メディア掲載  国際交流  2018.10.01

欧州で急速に高まる中国企業への警戒感-中国人経営者に足りない外国経済社会・文化を尊重する見識とセンス-

JBpressに掲載(2018年9月20日付)
1.欧州でも続く中国人旅行客の爆買い

 今年から仕事の関係で、欧州にも定期的に出張するようになった。すると、欧州諸国の新たな友人たちとの会話の中で自然に彼らの中国観が伝わってくる。

 そこで見聞きすることは日米中3国関係の中で中国を見る視点とは違った角度から中国を見る機会を与えてくれる。

 銀座、新宿、道頓堀などでは相変わらず中国人の爆買いの光景をよく目にする。日本人はすでにそれに慣れてしまって、あまりニュースにはならなくなった。

 当たり前のことであるが、中国人の派手な買い物は欧州でも同じように行われている。それが思わぬ副作用を生んでいる。

 パリ在住でフランス国籍のベトナム系の女性が、20年前はショッピングをしていてもフランス人と全く同じ扱いを受けていた。

 しかし、最近は旅行客の裕福な中国人と勘違いされて、爆買いを期待する店員から明らかに一般のフランス人とは違う扱いを受けるようになってしまった。

 本人にとっては決して愉快ではなく、買い物に行くのが楽しくなくなったと漏らしているという話を聞いた。


2.フランス人の中国企業に対する警戒感の高まり

 中国企業がフランス各地で引き起こしている問題はもっと深刻な影響を与えている。

 ある地域では中国企業が大規模な牛乳工場を建設し、近隣の農家と生乳買い付けの契約を結んだ。

 しかし、フランス現地での需要予測をきちんとしていなかったため、販売不振で大量の在庫を抱え、近隣の農家との契約を打ち切らざるを得なくなった。

 中国企業との新たな取引に期待を寄せていた農家は途方に暮れた。

 フランスでは多くのワイナリーが中国企業によって買収されている。

 ある小さなワイナリーは中国企業に買収された後、買収した中国人はワインづくりに興味を失ったのか、そのワイナリーの手入れをしなくなった。

 1つのワイナリーが手入れを怠り、そこから感染病がブドウの木に広がれば周辺のワイナリーは全滅する。このため地域のワイナリー全体が困惑している。

 中国企業にすれば小さな買い物なので、大した意識も持っていなかったのであろうが、フランスのブドウ農家にとっては致命的な打撃になりかねないことである。

 単にモノを買うのであれば関心がなくなっても問題はないが、企業やワイナリーを買う場合、地元への長期的な影響を考え、相手国の経済社会や文化も尊重し、慎重に行動する必要がある。

 しかし、多くの中国企業にはその意識が不足していることが明らかになっている。

 以前、フランスのトゥールーズ空港は民営化が決定され、入札を行ったところ、中国企業が破格の高値で株式の49.99%を落札した(2014年12月)。

 当初は中国からの直行便を就航させ、一気に旅客数を増加させ、その収益で空港設備を大幅に改善するとの説明だった。

 しかし、その後突然方針が変更され、収益は株主への配当に回されると発表され、地元住民は当惑した。

 さらにその後、買収した企業の経営者自身が行方知れずとなり、すべての計画が宙に浮いた。

 このような事件が相次いで発生したことから、フランス国民の間には中国企業のフランス進出に対する警戒感が広まっている。

 中国企業は莫大な資金を持っているため、気軽に海外で企業買収を行うが、相手国に対する配慮の不足が様々な問題を引き起こしている。


3.ドイツ人の警戒感はさらに強い

 ドイツの状況はさらに深刻である。

 2015年頃から中国企業によるドイツ企業の買収が相次ぎ、2016年にはついにドイツを代表する老舗機械メーカーKUKAが中国の家電メーカーを母体とする美的集団に買収された。

 それを機にドイツ経済界には中国警戒感が一気に高まり、ドイツ企業の対中投資姿勢は急速に冷めた。

 それに加えて、昨年11月には、中国の自動車メーカー吉利がダイムラーに対して資本・技術提携を打診したため、ダイムラーは拒絶した。

 しかし、吉利は本年2月にダイムラーの株式の約10%を取得したことを発表した。これがドイツ企業経営者等の中国の脅威に対する懸念を一段と強めることになった。

 中国市場ですでに巨額の利益を確保しているいくつかの企業を除き、多くのドイツ企業は対中投資に対して極めて慎重になっている。

 2016年には27億ドルに達したドイツ企業の対中直接投資総額が、今年は1~7月の実績を年率換算すると9億ドルに達しない状況であり、2年間で3分の1にまで減少する可能性がある。

 この減少テンポは尖閣問題後の日本企業の対中投資減少の速度以上に急速である(日本企業の対中直接投資額:13年71億ドル、15年32億ドル)。

 このような欧州における中国企業に対する警戒感は中国という国の脅威の高まりと重なり、欧州諸国の中国観の土台となっている。

 欧州諸国の有識者はトランプ政権の貿易摩擦の手法に対しては極めて批判的であるが、米国の中国脅威論は共有している。

 このため中国政府の外国企業に対する技術強制移転政策に対する批判や中国製造2025に対する警戒感は米欧の間で一致している。


4.背景に外国人の感情に対する理解不足

 以上のように欧州でも様々な問題を引き起こしている中国企業であるが、筆者の推測では、多くの場合、中国人経営者にそれほど悪気はない。

 しかし、一部の急速に豊かになった中国人経営者は外国で経済活動を行う場合、外国の文化を尊重することが大切であるという見識やセンスを十分身につけていない。

 異なる経済文化基盤や経済発展段階に属する外国人の気持ちを配慮して行動する意識が不足している。

 これはグローバル社会で外国人と円滑に経済文化交流を進めるうえでの必須条件であるが、その習得には長時間かかる。

 多くの中国人が外国人と接触し、相互理解と相互信頼の大切さを学び始めたのはつい最近である。

 以前の中国には唐代の長安のような国際都市があったが、その後の歴史の中でその時の知見は失われ、さらに1949年の中華人民共和国建国から30年程度の間は実質的な鎖国状態が続いた。

 改革開放政策が始まった1980年代から徐々に開国し、本格的に先進国との経済交流が始まったのはWTO(世界貿易機関)に加盟した2000年以降である。

 しかも、経済的に豊かになって、中国人が外国の製品・サービスや企業を普通に買えるようになってからはまだ10年も経っていない。

 この短期間に外国人との相互理解、相互信頼の大切さを理解する見識やセンスを十分身につけることはできない。

 中国人経営者は急速に高まった経済力とそれに追いつかない外国経済社会や文化を尊重する見識やセンスの間のギャップを埋められない構造問題に直面している。


5.日本へのインプリケーション

 均一な視点や発想からは創造的な考え方は生まれない。

 全く異なるものの見方をする人々が集まり、互いに相手の異なる見方を尊重し刺激を及ぼし合う時にそこに新たな創造的発想が生まれる。

 その大前提は相互理解と相互信頼である。安心して相手と交流ができる時に互いの実力が思う存分発揮される。その相互作用が創造的考え方を生み出す「場」を形成する。

 日本は明治維新以後、欧米諸国を中心に相互理解と相互信頼の醸成に努めてきた。

 元々日本には異文化を許容する文化的包容力があり、古来、儒教、道教、仏教、禅が神道とともに共存する形で日本社会の中に根づいてきた。

 現代においても、結婚式はキリスト教、葬式は仏教、初詣は神道、道徳観は儒教というのはごく当たり前のこととして日本社会に根づいている。

 それでも1990年代以降に急速に進展するグローバル化の中では、多くの企業経営がその変化に追いつけず、マーケティング力の向上が進んでいない。

 これは外国文化に対する理解不足、あるいは理解しようとする努力不足が原因であると言うことができる。

 また、東京などの主要都市のインフラを見てもパリやロンドンのような国際都市に比べると、空港関係の交通インフラ、道路、鉄道、公共機関などの各種標示、ホテルなどの宿泊施設など多くの面で外国人に対する配慮が見劣りする点が目立つ。

 これも外国人に対する包容力を高める意識の不足の結果として生じている現象である。

 中国人が日本に来て観光やショッピングで楽しむだけではなく、外国人を許容し、外国文化を理解し、外国人との相互信頼を高め合う外国文化包容力の面でも日本に学びたいと思えるようになれれば、日中関係の土台はさらに強固なものとなろう。

 それは中国のみならず世界中の国々との相互理解、相互信頼を深めさせ、次代を担う若い世代の日本人の意識をグローバル化させる方向へと感化するはずである。

 日本も自らの努力不足を再認識し、日本の文化包容力をさらに磨き、世界中から日本が相互理解と相互信頼の相手として一層大切に思われる国へと発展していくことを期待したい。