メディア掲載  エネルギー・環境  2018.09.05

【人類世の地球環境】山火事が保全するイエローストーンの大自然

株式会社 オーム社 技術総合誌・OHM 2018年8月号に掲載

 今、筆者は米国のイエローストーン国立公園にいる。高く温水を吹き上げる間歇泉、まばゆい七色の温泉、切り立った峡谷、野生のクマやバイソン...、ここには大自然が溢れていて、観光客で賑わっている。

 ここは約2万年前の氷期には、厚さ1,000mの氷河に埋もれていた。そして、ギザギザ切り立った山とは対照的に、谷合は氷河で削られて、U字型の伸びやかな地形になった。

 この歴史が植生を塗り分けている。氷河が造った緩やかな谷に甘い香りのセージが茂り、バイソンやエルク(鹿)がそれを食んでいるのは、氷河が削り出した細かい土壌のおかげである。対照的に、山にはロッジポールという細長い松の林が延々と続いている。この松がロッジポールと呼ばれるのは、真っ直ぐ細長くて、原住民がそれを束ねてロッジを作っていたことによる。山は溶岩や火山灰土で、土地が痩せているので、他の木は生えない。

 さて、表題の山火事である。1970年頃まで山火事は防止するものとされ、徹底して抑え込まれていた。しかし、山火事も自然現象の一部だという理解が進み、その後、米国公園局(National Park Service : NPS)は自然に起きる山火事は消さない方針に変えた。

 イエローストーンの山火事の大半は落雷によるもので、毎年どこかで起きる。だが、1988年は特別な年だった。暑くて乾燥した夏になり、8月21日から始まった山火事は広大な公園の約3分の1に及んだ。

 もちろん大ニュースになり、NPSが山火事をコントロールできず、多くの自然が失われたとして批判が広がった。NPSは自然現象に過ぎないと説明したが、森林が燃え上がる映像はショッキングで、また死にゆく動物も映し出されると、批判はますます高まった。

 だが、NPSは正しかった。自然は驚くべき回復を示した。

 まず翌年の春には、早くも多くの草が生え、また花が咲いた。焼け跡の地下に残された根や種子から芽吹いてきたのである。

 ロッジポールも芽生えてきた。この松には、2種類のマツカサがある。普通のマツカサと、耐火性のマツカサである。耐火性のマツカサは、固く閉じた構造になっていて、しかも地面に落ちることなく、枝についたまま20年間を過ごす。これが地面に落ちて芽吹くのは、山火事で高温にさらされた後だけである。10年後には、新しい松は大人の背丈ほどの高さにまで育った。

 山火事にさらされて立ち枯れた木は、キツツキ等の鳥に巣を提供した。また、焼けて倒れた木には、多くの虫が住みつき、これを餌にして、目の覚めるような素晴らしい水色のブルーバードが繁殖した。

 山火事は、何のことはない焼き畑農業のようなものであった。肥沃になった土地で、ロッジポールの林は世代交代した。他にも、草や灌木が生い茂り、これはエルクやバッファローの餌となった。クマやオオカミもそれを目掛けて集まった。川にも栄養が供給され、マスが増えた。

 山火事が人為的に抑制され、ロッジポールが成長し続けて密林になると、他の生き物は太陽光、水、栄養を奪われて、棲息できなくなる。野生動物は繁殖できない。また、ロッジポールにとっても、害虫や病気による被害が蔓延しやすくなるので、時々山火事によって新陳代謝することは悪いことではない。他の生物にも機会を与えることになるが、決して損な取引ではない。というのは、このような一連の関わりの中でこそ、ロッジポールは広大な地域にわたって継続的に存在できたからだ。

 今のイエローストーンでは、成熟したロッジポール林もあるが、倒木だらけだったり、高さ2、3mの幼木だったり、様々である。焼け焦げて倒れた木もよく散らばっている。見慣れないと、鬱蒼とした成熟林の方が、より「自然な」感じがするかもしれない。今でも、イエローストーンのロッジポールの状態を見て、山が荒れていると感じる観光客は多いという。だが、実はこのように、倒木や枯れた木があり、様々な成熟段階の林があることこそが自然であり、また多様な生き物が育つ。NPSはこれを端的に、「自然の保全には、変化が必要」とまとめていた。

 約9,000年前にこの付近では氷河が後退したが、この時に温度上昇は10度程度であった。今後地球温暖化が起きると、この地域はさらに暑く、乾燥すると予想されている。では、山火事はどうなるかというと、頻繁に起きるが、1つ1つの規模は小さくなるので、破局的なことにはならないで済みそうだ。というのは、山火事の規模は山に蓄積された燃料(=木)の量に依存するからだ。1988年の山火事が巨大だった理由も、それ以前に人間が山火事を抑制していたことが大きい。