メディア掲載  エネルギー・環境  2018.07.05

【人類世の地球環境】網膜走査レーザで見える究極の温暖化対策

株式会社 オーム社 技術総合誌・OHM 2018年6月号に掲載

 あるベンチャー企業を訪問して、網膜走査レーザによる映像体験の機会をいただいた。これはレーザ光で網膜に画像を書き込むもの。通常のディスプレイは自身が光って画像を表示するが、網膜走査レーザでは、レーザ光を網膜に当てて走査する。走査には超小型のミラーをLSIで制御するMEMSが活用される。

 これは究極の省エネ技術である。

 これまでのディスプレイは、人間の目に入らず捨てられる、無駄な光子(光の粒子)ばかりを生み出してきた。本当に必要なのは、目に入り視覚細胞を刺激する光子だけだ。これをやるのが網膜走査レーザである。レーザ光は拡散しないので、目に届かない余計な光は発生しない。

 現時点ではまだ、メガネに1cm角程度のミラーを付けて、そこで反射されたレーザ光を見るだけである。したがって、視野のごく一部に映像が見えるだけだ。片目用であり、立体画像にもなっていない。

 しかし、これから飛躍的な発展を遂げるだろう。

 立体画像にするためには、左右の目に違う画像を入れてやれば良い。目や頭の動きに追随して画像を変えれば、自然な感覚を演出できる。

 視野を広げるためには、あらゆる方向から網膜にレーザを打ち込む必要がある。これは、サングラス型、ゴーグル型、ヘルメット型のヘッドマウント、あるいは、装着が煩わしければ、小さな暗室の壁一面か、あるいは天井にレーザを散りばめても良い。

 全方位から網膜にレーザを打ち込むと、極めて没入感の高いVRになるだろう。

 光は視野全体に豊かにあふれる。真夏の晴天のような、10万ルクスに相当する光を演出できる。ドローンに両目を搭載して、自在に空を飛び回る。夜は満天の星の下で眠り、まばゆい朝焼けで目を覚ます。

 網膜走査レーザによるVRを可能にするための、あらゆる要素技術は、半導体レーザとMEMSを筆頭に、今まさに大いに進歩している。つまりケヴィン・ケリーらの言う「隣接可能性」が満たされつつある。今後数年で、あらゆる面で改良が進むだろう。

 他にもVR技術は盛んに研究されている。今後、切磋琢磨していくことになるが、光学的・視覚的にどれも本質的な限界があり、現実世界において人間が網膜で感知する映像を完璧に再現することは、他の技術では限界があると筆者は見ている。違和感がなく、没入感の高い究極のVRは、網膜走査レーザによって初めてもたらされると期待している。

 優れたVRは、単にディスプレイの省エネには留まらず、もっと本質的に社会を変革しCO2を大幅に減らす。

 世界のエレクトロニクス産業の業界団体であるGlobal e-Sustainable Initiative(GeSI)は、ICTによって世界のCO2排出を4分の1も減らせるとした。その利用事例としては、例えば病院における医療行為を遠隔で行う「e-health」によって、病院における温室効果ガス排出量を削減するとしている。その他にも、e-commerce、e-hospital、e-education、telecommuting、virtual conference、smart mobility、smart electricity、smart manufacturing、smart agriculture等の効果が試算された。

 このすべてについて、VRは強力な起爆剤になる。VRが飛躍的に向上すれば、e-commerce、e-hospital、e-education、telecommuting、virtual conferenceはいずれも違和感がなく、没入感が高く、普及が進むことが期待できる。これはモビリティやオフィス需要の削減を通じ、エネルギー消費とCO2の削減になる。

 また、VRが産業に活用されることで生産性の向上が図られて、smart electricity、smart manufacturing、smart agricultureの導入にも拍車が掛かる。

 これからの産業では、AIを搭載したロボットが多く利用されるようになる。だがやはり、人間が現場を見るべき局面は多いだろう。その時、VRは有益だ。現在のドローンも一定の映像を映すが、スクリーンは現場の一部を見せるに過ぎない。両目を搭載したドローンから、その映像をそのまま人間の両目の上に再現できる網膜走査レーザであれば、あたかも現場に行ったかのような感覚にできるだろう。

 レーザと聞いて、温暖化対策技術だと思う人はほとんどいないだろう。もちろん、レーザは汎用目的技術であり、CO2削減という単一目的のためにあるのではない。だが実は、CO2を大幅に削減するために、極めて有効な技術でもある。このような技術を2030年、2050年に向けてどう育てるかということは、温暖化対策としても重要である。その戦略については、またの機会に。