メディア掲載 国際交流 2018.10.26
米中間の貿易・技術摩擦は米中両国とも強硬姿勢を崩さず、平行線を辿っている。
米国経済が現在の良好な経済状態を続ける限り、ドナルド・トランプ政権の対中強硬姿勢が変化することは考えられないため、状況打開の突破口は見つからないと見られている。
11月6日の中間選挙で下院において共和党が過半数を割ったとしても、民主党議員の多くも同様の反中感情を共有しているため、米国の対中外交に大きな変化はないとの見方が多い。
米国政府の中国側への要求内容は、技術強制移転政策の転換、中国製造2025の停止、外国企業の中国国内生産拠点の海外移転などあまりに厳しく、中国政府が妥協できるような中身ではない。
米中両国の真っ向からの対立状況に何らかの変化が生じるとすれば、米国において株価の大幅下落、景気減速など貿易摩擦に起因すると考えられる経済問題が明確に表面化し、トランプ政権側に中国への強硬姿勢を修正するインセンティブが生じる時しかないと見られている。
何らかの理由で米国側が中国に対して一定の譲歩を示す可能性が生じれば、中国政府も技術移転促進政策の修正、知的財産権保護の強化、それらの具体策の早期実施などの妥協案を提示する余地が生まれると期待されている。
この米中貿易・技術摩擦は、相手国商品の不買運動、全国各地での抗議デモ、貿易・投資禁止措置といった全面的経済戦争、あるいは武力衝突にまで至る最悪の事態は回避できるのではないかとの見方が多い。
とは言え、両国が良好な関係を回復することは今後長期にわたり極めて難しいと予想されている。
米国が脅威として問題視しているのは中国経済の規模が米国に追いつき追い越していくことそのものであり、その抜本的解決策は2020年代半ばまでに中国経済の成長を止めるしかない。
それは現実問題としてあり得ない。
そのあり得ない選択肢の実現を目指そうとしているトランプ政権の対中強硬策に対し、米国内でも多くの有識者、特に中国をよく理解している国際政治・外交専門家の多くは強く反対している。
トランプ政権の「アメリカ・ファースト」政策は、米国が戦後長期にわたって貫いてきた2つの大方針に真っ向から反する内容だからである。
米国は20世紀前半に勃発した2つの世界大戦を二度と繰り返さないようにするため、経済ブロック化の阻止と世界経済の協調発展を基本方針として堅持してきた。
日本はそのおかげで戦後の奇跡的な経済復興と高度経済成長を実現した。
しかし、トランプ政権は日本に対して同盟国として対中強硬政策への共同歩調をとるよう強く求めてくると考えられる。
日本からの輸入品に対する関税引き上げなどの経済制裁を圧力として使いながら対中強硬政策への協調を強要すると予想される。
戦後ずっと米国の経済政策と共同歩調をとってきた日本の立場から見て、自由貿易や経済成長までも否定するトランプ政権の基本方針は容認できるものではない。
これはトランプ政権と距離を置く米国の多くの有識者の見方と一致する。
しかし、米国はいま、共和党、民主党の党派を超えて、多くの国民が中国を脅威とみなし、反中感情を高めている。
その様子は尖閣問題発生直後に日本国内で反中感情が高まった状況に似ている。中国を冷静に分析する専門家は親中派のレッテルを貼られ、多くの人々から批判を受けている。
こうした反中感情の広がりを増幅しているのは、確かな根拠や証拠がないにもかかわらず、SNS上で加速的に共有されているネガティブな情報の累積である。
これに対して、客観的な事実と明確な論理で反論しても相手にされない。
こうした状況において、短期的に有効な対策はまずない。日本も1990年代半ば以降、反中感情が強まり、2012年の尖閣問題発生後に一段と悪化した。
最近は日中関係の改善もあって、多少雰囲気は良くなってはいるが、依然として国民の9割が反中感情を抱く異常な状況はあまり変わっていない。
米国でも今後そうした状況が続くものと考えられる。そうなれば日本は難しい選択を迫られることになるはずだ。
東洋思想において「理性」とは欲望をコントロールする自己規律の心を意味する。
西洋的概念では、理性は「感情におぼれず、筋道を立てて物事を考え判断する能力」(大辞林)とされ、欲望をコントロールする自己規律という内省的な意味はそれほど強くない。
東洋の伝統精神文化において学問の目的は人格の向上である。啓蒙主義と科学に土台を置いている西洋の学問とは発想が根本的に異なる。
トランプ大統領が「アメリカ・ファースト」という利己主義的政策を堂々と国家政策の基本方針として掲げるのは欲望のコントロールが欠如していることを示している。
米国は戦後長期にわたって世界各国の平和、自由、繁栄のために大きな貢献を果たしてきた。
利他的な理念を掲げて多くの国々の健全な発展を支え、世界中の多くの人々から尊敬を集めた。日本はその恩恵を最も大きく受けた国の一つである。
もし世界中の国々が米国トランプ政権にならって利己主義的な自国利益優先政策を導入すれば、世界は再び経済のブロック化に向かい、経済戦争が武力衝突に発展し、第3次世界大戦に突入する可能性が高まる。
それが現実のものとなれば世界中が苦しみ、戦勝国も敗戦国も関係なく、多くの命が失われ、世界経済全体が長期の停滞に陥る。それを防ぐには「理性」が必要である。
日本は19世紀後半の明治維新以後、脱亜入欧を大方針に掲げ、西洋思想を学び、西洋型政治経済社会制度の導入に取り組んだ。
しかし、その後、欧米列強との帝国主義競争の中で「理性」を見失い、中国を侵略し、米国と戦争し、敗戦を経験した。
そして戦後、改めて西洋型政治経済社会制度を本格的に導入し、西洋思想の実践を徹底した。
一方、日本は江戸時代以降、国民全体レベルで中国古典に基礎を置く高度な道徳教育を普及させ、特にその実践を重視してきた。
すでに学校では中国古典・東洋思想に基づく道徳教育を実施しなくなって久しい。
しかし、今も多くの日本人の心の中にその根本理念が生きており、日常生活の下で自然に実践されている。
他者への思いやり(仁)、丁寧なあいさつや心のこもったマナー(礼)、人間関係において信義を重視する考え方(信)など、現代社会においても中国古典の本国である中国以上に国民全体の道徳実践レベルが高いことは誰もが認める日本の特徴である。
古来、中国古典の前提は身分制社会であり、出自の良い社会上層階級のリーダーのための学問として継承されてきた。
これに対して日本は、自由・民主・平等などを重視する西洋の思想・制度に基づく社会を構築し、身分制ではない、自由で平等な民主主義社会の安定を長期にわたり実現している。
中国や韓国では、これほど広く深く社会全体の中で西洋と東洋の思想・制度を融合させるには至っていない。
日本は東洋思想の概念を西洋型政治経済社会制度上で長期にわたって安定的に実践している唯一の国である。
だからこそ、その意義は西洋の目から見ても分かりやすく、西洋社会においても十分応用可能である。
いま、欧米諸国の社会ではエスタブリッシュメントに対する信頼が低下し、啓蒙主義と科学の力だけでは突破できない厚い壁に突き当たり、深い苦悩に陥っている。
先進諸国の中で唯一日本のみが「理性」に基づき、社会の安定を保持している。
これは国民各層に浸透している東洋思想的道徳教育の支えによる部分が大きいと考えられる。
欧米諸国で社会分裂がこれ以上進行することを抑え、グローバル社会全体として平和、自由貿易、経済協調発展の実現を目標として共有する体制を堅持していくには「理性」が重要である。
日本がモデルとなって、西洋型政治経済社会制度に東洋思想を取り入れ、社会の安定を図る新たな国家像を示す。
それは世界の中で日本にしかできないことである。日本がグローバル社会においてに果たすべき使命が見えてきた。