議院議員(現・自由党代表)が発表した著書「日本改造計画」がベストセラーとなったことは象徴的である。小沢氏は同書の中で、日本が他国と同様「普通の国」として、軍事も含む国際貢献を積極的に行っていくことを主張したのである。

 こうした日本の動きに対し、当時の韓国社会は「日本の軍国主義が復活する」として強く反発した。一方、韓国自身も1993年6月に初のPKO派遣となるソマリアへの部隊派遣を皮切りに、2000年代に入り韓国は海外への部隊派遣を積極化させた。アフガニスタンには医療支援部隊と工兵部隊(2002年)を、イラクには約3000人規模の陸軍部隊(2004年)をそれぞれ派遣した。さらに、2010年には、より円滑な部隊派遣を目指し「国連平和維持活動法」を制定したのである。

 日韓両国が国連PKOに参加してから25年あまりの月日が流れた。その間、北朝鮮による核・弾道ミサイル開発は驚くほどのスピードで進展し、中国の軍事力も年々その存在感を増すばかりである。日本は自国の安全保障環境の急激な変化に対応できるよう、現行憲法体制の下で可能とされる軍事的手段を一つ一つ増やしている。最近の例では、2015年に制定された平和安全法制の枠組みに基づき、「米艦防護」を初めて実施した(2017年5月)。また、初の水陸両用部隊である陸上自衛隊水陸機動団も創設された(2018年3月)。かつて日本では「集団的自衛権問題」や「上陸部隊は専守防衛の原則から逸脱するという批判」といった様々な制約が存在したが、最近の急激な安全保障環境の変化がこれらの制約を乗り越えることを可能にしたのである。新たな立法や政策により日本は自衛隊の装備と活動内容を徐々に質的に変化をさせることで、自衛隊を「普通の国」の軍隊へと近づけているとも言えるだろう。

 これに対し韓国も最近は、日本より高い増加率で国防費を増やし、最新装備品を続々と導入しているだけでなく、自国製装備品の海外輸出も順調に進めている。南スーダンから撤退した自衛隊とは対照的に、韓国軍は現在も現地で活動している。日本が実行できない諸策を韓国は着実に実行できているのだ。

 日韓両国が世界でも上位に入る国防予算規模と質の高い装備品を持つに至ったのは、自国の安全保障環境への適応という側面だけでなく、「普通の国」を目指すという目標があってこそに違いない。日韓両国が持つ「普通の国」という概念には、自国の生存と独立、国益を守り、国際社会で責任ある地位を占めるに値する貢献を行っていくという共通の目標があることも事実である。北朝鮮問題への対応を巡っては認識の違いが垣間見える両国ではあるが、互いに目指している戦略目標には似ている部分が多いのかもしれない。



脚注

1. 本コラムは、公益財団法人日韓文化交流基金の訪韓研究フェローとして、高麗大学校一民国際関係研究院で行った研究活動の一部に基づき、高麗大学校一民国際関係研究院『IIRI Online Series No. 45 』「「普通の国を目指す日韓両国(2018. 10. 17) 」韓国語版として執筆し、それを日本語訳したものである。

2. 大手メディアの中で唯一、朝日新聞だけが南北関係の進展に期待感を示した。「(社説)南北首脳会談 和解の機運を広げたい」『朝日新聞』2018年9月20日

3. 「(報道資料)文在寅政府の「国防改革2.0」平和と繁栄の大韓民国を責任ある「強い軍隊」、「責任国防」具現」国防部国防計画室、2018年7月27日