メディア掲載  外交・安全保障  2018.08.02

戦場のシンギュラリティ-AIと無人化 変わる安保-

読売新聞2018年7月30日に掲載

 軍事技術の革新は国際関係のパラダイムを変革させることがある。20世紀における核兵器の登場や、冷戦後の情報通信技術を駆使したネットワーク中心戦はその代表的な例である。そして近未来に「全ての作戦領域に革新的変革をもたらす」(ワーク元米国防副長官)ことが確実視されるのが、人工知能(AI)とロボティクスである。

 現代の軍事組織はすでに高度にネットワーク化され、政策決定者、司令部、部隊、兵士個人がリアルタイムに戦場空間を認識できる。すでに無人化システムは、対テロ作戦、警戒監視、危険性の高い戦域での活動で本格的に運用されている。今後はAIとロボティクスの応用で、人間が「判断の」に組み込まれていた軍事システムから抜け出し、自律的な軍事行動やロボット同士の戦闘さえ展開されるかもしれない。これが「戦場のシンギュラリティ(特異点)」と呼ばれる未来像である。

 主要国軍は陸・海・空の各領域で、無人化技術の導入と自律システムの研究開発を日々進めている。無人航空機は、高高度で滞空する機体から小型・携帯型まで多様なタイプが存在する。陸上システムでは、防護・作戦支援・戦闘員支援・兵站へいたんといった領域で、クローラー型ロボット、装甲車やトラックの自動走行などが実現している。海上・海中では無人水上艦、無人潜水艦が数多く開発され、対潜哨戒や警戒監視活動を実践している。それぞれのシステムが自律的な編隊(スウォーム)として作戦を行うことが徐々に可能となっている。

 無人化システムとロボティクスは、軍事における指揮統制の階層性をさらに取り払い、高リスク活動やルーティン活動を人間よりはるかに高精度で遂行し、優れた探知・識別・選定能力によって軍事作戦の効率を飛躍的に高めることが期待されている。

 しかし、ロボティクスを本格導入した国とそうでない国の非対称な関係や、ロボット同士での抑止と危機エスカレーションをどう管理するか、まだ未知の領域である。またロボットが人間の生命を奪うことへの倫理的問題や法的責任についても、国際社会はまだ議論を始めたばかりである。

 「戦場のシンギュラリティ」の到来は不確実だが、無人化システムとロボティクスは勢いよく安全保障の諸相を変革させている。日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増し、長い国境線と広大な排他的経済水域を持ち、少子高齢化が進み自衛隊員の確保が困難な状況において、無人化システムとロボティクスの導入は我が国でも積極的に検討されるだろう。同時に「戦場のシンギュラリティ」の過程の世界と地域の安全保障秩序がどうあるべきか、日本は技術、倫理、法律、軍事面からの議論をリードするべきだろう。