メディア掲載  外交・安全保障  2018.06.07

マラッカジレンマ-経済発展と海洋秩序のきしみ-

読売新聞2018年5月28日に掲載

 東南アジア海域は、中国、フィリピン、ベトナム、タイ、マレーシア、シンガポール、ブルネイ、インドネシアなどの国境が隣接し、アジア主要国の経済を支える商船が行き交う地政学的に重要な海上航路(シーレーン)である。同海域はマラッカ・スンダ・ロンボク・バシーといった重要海峡によって外海と接続しているが、それぞれの海峡航路は狭く脆弱なチョークポイント(関所)となり、とりわけマラッカ海峡では商船が所狭しと航行している。

 中国にとり欧州・中東・南アジア・アフリカ地域との海上輸送貿易のほとんどがマラッカ海峡を通過し、特に中国の石油輸入の8割がこの輸送ルートを通る。中国は経済発展により中東への石油依存が強まり、さらに一帯一路構想によってインド洋からアラビア海へとつながる「海上シルクロード」を推進している。中国の対外戦略・エネルギー戦略の要衝として依存を深めるマラッカ海峡がチョークポイントとしての脆弱性を高めることを「マラッカジレンマ」と呼ぶ。

 マラッカ海峡は、東南アジア、日本や韓国を含む北東アジア諸国にとっても要衝であり、マラッカジレンマはアジア共通の課題である。しかし中国は他のどの国よりもマラッカジレンマを戦略的課題として位置づけ、このジレンマ解消に向けた施策に邁進している。

 その第一の方向性はエネルギー輸送ルートの多角化である。昨年中国は雲南省昆明とミャンマー西部の港を結ぶパイプラインを稼働させ、陸路による輸送ルートを開設した。またパキスタンのグワダル港から新疆ウイグル自治区までをつなぐパイプライン計画は「中国パキスタン経済回廊」構想の巨額のインフラ投資の一環となっている。さらに、タイ南部のマレー半島を横断する「クラ地峡運河」建設計画が進めば、海上輸送ルートとロジスティクス(物流)拠点は多角化され、シンガポールの戦略的重要性も相対化されるだろう。

 第二の方向性は、海上航路やチョークポイントに対する軍事的プレゼンスの拡大である。中国は南シナ海に人工島を造成し、軍事利用可能な港湾や滑走路を多数建設している。中国が南沙諸島を拠点とした航空作戦や海上作戦を遂行できれば、主要な海峡への軍事的展開能力が飛躍的に向上する。また近年中国軍はパキスタン、スリランカとの軍事協力を深めるとともにアフリカ・ジブチに大規模な軍事拠点を建設し、インド洋広域への展開力を強化している。

 他方で、アジア共通の課題としてのマラッカジレンマの解消とは、自由で安定的な海洋秩序が保たれることに他ならない。アジア経済の要衝であるからこそ、航行の自由と安全が維持される政治的環境の確保に努めなければならない。