メディア掲載  国際交流  2018.10.03

AI: 若い世代の研究開発に期待

電気新聞「グローバルアイ」2018年10月2日掲載

 先月末、英国で開催されたAI(人工知能)の国際会議に出席するため、空港ラウンジでネット上の情報を見ていたところ、日本の代表的専門家の一人、東京大学特任准教授の松尾豊氏の発言に目が止まった。同氏はインタビュー「なぜ日本は人工知能研究で世界に勝てないか」の中で理由を2点挙げた。第一は日本の技術導入が遅い点、第二は有能な若人に裁量権が与えられていない点だ。これを読み筆者のような"老兵"は日本の若者達のじゃまをしないよう心がけ、AIの最前線で"討ち死に"するのが最善の策と考えている。

 筆者は以前から理屈だけでなく、実際に利用して現状を把握すべきと考えてAI実装の翻訳機の性能を検証している。筆者の機械は海外でも使えるグローバルSIM内蔵で60以上の言葉を翻訳でき、先月の英国でも自慢げに実演してきた。使用すると具体的な長所・短所が確認できる。長所は相当の知的会話に耐えて英語は米英印豪4カ国語、中国語も普通語と広東語、そしてスペイン語は標準語に加えバスク語、カタルーニャ語、米州主要3カ国の言葉を使い分けできる点だ。

 その時、英国の友人が、「ジュン、オックスブリッジの英語とコックニーを区別しないのか」と聞いた。確かにオックスフォードやケンブリッジで交わされる英語と映画『マイ・フェア・レディー』に出てくるロンドンの労働者の英語とでは語彙・発音に関し大きな差が存在する。以前、「何とおっしゃいましたか?」を英訳する際、英国の労働者では「アイ?」、中流下層階級は「パードン?」、中流階級は「ソーリ?」、上流階級では「ワット?」と訳すのだと聞いた。こうしてみると今のAIに要求される機能は、言葉を国・地方だけでなく社会階層や年齢層等によっても使い分けられる能力であろう。このためAIに姿や態度から適切な言葉使いを選択するという視聴覚的高度化が要求される。

 高齢化する社会の中で、介護者が被介護者の老人に語りかける際の"エルダースピーク"についてもAIの活躍が期待される。介護施設や在宅介護で経験を積んだ介護者の知識を継承する際、未熟練の介護者に対しAIが有能な訓化的助手として働くであろう。

 手話通訳についても同様の事が言える。以前、通訳の方に「日本の手話では『キップ』を昔の改札口で駅員が切符に穴をあけるハサミの動きを表現するが、それでは非接触式ICに慣れた今の日本人や外国人は分かりませんよ」と語った。こう考えれば手話におけるAIの活躍は確実だ。

 翻訳のみならずAIは自動運転、創薬、金融等様々な分野に利用できる技術だ。松尾氏が指摘する通り、この技術導入に遅れてはならず、優秀な若者達が活躍できるような環境を整える事こそ筆者を含む"老兵"の役割である。

 それにしても言語は難しい。小泉八雲は日本語に関し「たとえ日本語の辞書に載った単語を全て学んだとしても、それで自分が日本人に判ってもらえるようにはならない」と語り、「日本人として生まれ変わり、知的精神を基礎から完全に再構築すべきだ」と述べた。かくして小泉八雲を驚かせるような高い翻訳能力を持つAIの設計を若い世代に期待する毎日である。