以前はグローバル市場における有力企業の中に多くの日本の大企業が名前を連ねていたが、最近は米国企業や中国企業に押されて後退している。その理由はなぜか。また解決策はないのか。
前回、日本が現在抱えている問題を整理した。日本企業特有の経営慣行を考慮すれば社長の任期が短すぎる点を主に指摘した。
今回はそれに続き、日本企業が抱える問題点をさらに整理し、復活させるための条件を提示したい。
第2に、社長にふさわしい人物を育成するシステムが十分でないことである。
日本企業の多くは、生え抜きの人材から社長を選ぶことが一般的であり、社外から社長に就任するのはごく稀である。
社長の仕事は重責であり、それをきちんとこなして一定の成果を上げることは極めて難しい。
ある役員が非常に優秀な人材で、最も社長にふさわしいという評価を受けても、その人物が社長になるために必要な心構えと経験の準備ができていない段階で社長に抜擢されると就任直後に苦しむことが多い。
そうした事態を回避するには、20代後半、あるいは30代前半から将来社長にふさわしい人材をリストアップし、社長になるために必要な経験を長期間にわたって積ませる仕組みが必要である。
若いうちには本人にはそのことを知らせず、重要なポジションで経験を積ませ、社長にふさわしい能力を備えているかどうか検証を重ねる。
その過程の中で同年代の候補者の数を徐々に絞り込んでいき、一定の年齢と地位に達したところで、社長候補の一人であることを本人に伝え、明確に意識させる。
その後は将来社長になる可能性が十分あることを意識させながらさらに重責を担わせ、人材を磨いていく。
すでに一部の企業ではそうした仕組みを導入しているが、生え抜きの社員が社長に就任する日本企業では、こうした方法を採り入れてトップリーダー人材を育成していくことが、安定的に社長にふさわしい人材を輩出するうえで役立つはずである。
ただし、多くの欧米企業のように、すでに社長を経験している外部(他社)の人材をヘッドハントして社長に就任させることにより、高い能力を備えた社長を迎える方法も重要な代替策である。
第3に、人事ローテーション上の問題である。
日本の大企業は幹部人材としてジェネラリストを好む傾向が強い。このため、多くの大企業ではエリート人材の海外勤務経験は1つの国で長くて数年以内にとどまることが多い。
米国、欧州、中国などのうち1つか2つを経験するが、3~4年の任期で重要ポストを経験し、その地域とはあまり関係のない国内の重要ポストに戻ることが一般的である。
これでは各国・地域の市場を深く理解することはできないほか、現地の太い人脈も開拓できない。
1つの地域に関して10年以上の経験を積んだ人材でなければ、各地のニーズに適合した製品開発、生産管理、販売網構築等幅広い戦略を構築し実践することはできない。
そうした海外主要市場に精通した人材が現地の優秀なリーダー人材と緊密に連携した時に、初めて大きな成果が生まれる。経営のグローバル化推進のためには、こうした人材の育成と積極活用が極めて重要である。
しかし、多くの場合、1地域の海外勤務経験が10年以上になるスペシャリストが大企業の常務・専務クラス以上の主要役員の中で数人以上に達するケースは少ない。
それによって生じる弊害としては、海外優良案件を国内基準で審査して却下する、あるいは経営判断が遅れてビジネスチャンスを他社に奪われるといった事例は枚挙に暇がない。
ボードメンバーの中に海外市場に精通した幹部が少ないため、国内・海外の主要新聞・雑誌などの不正確なメディア情報を鵜呑みにして海外市場リスクを判断し、リスクを針小棒大にとらえて優良案件を却下してしまうのである。
一方、日本経済自身の長期低成長リスクはリスクととらえず、海外案件と国内案件との間でカントリーリスクの審査基準が異なるという矛盾が長期にわたって修正されずに放置されているケースも多い。
グローバル市場を的確に捉える経営判断に基づきビジネスチャンスを逃さない事業展開を迅速に実現するには、海外市場に精通したスペシャリストと経営全体を運営する能力の高いジェネラリストがうまく調和し緊密に連携していくことが必須条件である 。
そうした海外主要地域に精通した優秀なスペシャリストの経営幹部を安定的に育成するためには、エリート人材に関する現在の短期ローテーションを見直すことが不可欠である。
第4に、経営目標の短期化傾向による弊害である。
大多数の日本企業の経営の特徴はボトムアップ型経営である。社長は基本方針を決定して社内に共有させるが、それに基づく具体的な施策は各事業部が現場で考え、提案し、部長、役員などの決裁を経て経営会議での最終決定に至る。
トップダウン型経営では一般的にトップの経営方針が末端まで浸透し、それが具体的な業務運営にきちんと反映されるまでは一定の時間を要する。
これに対してボトムアップ型経営では、企業としての経営方針決定の速度は遅いが、いったん決定されると、短期間のうちに中枢から末端まで問題意識の共有が図られ、同時に業務遂行が徹底されるため、このシステムが円滑に機能すれば企業経営として優れた成果を生む。
もう一つの日本の大企業の特徴は終身雇用または長期雇用が前提となっていることである。
多くの場合、社員が職場から得るものは給与や賞与だけではなく、職場の仲間との信頼関係に基づくコミュニティの中で感じる安心感やチームワークとして目標を実現する達成感も大きい。
この雇用慣行の下で、従業員間に強い信頼関係があり、高い志が共有されている組織部門が中長期にわたって研究開発や生産管理向上などの成果を生み出す場合には、短期志向の外国企業には追随できない素晴らしい成果を生み出すことが可能である。
1990年代以降の長期的な日本経済の停滞の下で、多くの日本企業が日本型経営に対する自信を喪失し、上述のような日本企業の本来の長所が失われていった。
一方、欧米型経営の要素を取り入れ、利益・株価の上昇等の短期的な経営目標が重視される傾向が強まった。
大半の株主は目先の短期的な株価の上昇を重視する傾向が強く、グローバル市場の構造変化を見極めて抜本的対策として実施する長期的な視点からの先行投資や経営組織改革を評価することは少ない。
例えば、海外で新事業を立ち上げる場合、3年以内に採算が黒字にならない事業には着手することができないというルールが多くの大企業で共有されるようになった。
その結果、中長期的な研究開発の継続によって生み出される新技術・新製品、中長期的な市場開拓努力によって構築できる販売網など、中長期的な取り組みが必要なプロジェクトの成果が出てこなくなった。
これにより日本企業の競争力が低下したことは否めない。
欧米の短期志向の企業にも同様の問題があるが、多くの欧米企業では社長や役員にも外部人材が積極的に投入され、経営トップ層が短期的に入れ替わることとトップダウン型経営による迅速な経営資源の再配分により短期間の間に新たな分野へのチャレンジができる体制を組み直すことが可能である。
一方、多くの日本の大企業では終身・長期雇用と生え抜き人材による社長就任を特徴とする経営体制まで見直した企業はごく稀である。
このようにそもそもの経営体制が異なるにもかかわらず、短期志向経営だけ採り入れた結果、日本企業の本来の長所が失われ、欧米企業の長所を十分活用することもできず、日本企業は競争力を低下させたと見ることが可能である。
もちろん、上場企業である以上、株価や利益水準を軽視することはできないが、日本企業の特質に合わせた、長期的視点に基づく研究開発力やグローバル市場開拓のあり方を探求し、独自の経営スタイルを生み出す努力が求められている。
最近の中国市場では、日本国内にはない新たな市場が急速に拡大している。
電気自動車、ライドシェア、フィンテック、スマホ社会などがその典型例である。これらは日本には市場がないか、あっても中国とは比較にならないほど小さいか、または、サービス・技術水準が大きく見劣りする。
このため、中国のこれらの市場に参入する場合には、日本の経験を参考にすることができないことから、現地の中国市場へ行き、現場で市場ニーズを理解し、研究開発、生産体制構築、販売網の拡大等を実施する必要がある。
これは日本基準ではない経営を学ぶいいチャンスとなる。
今後日本企業が真のグローバル企業への転換を目指して経営改革を実行する時には、そうした海外で新たに生まれる有望な市場で経験を積んだ若手・中堅社員が新たな方向を模索する最先端に立つはずである。
そうした視点に立ち、将来のさらなるグローバル化を見据えて経営改革を目指そうとする企業であれば、深圳、北京、上海などの中国の最先端市場、あるいはシリコンバレーなどに優秀な幹部候補人材を一定数送りこみ、グローバル化経営を担うセンスを身に着けさせることが有益である。
彼らが優秀であれば、同じく優秀な現地の人材と信頼関係を構築し、互いに大きく成長した後に業界をリードする企業を支える経営幹部同士としてグローバル市場で大きなビジネス提携を実現する可能性も十分考えられる。
真のグローバル企業への転換の道のりは長く容易ではないが、将来を見据えて難題にチャレンジする日本企業の経営者の英断と努力の継続に期待したい。